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題名の時点で察しの良い方はオチがわかったいたかもしれませんね。
「? どうしたの、スコット君?」
少女は首を傾げてスコットに近づく。
その姿はお洒落をしたドロシーそのもので、寝起きと違い喋り方もいつもの彼女だ。
「……君は」
「?」
「君は、誰だ?」
しかし何故かスコットには別人に見えた……否、彼女をドロシーだと認められなかった。
「……」
スコットにそう言われて少女は立ち止まる。
「……あ、いや、すみません。俺も寝起きでちょっと頭が」
「ふふふっ」
彼女は何かを察したような意味深な笑みを浮かべ、スコットの胸にそっと触れる。
「そう、貴方は僕が別人に見えるのね」
「……」
「いいよ、気にしないで。それが正解だから」
少女はそう言い残して寝室のドアノブに手をかける。
「そ、そのドア開きませんよ! さっき俺が」
ガチャッ。
「うふふ、おはようございます。お嬢様」
「!!?」
スコットが必死に開けようとしてもビクともしなかったドアが開き、笑顔のマリアが少女を出迎えた。
「マリア、紅茶をお願い」
「はい、只今」
マリアはあの少女をいつものようにお嬢様と呼び、その手を取ってリビングに案内する。
「おーっす、おはよー! よく寝れたか、ドリーちゃん!!」
「おはよう、先生ー。よく眠れたよー」
「ふふふ、おはようドリー。今日はお寝坊さんね」
「おはよう、ルナ。僕もたまにはよく眠るのよー」
「おはようございます、マスタ」
「社長と呼びなさい、ブリジット」
「お、おはようございます」
「うん、おはよー。今日はちゃんと来れたのねデイジーちゃん」
リビングのファミリー達は温かく彼女を迎えた。まるでいつものドロシーであるかのように。
「……何だよ」
スコットは強烈な不快感に襲われた。
「……皆、気づかないのか? あの子は……」
いや、気づかないはずがない。
何よりもドロシーを愛している彼らが、彼女の異常に気づかないはずがないのだ。
「おや、スコット様。どうしました、そんな所で」
スコット一人が取り残された寝室に老執事が顔を出す。
「執事さん……」
「ささ、スコット様も此方へどうぞ。お嬢様も目覚めましたし、ここで遅めの朝食といきましょう」
「彼女は、誰ですか?」
「……」
老執事はスコットの顔を見て小さく溜息をつき、静かに寝室のドアを閉める。
「やはりお気づきになりますか」
「彼女は、社長じゃないですよね……? 何というか、その……昨日までの社長とは……」
「ええ、彼女は昨日までのお嬢様ではありません。昨日までのお嬢様はもうおやすみになられました」
「……は?」
老執事は言った。スコットはその言葉の意味が理解できずに硬直する。
「ど、どういう意味ですか……?」
「この事についてあまり話したくないのです。出来ればあのまま彼女をお嬢様として受け入れて頂ければ」
「執事さん……?」
ここで何とか話を逸らそうとしたが、スコットの表情を見て『これは無理ですな』と察した執事は胸ポケットから小さな木箱を取り出す。
「……これを」
「……?」
「開けてみてください」
スコットは老執事に渡された箱を開ける。
そこに入っていたのは焼き切れた小さな杖。木箱に収められたその杖の表面には金色の文字でこう刻まれていた。
『Dorothy Theodora』
-ドロシー・セオドーラ-
『A.A.2028/9/13 ~ 11/1』
-誓暦2028年 9月13日 ~ 11月1日-
「……これは……!?」
「これが昨日までのお嬢様です」
老執事の言葉を聞いてスコットは血の気が引いた。
「……え?」
「お嬢様はあの杖を使いました。しかしそれはお嬢様の全てを燃やし尽くすのと同義だったのです」
「執事さん……?」
「ですが……お嬢様は前よりもずっと幸せそうでしたよ。貴方のお陰です」
「執事さん!?」
スコットは老執事に掴みかかる。
「……あの杖の名前はウヴリの宝杖。荒ぶる天使を鎮める為に、天使を素材に生み出された禁忌の杖」
「彼女は……!」
「お嬢様は禁忌の杖の器として選ばれ、魂を術包杖として消費する代わりに天使の力を行使する【少女の姿をした魔法杖】となられたのです」
老執事は言った。自分に掴みかかるスコットの目をジッと見つめながら、彼女の秘密を正直に打ち明けた。
「……杖の、うつわ?」
「素晴らしいことに、あの杖は消費された魂を再現して器を再起動させる機能がございます。ドロシーお嬢様が若く美しいままなのもそういった理由があるからです。もっとも、再現するだけで元通りにしてくれる訳ではありませんが」
「再、起動……?」
「ですが、ご安心ください。お嬢様の大まかな記憶は新しい器にも受け継がれておりますので。流石に思い出の方はどうにもなりませんが……」
「……」
「どうか、これからもお嬢様の事を宜しくお願いいたします」
そっとスコットの手を払い除けて老執事は寝室を後にした。
「……ははっ」
ここでスコットはようやくドロシーがずっと話を逸らし続けていた理由を知った。
知らなければ良かった、聞かなければ良かったと 彼は心の底から後悔する。
『だからこうも考えられない? いつまで経っても変われないところっていうのは……変わりたくないと思うからそのままなんだって』
ドロシーの言葉がスコットの頭に反響する。あの時は理解できなかった言葉の意味が、察せられなかった彼女の感情が、今の彼に痛いほど伝わってくる。
『もしもこれより美味しい紅茶が何処かにあったとしても、僕はずっとこの店のお茶を買うよ』
ここで再びスコットは思い知らされた。
『……またね、スコット君』
この世界は紛れもなく地獄であると。
「……何が『またね』だ! 何が『後で全部話してあげる』だ……! 畜生、畜生! 俺には何も、言ってくれなかったじゃないですか! 社長……!!」
スコットは頭を抱えて蹲り、声にもならない悲痛な呻きを上げた。
chapter.10 「夢では全てがうまくいく」 end....