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正直、捻くれた&暗い過去持ちの青少年に言ってはいけない万国共通ワードトップ5に入る言葉だと思います。
(何が運命だ……馬鹿馬鹿しい!)
スコットは上空から落下しながら心で毒づく。
(俺がこの街に来たのが運命なら、俺は何のために外で生まれた!? 最初から此処で生まれればいいじゃないか! 最初からこの街で生まれていれば……俺はアイツと出会わなかった! アイツが死ぬこともなかった!!)
背中から青い悪魔の腕が現れる。大きな腕に今まで感じたことのない程の力が宿り、その形状が更に禍々しく変化していく。
(この街で生まれ育っていれば、俺は……!)
悪魔の腕が大きな翼に変化し、スコットの身体を空に留める。
「……ここまで、自分が嫌いにならなかったさ」
悪魔の翼を羽ばたかせ、彼女の所に向かう。
ルナの言葉にそこまで深い意味はなかったのかもしれない。
彼女なりにデイジーとスコットを宥めようとしていたのかもしれない。
たまたま頭に浮かんだ言葉がそれだったのかもしれない。
ただ、その言葉はスコットが最も嫌う言葉だったのだ。
それを言われると受け入れるしかなくなるからだ。
自分にこの力が宿った理由も、外の世界で忌み嫌われた日々も、キャサリンと出会い……そして失った意味も。
『そうなる運命だった』
その一言で全て片付いてしまうのだ。
「ふざけんな、ふざけんな!」
だからこそ嫌悪した。それを認めたくなかった。
自分ではどうにもならなかった悲劇をそれで終わらせるなど許容出来るはずがなかった。
もしそうならこれから何が起こっても黙って受け入れるしかない。
「そんなものっ……そんなものっ!!」
そして彼女の元に辿り着いたスコットの目に ある光景 が飛び込んでくる。
酷く怯えるドロシーの顔。それでも必死に抗い、何とか窮地を脱しようとする彼女の姿。
そんな彼女の抵抗を嘲笑うようにその身体を抱きしめるインレの姿……
「……ッ!」
受け入れられる訳がなかった。
「彼女に……ッ!」
スコットは地面に降り立ち疾走する。
悪魔の翼は瞬く間に拳へと変化し、その表面に刻まれた金色の文字が眩く発光。
「彼女に……触れるなぁぁぁぁぁ─────ッ!!」
スコットは叫びながら拳を振り抜く。
何度命中させても効果がなかった拳を、まるで癇癪を起こした子供のように愚直なまでに真っ直ぐ突き出した。
─────ドゴォンッ!!
悪魔が放った渾身の右ストレートは、インレの身体を殴り飛ばした。
「……えっ?」
背後から思い切り殴られたインレは思わずドロシーから手を放し、ブチブチと身体がちぎれながら弾け飛ぶ。
何とか動かせる金色の瞳で状況を確認しようとしたが、次に飛び込んできたのは追い打ちの左ストレート。
そのまま顔面を破砕されてインレは吹き飛んでいく。
インレの巻き添えを食う形で宙を舞うドロシーは突然の出来事に目を丸くしていた。
(え、何? 何が起きたの? どうして僕は飛んでるの? あれ? 今、インレが目の前で……)
落下してくるドロシーの身体をスコットは無言で受け止める。
呆然としながら目だけを動かし、その顔を見てようやく彼女は彼に救われた事を理解した。
「あ、あれ? スコット君?」
「……どうも、ギリギリでしたね。社長」
「え、何で? 何で、君が居るの? 君は……」
「何でって? そりゃ……」
そこに殺到する白い槍。悪魔の腕は瞬時に大きな翼に変化して二人を抱き込むように包み、槍の雨をガードする。
「助けに来たんですよ」
「はえっ?」
「……言わせんなよ、死にたくなるから」
「……あわっ」
槍の攻撃を凌ぎきった悪魔の翼がバサッと開く。
ドロシーは日の光を浴びて輝くスコットの凛々しい顔を見て赤面し、震えながら『あうあう』と珍妙な声を上げるしか無かった。
「……これは一体、どういうつもりなのかしら? ブルー?」
スコットを睨みながらインレが近づいてくる。
埃だらけになった身体を叩き、実に不機嫌そうな顔で近づいてくる彼女をスコットは睨み返す。
「見ての通りだ」
「意味がわからないわ」
「天使様なら察してくれると嬉しいんだけどな」
「……?」
「ああ、畜生! わかったよ!!」
悪魔の翼を大きな腕に変化させ、激しく拳を打ち合わせながらスコットは言う。
「社長を助けるついでにお前をぶっ潰しにきた!!」
迫真の表情で叫ぶ彼の姿にインレも目を丸くした。
「……」
「……と言う訳です社長。そろそろ降ろしますから」
ドロシーは無言でスコットに抱き着いた。
「……社長?」
「……どうして、君は……」
「……?」
「……僕の、言うことを聞いてくれないのかな……」
「どうしてって言われても……」
「どうして、君は……僕を……!」
ドロシーは震える声で言う。
彼の服をぎゅうっと握りしめ、声を押し殺して啜り泣きながらか細い声を漏らし続ける。
「社長、降ろしますね? 何か恥ずかしくなってきたので……」
「……」
「社長? 降ろしますよ? ほら、あの人が凄い顔でこっちを見てるから……」
「……」
「社長? 社長!?」
「……スコッツ君」
ドロシーはスコットに強く抱きついて離れない。
諦めようと決意した想い、忘れようと決心した思い出、その全てを台無しにした最低な男を心の底から恨んだ。
「ありがとう……大ッ嫌いよ」
そしてスコットに出会えた奇跡に感謝し、目に涙を浮かべながらキスをした。
「ホワァァッ!?」
「大嫌い、本当に。二度とスコット君て呼んであげないから」
「な、何するんですか! 社長!?」
「うるさい」
スコットの胸をポカポカと叩き、早く降ろせの意思表示をする。
地面に足をつけた彼女はパンパンと身体を払ってふんすと鼻を鳴らす。
「何よ、インレ。言いたいことでもあるの?」
「……いいえ、なんでもないわ。気にしないで、セオドーラ」
置いてけぼりをくらっていたインレは何とも言えない顔でドロシーを見つめる。
まるで娘と彼氏の馴れ合いの場に直面してしまった未亡人のような、片思いの相手と結ばれた妹に衝撃を受ける姉のような複雑な感情が入り混じった彼女らしからぬ顔にドロシーは小さく笑った。
「……ねぇ、スコッツ君。ルナから聞いてると思うけど」
「ええ、聞いてます。社長しかまともに戦えないんですよね?」
「そうだね。それでも来ちゃった理由は?」
「……ご想像にお任せします」
そう言って目を逸らすスコットを満足気に見つめ、ドロシーは再び両腕に魔法陣を発生させた。