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いつでも出会えるはずなのに、それが許されない。ラブストーリーの美しき鉄板ネタです。
「……上位存在の反応が完全に消失、天使門も消滅しました。深刻な空間歪曲及び空間異常も確認されません……全て正常値です」
反応が携帯端末から消えたのを確認し、緊張が解けたサチコは胸を撫で下ろす。
「……今日も街は救われたわね。至急、処理班に連絡。事後処理を行った後に帰還させなさい。ムネモシュネの起動準備も忘れないで」
空を見つめていた大賢者も此処で漸く振り返る。
その表情には僅かに安堵の色が浮かんでいた。
「しかし、インレの反応は以前よりも増大していました。やはり彼女は……」
「ええ、彼女は倒される度に強くなっているわ。次はもっと苦しい戦いになるでしょうね……」
安堵したのも束の間、大賢者は椅子に座って真剣な面持ちで腕を組む。
インレの力は年々増大している。対してドロシーが全力で戦える時間は徐々に短くなってきており、かつては圧倒していた筈が今では互角……
否、インレの方が上回っている。
実際に常に全力であったドロシーとは異なり、インレは彼女との戦いで終始余裕を崩さなかった。
「彼らの助力が無ければ、恐らくは……」
「きっとあの子は負けていたわね」
今日の戦いに勝てたのはスコット達の命懸けのサポートがあったからだろう。
「……彼の名前は何といったかしら」
「スコット・オーランド……ジェイムス氏が監視役を担当しているBクラス特異能力者です」
「……」
大賢者は暫く考え事をした後、サチコに言う。
「彼に関する情報を可能な限り集めなさい。出身地、経歴、手に入る情報全てよ」
「わかりました」
◇◇◇◇
「……あれ? ここは……」
スコットが目を覚ますと自室のベッドに居た。
聞こえてくる小鳥の囀り。窓から差し込む温かな日差し。
既に11月に入ったというのに不自然なまでに温かく明るい光に照らされる部屋を見て……彼は察した。
「……ああ、そうか。俺は」
自分はあの戦いで死んだのだと。
「……まぁ、あんな戦い方したらなぁ。ははは……」
インレを倒すためにスコットはその生命を燃やし尽くした。
骨を砕かれ、肉を焼かれ、そして全身を貫かれた。
いくら頑丈なのが取り柄の彼でも無理があったのだろう……
「でも、いいか。きっと社長がアイツを倒してくれたはずだし」
だが、後悔など無かった。
スコットは自ら望んで命を差し出したのだから。
ドロシーを救うために、ドロシーに勝たせるために。
今の彼にあるのは、全てをやりきったという満足感。
「さて……」
「……んふふっ」
「……」
「ハーイ、スコットちゃん。よく眠れた?」
そして最愛の彼女の元にようやく行けるという達成感だった。
「またベッドに潜り込んだのか、キャサリン」
「だってアンタのベッドの中が一番よく眠れるの。落ち着くのよ」
「……俺は落ち着けないんだけどな」
「えー、どうして?」
「どうしてってそりゃ……」
スコットは自分の隣で微笑む全裸のキャサリンを見て硬直した。
「その格好で寝るからだよ!!」
そして顔を真っ赤にして叫ぶ。
「あははっ、相変わらずイイ顔するわねー! 抱きしめたくなっちゃう!!」
「おい、やめろ! せめて服を着て」
「嫌よー、このまま抱きしめちゃうー!」
「おわぁああーっ!」
「そんな調子であたしと結婚できるのー? あははっ!」
キャサリンは幸せそうに笑いながら愛しい彼に抱きつく。
キャサリンの必殺武器である とても柔らかく大きな胸 を押し当てられてスコットは更に赤面し、かつてのように彼女にぐいぐいと圧倒される。
「このっ……!」
「きゃんっ!」
「調子に乗るなっ!」
「うふふ……ごめんなさい」
だがここでキャサリンを押し倒し、スコットは彼女の美しい青い瞳を見つめる。
「……もう、いいよな?」
「ふふふ、そうね。スコットは凄く我慢したものね……」
「別に、我慢なんてしてない……してないさ」
ここでついにスコットの瞳に涙が浮かぶ。
最愛の女性の頬にそっと触れ、彼女に色んな感情が込もったキスをしようとした……
「うふふ、ごめんね」
だがキャサリンは人差し指で彼のキスを止めた。
「……キャサリン?」
「まだ駄目みたい」
「えっ?」
「本当はあたしもこのままアンタとキスをして、たっくさん可愛がって貰いたいところだけどー」
キャサリンはスコットの顔を優しく撫でて寂しげに笑う。
「あの子がアンタを待ってるわ」
自分を見つめるスコットの顔をグイッと真横に曲げる。彼の視界がかなり強引に切り替わると
『はっはっ! すまないな、ブラザー……今日はここまでだ!!』
大きな角が生えた青い大男が、満面の笑みで此方を覗き込んでいた。
「はぁ……」
『悪いなぁ、邪魔をしちまって。でもまだ駄目なんだよなぁ……お前らをくっつけるわけには、いかねぇんだ……』
「……ああ、畜生!」
スコットは思わず毒づきながらキャサリンの方に振り向く。
「んっ……」
そしてやや荒っぽく彼女にキスをした。
「……絶対に、また君に会いに来る。次はちゃんと……死んでくるよ」
「うん、待ってるわ。ダーリン……でも」
キャサリンは強引にキスをされた唇にそっと触れ、何処か意地悪そうな表情になる。
「本当はダーリンも、まだ死にたくないって思ってるんじゃない?」
「……は?」
「もう、惚けちゃって……」
呆気にとられるスコットの顔を大きな胸で包み込み、彼の温もりを噛みしめるように彼女は言った。
「……アンタもあの子が気になってるんでしょう?」
キャサリンの言葉が届いた瞬間、スコットの意識はその部屋から引き剥がされるように遠のいていく。
彼女に『そんなわけあるか』と突っかかる僅かな時間さえ与えられなかった……
そしてラブストーリーにはおじゃま虫が付き物。心得ておりますとも。