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一人のチートで敵わないなら皆で行けばいいじゃない。古き良き時代から受け継がれし伝統的ジャイアントキリング法ですよね。
(……凄い)
(……凄い、凄い、凄い!)
ドロシーはインレを殴り飛ばすスコットの姿にときめきが止まらなかった。
インレは人類の手には負えない規格外生物種の中でも突出した危険度を誇る上位存在、通称【天使】と呼ばれる XXクラス接触禁忌規格外生物種 だ。
似たような生物であるヒュプノシアとは違って真性エネルギー体であり、物理攻撃に加えて魔法攻撃すら通じない。
その為、魂魄体封殺呪文のような『相手の体質と防御力に関係なく存在の中核たる魂に損害を与える』手段が無ければ一切ダメージを与えられない。
更に他の天使達と異なり、インレは存在の中核を修復する反則的な能力を持つ。
先に現れた天使は魂を修復できないので攻撃を受ければ即座に肉体が崩壊していたが、修復能力を持つインレは文字通り規格外だ。
魂魄体封殺呪文を発動しなければ攻撃すら通じない上に、発動しても並大抵の攻撃では即座に再生してしまう。
インレにダメージを与えるには彼女の再生能力を上回る威力の攻撃を集中して叩き込まなければならないのだ。
そしてそれを可能とする化け物は今までドロシーしか存在しなかった。
(あははっ、もう……最高! あの人、最高だわ!!)
……だが、そんなの知るかと言わんばかりに彼は規格外の怪物を殴り飛ばしてみせたのだ。
「……がっ、ははっ……はぁっ!!」
意地の一発を食らわせたいが為に両腕を捨てたスコットはガクリと膝をつく。
「まぁ……こっちの腕は、まだ動くから問題ないな……!」
折れた腕をダラリと下げながら立ち上がり、悪魔の腕をボキボキと鳴らす。
普通なら戦闘が続行できる状態ではないが、その表情からは微塵も闘志が潰えない。
「……何なの、一体」
上空で翼を広げ、インレは体制を立て直す。やはりあの一撃でも大したダメージは与えられていない。
「……何なの、あの子は……」
しかしインレは驚愕した……スコットの異常な攻撃性と執念に。
「降りてこいよ、天使! どうせいくら殴ってもノーダメージなんだろ!? だから降りてこい!!」
悪魔が両手を叩いて彼女を誘っている。
「付き合ってられないわ」
インレは顔をしかめながら両腕をかざし、ドロシーとの時間を邪魔した不愉快な異物を消し飛ばそうとするが……
「悪いけど貴方には……」
「……ジャッジメント」
「?」
「ブレェェェェェ────イド!!」
インレが魔法を放とうとした瞬間、天空から大剣を振りかぶりながらニックが強襲。
煌めく剣撃でインレの翼を叩き切った。
「……なっ!?」
「まだまだぁっ!!」
続けてインレの胴体に容赦なく大剣を突き刺し、彼女を空から引きずり落とす。
「お、お前は……!?」
「私の名前はニック! ニック・スマイリーだ、天使のお嬢さん!!」
ニックはそのままインレを地面に叩きつけ、鎧をギシリと鳴らしながら地に落ちた天使の身体に深々と剣を突き刺した。
「すまないな! 君の笑顔が癇に障ったもので!!」
「このっ……邪魔をするな!!」
「ぐわあっ!!」
インレの魔法を至近距離で受けてニックは吹き飛ばされる。
だが爆炎に巻かれて吹き飛びながらもニックの表情は実に清々しいものだった。
「私は、お前達に用はないのよ! 私はセオドーラと!!」
「そうだよ、俺もお前に用はない」
「ッ!?」
「だから、さっさと天国に帰れ! いい加減にしつこいんだよ、この野郎ぉぉぉー!!」
ニックに気を取られていたインレにパンチを叩き込みながらスコットは言った。
「ぐっ……!?」
「紹介するわ、インレ。彼がスコット君よ」
「はっ……!」
吹き飛ぶインレに高速で接近し、その顔面に手をかざしながらドロシーは自慢気に言う。
「本当に素敵な人でしょう? 貴女の言う通り……大好きなのよ! あの人が!!」
「セオドーラ……!」
「一目惚れだったわ、お母様ァ!!」
インレに突かれた心の弱みを今度は声高らかに堂々と宣言して魔法を撃ち込んだ。
「やぁ、スコット君。酷い怪我だな……大丈夫なのか?」
「……まぁ、まだ動けてはいますよ」
インレを追撃するドロシーの姿を見つめるスコットに泥まみれになったニックが近づく。
「どうして来たんですか、ニックさん」
「君と同じ理由だよ」
「へ?」
「私も彼女が放っておけなくてね……」
ニックが何気なく口にした言葉にスコットは反応。
「ひょっとして、ニックさん……」
「ああ、安心してくれ。ドロシーは君のものだよ」
「ぶぉっ!? ちょっ、いきなり何を言い出すんですか! 俺は別に」
「それはそれとして放っておけないのさ。こう見えて私も男だからな」
「……言っておきますけど、俺は社長が好きって訳じゃないですからね」
「何だ、そうだったのか」
大剣をガシャンと構え直し、ニックは大きな瞳を野獣のように鋭く輝かせる。
「私は彼女が好きだがね」
「えっ」
「ははは、冗談だよ。忘れてくれ」
そう言い残して彼は勢いよく駆け出した。
「えっ、ちょっ……待ってくださいよ! えっ!? ニックさん、マジで!!?」
此方に振り向かずにインレと戦うドロシーの元に向かうニック。
突然のカミング・アウトにうぐぐと暫し混乱した後、スコットも覚悟を決めて走り出す。
「ああっ、くそぉぉー! 待ってください、ニックさーん! 社長はやめておいた方が良いですって! 絶対に後悔しますから! 絶ッ対に────!!」
ドロシー達の所に向かって疾走する二人の様子をルナ達は空から見守っていた。
「うふふ、男の子って良いですわねぇ」
「ええ、ドリーは本当に幸せ者ね」
「……あいつら、マジかよ」
「これが男の子ですよ、デイジー様」
ドロシーを目指して駆け抜けていく二人を皆が温かく見守る車内で、ゆらりと起き上がる人影が二つ。
「むっ……」
「あら、ブリジット」
「んぐぁあ……! あのクソ天使が!!」
「あらあら、アル様もお目覚めですか?」
「どうなった! 戦いは終わったか!? ドリーちゃんは!!?」
「いえいえ、まだ戦闘続行中でございます。お嬢様とスコット様とニックさんが仲良く世界の命運を懸けて励んでおられますよ」
アルマは赤い瞳をくわっと見開き、ブリジットも小さく笑いながら愛用の剣を拾い上げる。
そんな話を聞かされて、この二人が黙っていられる筈がなかったのだ。