20
「な、何だアレ……」
スコットは15番街区上空に発生した巨大な剣を見て唖然とする。
「……あんなの、どうしろっていうんだよ」
彼は戦慄していた。
ビルよりも大きな巨剣を生み出せる程の力を持った相手に自分が敵う筈がなかった。
インレが少しでも本気を出せばこの身体など一瞬で粉砕されていただろう。
(……冗談じゃない。あんな化け物と付き合ってられるか……!)
スコットは恐怖した。
インレの底知れない力に、そしてそれと渡り合うドロシーという存在に。
「はわぁぁぁぁぁ!!」
「あらあら、大変ですわ。あの剣一本でも街区が二つ三つ消し飛ぶ威力ですのに」
「や、やばい、やばいって! あんなのが落ちてきたらオレたちまで吹っ飛んじまう!!」
「デイジー様、落ち着いてください」
「落ち着けるかァァァー!!」
助手席でデイジーが喚き散らす。
「まぁまぁ、ここはこう考えましょう。もしアレが落ちても皆さんご一緒ですので怖くないと」
そんなデイジーに老執事は涼しい顔で言ってのけた。
「やだぁぁぁぁぁー!!」
「落ち着いて、デイジー。ドリーを信じなさい」
「何で冷静なのよ、アンタらー! 自分の命を何だと思ってるのぉー!?」
「あらあら、そんなに泣いちゃって。益々女の子らしくなってきましたわね」
「うるさぁぁぁーい!!」
見た目と能力はともかく中身は未だに一般人成分を多く残しているデイジーがこの状況で落ち着いていられる筈がなかった。
鎧竜の制御が億劫になり、高度を保てなくなった車体は徐々に落下していく。
「はわぁぁぁあっ!!」
「デイジー様、集中してください。このままではあの剣が落ちる前に全員死にますぞ」
「ううううっ! 何で、何でこんなところに来ちゃったんだろう……!!」
「運命よ」
「うわぁぁぁぁぁん!!」
ルナが真顔で発した言葉がデイジーの心を傷付ける。
「……運命?」
だが、デイジーを傷つけたその言葉がスコットに突き刺さった。
「……それじゃあ、俺がこの街に来たのも運命なんですか?」
スコットはルナの顔を見つめながら言う。
「ええ、私はそう思っているわ」
「それじゃ俺にこの悪魔が宿ったのも運命だと?」
「ええ、きっとそうよ」
「……はっはっ、そうですか」
乾いた笑いをあげてスコットは頭を掻きむしる。
ここでドロシーに渡されたコートを無意識の内にずっと握りしめていた事にようやく気付き、更に笑いが込み上げてきた。
「それじゃあこの街で俺が社長と出会ったのも運命ですか」
「……ええ」
「はっはっは、そりゃいいや。運命の出会いか……ロマンチックですね!」
鎧竜のドアを蹴り破り、スコットは外に出ようとする。
「……スコット君?」
「はっはっはっ!」
「はぁっ!? ちょ、何してるんだスコット!!」
「はーっはっ! いや、最高だね! 笑いが止まらねえよ!!」
「何処が笑えるの!? お前まで頭が変になったのか!!? オレ、お前はまだまともな奴だと」
「つまり俺は、その運命の相手を置き去りにして逃げたわけだ!!」
遠くに見える輝く銀色の巨剣を背にしながらスコットは言った。
「こうして俺が逃げる事を選んだのも運命だって、貴女は言いたいわけですね!」
「……」
「ああ、そうですね! あんな化け物相手に戦えるのは社長みたいな化け物くらいですからね! きっと社長はこれからもあの化け物と戦わされる運命なんでしょうね!!」
「……そうよ。インレはドリーにしか止められないの……あの子にしか」
「はっはっ、知ってるよ! 嫌ってほど思い知らされたからな!!」
スコットは自分が何を言っているのかわからなかった。
ただただ不快で仕方がなかった。
何故かはわからない。
抑えきれない衝動がスコットの中を駆け巡る。
先程まではインレへの恐怖の感情で一杯だった筈なのに、ルナの言い放った『運命』という言葉が恐怖を上回る新たな感情を湧き上がらせる。
それは笑いが止まらなくなるほどの……
────嫌悪。
「何をする気なの? 危ないわ、戻りなさいスコット君」
「ありがとうございます、ルナさん。貴女のお陰で……何か、吹っ切れました」
「……駄目よ。貴方ではインレに」
「勝てなくて結構です。もしこれで死ぬのなら……それが俺の運命だったってことで」
ドロシーから渡されたロングコートをルナに渡し、スコットは満面の笑みでドアから身を投げた。
────ガコォォォォォォォォン
白銀の巨剣がドロシーの生み出した障壁に激突。
その衝撃で15番街区の地面は捲れ上がり、建物がバラバラに粉砕されていく。
「……んぐぐっ!!」
ドロシーは震える腕でインレの剣を受け止める。
精神を腕に集中させて解放した魔力を多重防御障壁に注ぎ込み、白銀の巨剣を打ち消していく。
「ふふふ、やっぱり……受け止めるのが精一杯ね」
インレは静かに地面に降り立ち、ゆっくりとした歩調でドロシーに近づく。
「……!」
「さぁ、早く剣を何とかしないと私が貴女を捕まえてしまうわよ?」
「このっ……!」
ドロシーはようやく一本目の剣を破壊。
だが一本を打ち消すのに力を注ぎ過ぎた影響か、残り二本を受け止めていた障壁に亀裂が入る。
「あら、大変。駄目よ、もっと集中しなきゃ」
「くっ!」
「さぁ、頑張って。あと一本よ……ふふふっ」
インレはドロシーの目前まで迫る。
インレの召喚した巨剣を打ち消すのに必死でドロシーは攻撃に転ずる余裕が無い。
「……ッ!」
「ねぇ、セオドーラ。いい加減に諦めなさい? どうしてそこまで私を拒絶するの??」
「……うるさい! 僕は、お前なんかと……!!」
「でも貴女はもう力が殆ど使えなくなってるじゃない。そんな調子でいつまで続くの?」
「うるさいっ……!!」
最後の一本が受け止めていた障壁と共に砕け散り、ドロシーの気が一瞬だけインレから逸れる。
「ふふふ」
「ッ!! し、しまっ……」
その一瞬がインレの接近を許し、ドロシーは彼女にギュッと抱きしめられた。
「捕まえたわ、セオドーラ」
「……!!」
「ふふ、そんなに驚く事無いじゃない」
インレはドロシーの頭を優しく撫で、まるで母親のようにその身体を愛しげに抱きしめる。
「いつでもこうして捕まえられたわ。その気になればいつだって……」
「……は、放して! いやっ!!」
「嫌よ、もう放さない。貴女はもう私のもの」
「い、嫌だっ……!!」
「さぁ、私達の夢を叶えましょう? セオドーラ。もう誰にも邪魔はさせないわ」
インレの背中から生える包帯の翼がバラバラと解け、必死に抵抗するドロシーの身体を……
────ドゴォンッ!!
包み込もうとした所で、インレの身体が青い悪魔の鉄拳に殴り飛ばされる。
「……えっ?」
何が起きたのか全く理解できないまま、彼女の視界は大きく逞しい青い拳で埋まった。