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幻騒のカルネヴァーレ ~Carnevale of Phantasm~  作者: 武石まいたけ
chapter.10 「夢では全てがうまくいく」
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(ねぇ、お父様)


(天国のお父様)



 杖先にありったけの魔力を集め、ドロシーは駆け出す。



(僕は本当に幸せよ。優しいお義母様がいて、頼れるお姉様がいて、アーサーとマリアがいて)


(ブリジットやデイジーちゃんにニックくんのような新しいファミリーや、タクロー君にアトリちゃん、アレックス君のような友達が沢山出来て)


(そして……)




 最後に残った力で必死に足を動かす。もう空を飛ぶだけの力も残っていなかった。



(とっても素敵な彼に出会えたの)



 インレの魔法でスコット達が吹き飛ばされるのを見ても、彼女にはもう助けられない。

 この一撃に全てを注ぎ込んでしまったから。



(優しくて、可愛くて、とても強くて……凄く怖くて)


(どこか悲しい目をした男の人)


(彼を初めて見た時に僕は感じたの。少し恥ずかしいけど……)



 視界を防ぐ爆煙。ドロシーは思わず目を瞑り、足が縺れて転びそうになった。



(彼と出会った時に運命を感じたのよ、お父様)



 転びそうになったドロシーを悪魔の腕が優しく支える。

 

 深く傷つき、血だらけになりながらもスコットは無言で『任せてください』とサムズ・アップした。



(ああ、これが一目惚れなんだってね)



 スコットは巻き上がる煙を抜けて大袈裟に声を張り上げながらインレに突撃する。


 ドロシーはインレの注意がスコットに向いたのを見て、震える手で杖をギュッと握りしめた……



 ◇◇◇◇



「お願いだから……もう少しだけ、夢の中でジッとしていてちょうだい」


 ドロシーはゼロ距離で魔法を放つ。


 金色の魔法陣がインレの身体を包み込み、その不滅の身体を消し飛ばさんと最大最強の大魔法が発動する。


「まだ、まだよっ!!」


 魔法の炸裂直前にインレは身体を包む白い包帯を解き、ウヴリの宝杖を封じて強引に発射を阻止する。


「なっ……!?」


 魔法の余波で肉体の右半分を消し飛ばされても辛うじて残った片方の翼を解き、ドロシーの身体を拘束する。


「残念だったわね、セオドーラ……」

「ううっ……!」

「負けられない理由は、私にもあるのよ……! その身体は……!!」

「うぁぁぁぁぁあああっ!!」


 強引に魔法を阻止された影響でウヴリの宝杖に収束した魔力が行き場を失う。


 二人の周囲には行き場を失って暴走する魔力が稲妻のように走り、まるで暴風雨の如く荒れ狂い全てを破壊していく。


「その身体は、私のものなんだから!」

「あぁぁぁあっ!!」


 インレは半身を失い、暴走する魔法に巻き込まれて更に身体を傷つけながら尚もドロシーに手を伸ばす。


「私の……っ!」


 しかし、あと少しで届きそうだった右腕は黒い刃に切り落とされた。


「あたしの、ドロシーにっ……! 触るなって言ってるんだよ、クソババァァ────!!」


 肩に乗せた白い子兎の力で負傷と同時に傷を回復しながら、アルマがドロシーと杖を拘束する包帯を切り裂く。


「やっちまえ、ドロシー! うごあっ!!」


 ウヴリの宝杖から漏れ出す莫大な魔力にアルマの身体が弾き飛ばされる。

 開放された杖先に再び巨大な金色の魔法陣が発生し、今度こそインレを確実に捉える。


「……!」


 手足を失ったインレにはもう直撃を免れる術はなかった。


「……ああ、残念ね、セオドーラ。悔しいけど」

「……セオドーラ、セオドーラって馴れ馴れしいのよ! 私の名前はドロシーだ、()()()ァァァァ────!!!」



 ついに放たれる大魔法。金色の光線がインレの身体を貫きながら空を突き抜けた。


 彼女の身体は眩い燐光に包まれながら分解し、ドロシーに愛憎入り交じった複雑な笑みを向ける。


「……また、遊びましょう……今度、は……」


「私が、勝つわ……」


 そう言い残してインレは銀色の燐光になって消えた。


 ドロシーの放った魔法は空を金色の光で照らしながら天獄の壁(ヘヴンズ・ウォール)の上層に直撃し……



 ────ゴゥォォォォォォ……ンン……



 空を揺るがすような規格外の大爆発を起こす。


「……はぁ、はぁ……」


 ウヴリの宝杖は粒子状に分解されて再びドロシーの体内に戻る。

 それと同時に彼女の頭部から生えていた天使の翅も溶けるように消え去り、両腕の紋章も消滅した。


「……もう、来るな。偽物の……性悪、天使め……」


 力を使い果たし、ふらりと倒れ込むドロシーの身体をルナが優しく抱きしめた。


「……お疲れ様、ドリー」

「……お義母、様……」

「今日も頑張ったわね。本当に偉いわ……流石は、自慢の可愛い(ドリー)よ」

「……あはは……」


 ルナに抱きしめられながら、ドロシーは疲れ切った笑みを浮かべる。



(ねぇ、お父様)


(天国のお父様)


(今までは一人でも頑張れたの。僕は強かったから。僕一人だけでも……)



 続いてドロシーは目だけを動かして共に戦ったファミリーを見る。



(あの人を倒せるのは僕だけだったから)



 満身創痍でありながらも自分よりも彼女を心配するブリジットとニックの声。

 血だらけになったスコットの姿に号泣するデイジーの姿。

 温かい眼差しを向けながら拍手する使用人達。

 泣き顔で此方に駆け寄ってくるアルマ……



(でも、今日は皆が一緒に戦ってくれたの)


(皆が僕を助けてくれたのよ)



 そんなファミリーの誰よりも先に駆けつけてくれた愛しの彼(スコット)を見て、ドロシーは幸せそうに微笑んだ。



(笑ってよ、お父様。あの時は、()()()()()()()()()()()って……皆で()()()()()()()()()()()って思っていたの。皆を逃しても、本気になれば一人でも勝てるってね)


(……そんなことなかったわ)



 最後に優しい義母の顔をもう一度見てからドロシーは目を閉じる。



(ねぇ……お父様)


(やっぱり……無理は駄目よね。一人で頑張っても誰も褒めてくれないし、誰も助けてくれないんだもの……)


(だから、もう僕一人じゃなくて……)



 そして安心したように笑いながら、ドロシーは眠りに就いた。



(これからは、)


(みんなと……)



 ゴォォォォォォォン……



 響いてくる鐘のような音。


 空に開いた天使門(エンジェル・ハイロゥ)はインレの消滅と共に収縮し、天上の鐘を鳴らしながら霧のように消えていく。



 ゴォォォォォォォォ……ン……



 最後の鐘が響いた後に残されたものは、雲一つない晴天の空だけだった。


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