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〈ほ、ほろ……ほろろろっ……べっ……〉
手足を失った上にもはや炭の塊としか形容できない姿となった魔人は掠れるような声を出す。
「うん、結構頑張ったじゃない。凄いよ、現れたのが街の外だったら大変だったよ」
周囲に散らばる黄金の武器の残骸を踏みながらドロシーは魔人に歩み寄る。
「大きな建物を軽く破壊する威力の光線、丈夫な建材も切り裂く武器の精製、そして再生能力。どれも外の世界なら十分な脅威よ、管理局の子でも危なかっただろうね」
〈ほろ、ほろろろろ……ほろ、ぼ、すべ……〉
ドロシーは魔法杖から焼き切れた術包杖を排莢する。
木で作られた薬莢にも見える弾丸サイズの杖は小さく地面を跳ねながら輝く灰のように消失した。
「でも残念ね、その程度じゃ僕のお相手にはなれないわ。さようなら」
持ち込んだ装填器で新しい術包杖をリロードし、ドロシーはその杖先を魔人に向ける。
「機会があればまた遊びましょう」
〈ほろ、ぼっ……〉
瀕死の魔人に心からのお礼を述べ、彼女は魔人の頭を吹き飛ばす。
「来世でね」
ドロシーは魔人に別れを告げて青白い硝煙をフッと吹き消す。
「さーて、これで一件落着ね。後はー」
「ドロシーッ!!」
後始末を丸投げして帰ろうとするドロシーの名を誰かが呼んだ。
聞き覚えがある声だったのか、彼女は嬉しそうに後ろを振り返る。
「あら、キッド君! 今日は早かったじゃないの!!」
駆け寄ってくるジェイムスにドロシーは嬉々として声をかける。
「状況は!? 報告にあった化け物はどうなった! あとキッド君言うな!!」
「化け物なんていなかったよ、黒尽くめの変態はいたけど」
「そいつだよ! そいつはどうなった!?」
「遊び疲れて寝ちゃったよ。死ぬほど疲れてるだろうから、もう起こさないであげてね」
ドロシーは四肢と頭部を失って正真正銘の炭の塊と化した魔人を指差して言う。
「……」
「もうちょっと早かったら元気な彼が見られただろうけどね、残念」
「少しは元の形を残してくれよ……どんな奴なのかもうわからないじゃないか」
「元々あんな感じだったよ?」
「嘘つくな、畜生眼鏡」
「そのセンスの欠片もない酷いあだ名はやめてくれない? 僕でも傷つくときは傷つくんだよ? どうせならもっと可愛くてセンスのあるあだ名を考えてよ、キッドくーん」
「だからキッド君はやめろって!」
ジェイムスはそんなドロシーに嫌悪感を抱きつつも、13番街区を瓦礫の山に変えた怪物を無傷で倒した彼女の力に内心感服する。
「……で、俺達はどうすればいいんだ? 無駄足か?」
「後片付けをしておいてくれる? あの車に警部が乗ってるから、詳しい話は彼に聞いて」
「……わかった。でもたまにはお前も後始末を」
〈オオオオオオオオオッ!!〉
ドロシーがその場を去ろうとした瞬間、手足と頭部を再生して復活した魔人が雄叫びを上げて起き上がる。
「うわっ、また生き返ったよアイツ……」
「とんでもない生命力だな。よっぽどあの魔女が憎いのか」
「一体、あの子にどんな恨みがあるんですか……」
「さぁ……私にはわかりませんな。お嬢様に恨みを抱くような痴れ者がこの街にいるとは考えられませんし」
依然として車の中で待機しているスコット達は魔人の図抜けた生命力と再生力に心底ウンザリする。
「ていうかあの黒コートの人たちは……」
「ああ、異常管理局の職員だな。相変わらず来るのが遅くてイライラするよ」
「あ……そう言えば俺、この街に来た時ッ」
……ゾクン
その時、スコットの背中に粟立つようなゾクリとした感覚が走る。
「……な、何だ……?」
「おい、どうした? 顔色が悪いぞ?」
「す、スコット君?」
「おやおや、どうなさいました スコット君。お腹でも壊しましたかな?」
「いえ、その……何か……」
背中のゾクゾクした感覚は時間が経つごとに強くなり、スコットは思わず背中を抑えた。
(何だ、何だ……この感覚は? あ、アイツか? アイツが起きて……ッ!?)
────ゾクンッ
背中が一際強く粟立つ。
まるで背中を何かが突き破ろうとしているような感覚に驚いたスコットが顔を上げると、周囲が不自然に暗くなっている事に気付く。
(……何だ? 空が……)
背中のざわめきは暗くなる空に呼応するかのように、より一層激しさを増す。
「お、おい、大丈夫か!? しっかりしろ!」
「……何か、空っ……空が……!」
「空!?」
「空が……、暗くなって……!!」
「……はっ!」
警部は車のドアを開けて空を見上げる。
ドロシー達の上空に 渦を巻くような黒い穴 がポッカリと浮かび、チリチリと肌を突くような気持ちの悪い風が辺りを包み込む。
「……クソッタレ! ふざけんなよ、何でこんな時にっ!!」
「警部、ま、まさか……あの黒い穴は……!」
「お前達、気をつけろ! 異界門だ! 異界門が開くぞーっ!!」
警部がドロシー達に向かって叫んだ瞬間、黒い丸穴の中から 巨大なナニカ がズルリと這い出るように此方の世界に現れた。
◇◇◇◇
13番街区に異界門が開くほんの一分前、ドロシー達の居る場所に続く大きな道路を黒い大型バイクが疾走していた。
「あら、何やら雲行きが怪しくなってきましたわね」
先鋭的なフルフェイスヘルメットに黒いメイド服という奇抜な格好でバイクを運転しながらマリアは後ろに跨る少女に声をかける。
「さぁ出番ですわよ、アル様。ご準備を」
マリアの言葉を聞いた少女の瞳は、高揚する精神に呼応しているかのように不気味に輝く。
「はっ! いいね、ワクワクしてきた!!」
薄く透けた黒のキャミソールにニーハイブーツという刺激的な格好の少女は、誰かにそっくりな獰猛な笑みを浮かべながら興奮気味に言い放つ……
「待ってろよ、ドリーちゃん! アルお姉ちゃんが助けにいくぞーっ!!」
フィード君への愛着が強くて活躍シーンが大幅に増えました。悪い子ですが温かい目で見守ってあげてください。