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────少し時は遡り、スコットが鎧竜から飛び降りた場面。
「ア、アイツ何考えてんだよ!?」
スコットが笑顔で車を飛び降りたのを目撃したデイジーは動揺していた。
あのインレと戦えるのはドロシーだけだ。
数度の戦いを経験し、その度に思い知らされたインレの圧倒的な力。
あのブリジットやアルマすら相手にならない天使の姿をした怪物。
あの異常管理局も素直にドロシーに任せて即時撤退を選択する規格外の存在。
そんなインレ相手にスコットは喧嘩を売りに行ったのだ。
「あー、もうアイツ死んだ! 絶対に死んだ!!」
「デイジー様、落ち着いてください」
「落ち着けるかぁぁぁー!!」
デイジーは彼の死を本気で予見した。
「……」
「お、おい! 今、スコット君が飛び降りていったぞ!?」
屋根の上にしがみついていたニックが慌てて顔を出す。
「ふふっ、そうね」
「冷静だな! 彼をあのまま向かわせて大丈夫なのか!?」
「死んでしまうかもしれないわね」
「ルナさぁーん!?」
「それならどうして彼を止めなかったんだ!?」
ルナはスコットに渡されたロングコートを抱きしめながら切なげに笑った。
「止めたわ。それでも彼は」
「うふふ、奥様は本当に嫌な性格をしていますから。呼び止める振りをして焚き付けておりましたわー」
「へっ!?」
「マリア?」
「事実でしょう?」
マリアは不敵に笑いながら全員に聞こえるように言う。
「遠回しで『貴方には無理』『役立たずだから大人しくしてなさい』『ドロシー様に任せていれば大丈夫』などと伝えられて彼が黙っていられる訳がありませんわ。ああ見えて彼はお嬢様が気になってしょうが無いんですから」
「……」
「そもそもルナ様が可愛いお嬢様を放っておける筈がないですわよね? 挨拶もなしにあの方を置いて車に乗るなんてありえませんものー」
読心術に長けるメイドにこれでもかと本心を言い当てられてルナはくすりと笑う。
老執事も笑いをこらえながら耳を傾け、デイジーとニックだけが唖然としていた。
「お嬢様の力をその目に焼き付けさせてどういうお方なのかを手短に説明。力があるだけの凡夫なら恐れをなしてサヨウナラですが、彼には丁度いい後押しになりますね。後は彼が嫌いそうな言葉をそれっぽく言ってあげればー」
「ふふふ、本当によくわかってるわね」
「うふふ、貴女とは付き合いが長いですから」
つまりここまでの彼女の言動と行動の全てはスコットをドロシーの元に行かせる為の演技。
あのドロシーの義母であるルナが可愛い娘を残して素直に逃げに徹する筈が無かった。
(……やだ、怖い)
デイジーはルナの人間離れした精神性を垣間見て震え上がる。やはり彼女も恐ろしい女だった。
「それでも彼を心配していたのは本当よ。インレはドリーにしか倒せないから」
「それはそれとして?」
「彼には思いっきり暴れてほしかったわね。倒せなくても彼女にトラウマの一つや二つくらいは刻んで欲しいから。ドリーが相手だと勝っても負けてもインレは喜ぶだけだもの」
「流石、奥様ですわー」
「はっはっ、流石はルナ様です。旦那様が生涯尻に敷かれ続けたのも頷けますな」
マリアは満足気にパチパチと拍手。老執事も堪えきれずに笑い出し、ハンドルを切って方向転換。
「えっ、執事さん! 何処に行く気!?」
「ご安心ください、デイジー様。貴女は車に乗っているだけで結構ですので」
「ま、待て待て! 戻らないよね!? ねぇ、戻らないよね!!?」
「……はっはっ、本当に君たちは凄いな!」
ニックも思わず笑い出す。
前々から只者ではないと思っていたが、ここまでネジが外れていたとは。
今までの彼なら敬遠して距離を置くか、黙って背を向けていた所だったが……
「そうだな、私ももう少し頑張りたいと思っていたところだ。これでも異世界では世界の命運を託されていたものでね……!」
すっかり彼女達に毒されてしまっていたニックは不敵に笑いながら剣を抜き、スコットの後を追って車から飛び降りた。
「ちょっ、ニック何してんだぁー!?」
「お先に失礼するよー! もし死んだら笑ってくれー!!」
「笑えねぇよぉぉー!?」
「ふふふ、ニック君も男の子ね」
「ええ、やっぱり勇者様は凡百の男共とは違いますわね。素敵ですわぁー」
「もうやだこの人達! オレもうついて行けない、サヨナラ!!」
「では行きましょうか、お嬢様方。シートベルトをお締めください」
「オレは男だって言ってんだろぉ!? あと行きましょうってまさか……」
>ヴァルルルルルルルォオオオオン<
老執事はアクセルを踏んで鎧竜のスピードを上げる。向かう先は勿論……
「デイジー様は車内でお待ちしていただいて結構ですので。ご安心を」
「やだぁぁぁぁぁ────!!」
デイジーは泣いた、泣くしかなかった。
きっと今夜も彼女は枕を涙で濡らしながら悪夢を見るだろう……
◇◇◇◇
『う、嘘! な、殴りっ、殴り飛ばしましたよ! 皆さん見てますか!? 見えてますか!!?』
場所は変わって異常管理局セフィロト総本部。
食堂の大型ディスプレイに映し出される15番街区の様子を見てヤリヤモ達はポカーンとしていた。
「……」
『ジャスミン! これ以上は危険だよ! もっと離れようよ!!』
『これで死んでも死亡保険は降りないよ! ダーウィン賞取って笑われるだけだよ!?』
『ま、待って! もうちょっとだけいい絵を撮ってから……!!』
「……同志、ひょっとしてアレは」
「すごーい! どうしー! 見た!? 思いっきりドーンって!!」
「……やはり彼は只者ではなかったか」
デモスは何処か満足気に頷きながらお菓子を頬張る。
画面に映し出されたスコットの雄姿を見てほんのりと顔を紅潮させ、もぐもぐと頬を膨らませていた。
「あんなと戦わされたシュヴァリエが不憫だなー」
「そうだなー、強いなーあのべっしゅぞくー」
「よく殺されずに済んだな、同志」
「……まぁ、彼になら殺されても良かったが」
「「「えっ?」」」
まるで 恋する乙女 のような顔で画面に釘付けになるデモスにヤリヤモ達は首を傾げる
(((……病気にでもかかったのかな)))
そして心の中で密かにデモスの精神状態を心配した。
勝てる勝てないに関係なくムカつくエネミーはデストロイ。デストロイできなくとも喧嘩は売る。正に男の子ですよね。