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本 当 の 戦 い は こ れ か ら だ
「……はっ!」
スコットが次に目を覚ましたのは、ウォルターズ・ストレンジハウスの寝室だった。
「……俺は」
「うぁぁぁぁぁぁん! スコットォォォー!!」
「うぎゃあっ!?」
目覚めたスコットに泣き顔のデイジーが抱きつく。
「心配させやがってこの野郎ォォォー! 生きてんならさっさと目を覚ませコラァァァー!!」
「ちょっ、デイジーさん!? デイジーさん、ちょっと苦しい! 苦しいですから!!」
「あぁぁぁん! この馬鹿、馬鹿、馬鹿ぁぁー!!」
「待って! 待って! マジで苦しいから! し、死ぬ! 死んじゃう!!」
後輩を心配するあまり完全に乙女と化したデイジーは彼を抱きしめて放さない。
泣きじゃくる彼(女)に執拗に柔らかいボディを押し当てられてスコットはひたすら困惑した。
「あ、あのっ! アイツはどうなりましたか!? 俺たちは……!」
「あらあら、ようやくお目覚めですか? お寝坊さん」
「ホアアッ!?」
続いて寝室に現れたのはマリアだ。
デイジーに抱きしめられる姿を見てニヤニヤと愉快げに笑いながら彼女はスコットに近づく。
「もうすっかり治ったようですわね、流石は奥様方。愛の力は偉大ですね」
「ど、どうなったんですか!?」
「それはもう奥様の体を張った介抱で」
「違うから! 戦いは! アイツは倒せましたか!? 社長は……」
ここでマリアは一瞬だけ表情を変えた後、いつもより明るい笑顔になる。
「ええ、ご安心ください。今回も完全勝利でしたわ。スコット君のお陰ですわー」
そしてパチパチと拍手しながら彼の奮闘を讃えた。
「そ、そうですか。皆も無事なんですね……」
「ええ、ギリギリでしたが皆さんもうすっかりお元気ですわ。デイジーちゃんに至ってはご覧の通りで」
「えっ、あっ! こ、これは……」
ここで正気に戻ったデイジーは顔を真っ赤にしながらスコットを放す。
「ルナ様の癒やしが終わってからもずーっと付きっきりで貴方を看病していたのよ? 食事やお風呂の時間も削ってずーっとね」
「ま、マリアさん! 何言ってくれてんの!? ねぇ、どうしてそんなこと言うの!!?」
「だってあんなに献身的に尽くす姿を見せられれば応援したくもなりますわよー」
「やめてぇええええー!!!」
大きな瞳に涙を溢れさせるデイジーにうふふと笑いかけながらマリアは寝室を後にした。
「マリアさぁぁぁーん! ちょっとぉぉー!!」
「……」
「ち、違うから! オレはお前なんて心配してないから! えーと、えーと……!!」
「心配かけてすみません、デイジー先輩」
わたわたと慌てふためく先輩にスコットは頭を下げる。
「もう大丈夫です、ありがとうございます」
そう言ってぎこちなく笑うスコットの顔を見てデイジーは真っ赤に紅潮した。
「あわわわわわっ! あ、ありがとうじゃないって! ありがとうじゃないってぇぇぇー!!」
そしてデイジーは顔を押さえながら寝室を飛び出していく。
「で、デイジー先輩!?」
「うわぁぁぁぁぁーん!!」
その抑えきれない感情に身をやつした反応と、感情ダダ漏れの叫び声は完全に乙女のそれであった。
「……」
「ふふふ、おはようスコット君。よく眠れたかしら?」
「……どうも」
優しく微笑むルナがニックを抱えて寝室に入ってくる。
「はは、ニックさん……ボロボロですね」
「はっはっ、君ほどじゃないが無茶をしたからね」
ニックの表面は傷だらけで片目からは光が消えている。
機械である彼はルナの癒やしによる効果が薄く、戦いで負った傷が殆どそのまま残っていた。
「大丈夫なんですか?」
「まぁ、今では少し見えにくくなったくらいだね。これでも徐々に再生しているらしい」
「え、再生?」
「この子には私の癒やしは効かないけど、自分の体を自分で修復する能力があるみたいなの」
その代わりニックには自己修復機能が備わっており、少しずつではあるが傷は回復しているようだ。
「……ニックさんを改造した人ってマジで何者なんですか」
「私が一番知りたいよ」
「ふふふ、でも二人はもう大丈夫そうで安心したわ」
スコットの隣のスペースをチラリと見て少し寂しげに笑った後、ルナは彼の隣にふわりと腰掛ける。
「……あの、その」
「何かしら?」
「俺、また貴女と寝たんですか?」
「ふふふ、そうね」
ルナの満足そうな笑みに心を焼かれたスコットは思わず顔を押さえる。
「安心しなさい、身体を癒す以外のことはしていないわ」
「……本当ですよね?」
「ええ、本当よ。ガッカリさせたかしら?」
お淑やかでありながらも蠱惑的で誘惑しているかのような物言いに手玉に取られるスコット。
ルナはそんな彼の反応をうふふと笑って楽しみながらそっと頬に触れた。
「……スコット君」
「な、何ですか!?」
「ありがとう」
ルナはスコットにお礼のキスをする。
「あの子を救ってくれて……ありがとう」
「ホアアアッ!?」
「ふふふ、ご褒美よ。それ以上の意味はないから安心して」
「あ、あのっ! あのっ!!」
「……」
「それじゃ、今はゆっくり休んで」
何とも言えない表情で沈黙するニックを抱いてルナはベッドを離れる。
「もし、まだ身体の何処かが痛むなら……私を呼びなさい?」
「……!!」
そして最後にそんな事を言って彼女は寝室を後にした。
「な、何なんだよ、あの人は……!」
顔を真っ赤に紅潮させ、激しくなる動悸を抑えながらスコットはシーツを掴む。
捲れ上がる白いシーツ。ここでふと隣のスペースが気になった彼の視線が横を向くと……
「……すー……すー……」
「えっ?」
一糸まとわぬ眩しい全裸のドロシーが本当に小さな寝息を立てていた。
「……はぁぁぁぁぁぁぁぁ────ん!!?」
スコットは叫んだ。叫ぶしかなかった。
『はぁぁぁぁぁぁぁぁ────ん!!?』
「あっはっは! ようやく気づいたか、アイツ!!」
「実に見事なリアクションですな。感服致します」
「……マジで今まで気づいてなかったのかよ」
「マスターが隣に寝ているのがそこまで驚くことだろうか? 理解に苦しむぞ」
リビングで待機していたウォルターズ・ストレンジハウスの面々。
寝室から聞こえてきた魂の叫びに各々らしい反応を見せ、ルナとマリアはご満悦の様子で紅茶に一口つけた。
「うふふ、100点の反応ですわね。紅茶が美味しいですわ~」
「……気づかないものなんだな」
「そういうものよ。男は鈍感な生き物だから」
『社長! 社長ーッ! 服を着て、まずは服を……うわぁぁぁぁぁっ!!』
「……今日のドリーをお願いね、スコット君」
寝室の扉を見つめながら、ルナは静かにティーカップを置いた。