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「私も今まで数多くの敵と戦ってきたが……これは別格だな」
車に収まりきらず一人鎧竜の上にしがみつくニックはドロシーとインレの戦いに圧倒されていた。
詠唱なしで放たれる魔法の応酬。その一発一発が常識外の威力を秘め、ぶつかり合う余波だけで街が破壊されていく。
金色と銀色、相反する二人の天使の戦いに彼らが入り込む余地などなかった……
「うふふふふっ!」
インレは周囲に蛍のような光弾を発生させ、ドロシーに向けて発射。
「っ!」
ドロシーも同じような光弾を生み出して迎撃。ぶつかり合う眩い蛍の群れは空中で炸裂し、凄まじい連鎖爆発を引き起こす。
「ふふふ、そう……そうなのね」
右腕から銀色の剣を生み出してインレが斬りかかる。
ドロシーも負けじと金色の短剣を出して受け止め、キリキリと音を立てながら鍔迫り合いをする。
「何よ!」
「伝わってきたわ、貴女の感情が」
「……!」
「彼が好きになったのね、セオドーラ」
「うるさいっ!!」
短剣を滑らせるようにインレの剣を受け流し、左手から魔法を放って彼女の顔面を破壊する。
「ふふ、ふふふ……照れなくてもいいじゃ、ない」
「僕の感情を読むな! これは僕の想いだ、お前のじゃない!!」
「どうしてそういう事を言うの?」
瞬時に顔面を再生させ、インレはドロシーの顔を覗き込む。
「私達は親子じゃないの。親子の心は通じ合うものよ?」
「このっ……!」
「それに、貴女は私の」
「やめてっ!!」
こちらに伸びるインレの腕を短剣で切り裂き、ドロシーは距離を取る。
「……だから別にいいじゃない、私に貴女の感情が流れ込んできても。私達は元々一つだったんだから」
「う、うるさい! うるさい!!」
「もう、今日のセオドーラは怒りん坊ね。誰に似たのかしら」
「ぁぁぁぁぁぁぁぁあああっ!!」
インレの言葉にドロシーは激昂する。
両手から金色の魔法弾を放って攻撃、インレの身体を爆散させるが……
「……はぁっ……はぁっ」
「ふふふ、ふふふふっ……」
インレはすぐに復活し、楽しそうに笑い続けている。
「もう、いい加減に消えてよ……!」
「あらあら、どうしたの? ひょっとしてもう疲れちゃったの??」
「……!」
「駄目よ、セオドーラ?」
集中を切らしていたドロシーはインレの接近を許してしまう。
「ううっ……!」
「その身体を貰ってしまうわよ?」
「あああああっ!!」
インレを魔法で突き飛ばす。
常に余裕を崩さない彼女と比べてドロシーは徐々に追い詰められており、その表情には焦りが滲んでいた。
「ふふふっ、セオドーラにはもう力が上手く使えなくなってきているようね」
「……!」
「そろそろ貴女のとっておきを使うべきじゃないかしら? このままだと使う前に終わってしまうわよ??」
ドロシーの腕に刻まれた紋章の光が明らかに弱まっている。
インレと対峙した時の眩いまでの輝きは薄れ、ボンヤリと光るだけに留まった両腕。
その光は彼女が全力で戦える時間を意味していた。
「……使った所で、貴女は避けるでしょ」
「ええ、避けるわね。私はまだまだ元気だもの」
「このっ……!」
「さぁ、もっと頑張りなさい? 一年前の貴女はもっと私を追い詰めていたわよ??」
「うるさい!」
ドロシーの魔法を受けてインレは下半身が吹き飛ばされる。
「十年前の貴女はもっともっと凄かったわね、お話も出来ないくらいに」
「うるさい! うるさいっ!!」
「でも嬉しいわ。お陰で貴女と沢山遊べるようになったんだから」
余裕の笑みを浮かべてインレは再生し、天高く舞い上がる。
「さぁ、セオドーラ。少し前の貴女は簡単に防いでいたけど……」
両手を天高く掲げて上空に100mはあろうかという巨大な銀色の剣を3本も発生させる。
「……!」
「今の貴女に防げるかしら? もし防げなかったら……」
インレはニコッと笑ってドロシーを見下ろしながら言った。
「貴女は無事でもこの街が無くなっちゃうわよ? セオドーラ」
────ブゥンッ
インレは両腕を振り下ろす。天から白銀の巨剣が15番街区目がけて落下し、街一つ消し飛ばす程の膨大な魔力を秘めた剣先が迫る。
「このっ……!」
ドロシーは急いで地面に降り立ち、白銀の巨剣を受け止めようと何重もの巨大な魔法障壁を発動……
「いい加減にしなさいよ、性悪女! そんな性格だから……大ッッ嫌いなのよ!!」
◇◇◇◇
「おー、相変わらず凄いな。まるでこの世の終わりのようだ」
15番街区から少し離れた13番街区。不幸にもここまでパトロールに来てしまったアレックス警部とリュークが天空の巨剣を乾いた瞳で見つめていた。
「……何ですか、アレ」
「魔法だね」
「……何でも魔法の一言で済ませないでくださいよ、警部」
「実際、魔法なんだから仕方ないだろ。それ以外の言葉で言い表せたらノーベル言語学賞ものだよ」
「アレが落ちたらどうなりますか……?」
「勿論、遺書の出番だな」
リュークは熱くなる目頭をグッと押さえる。
何をどう考えても手遅れな状況に『どうしてこんなところに来てしまったんだ』とまたしても後悔した。
「……警部、生き残ったら俺……」
「それ以上は言わないほうが良いぞ」
「言わせてくださいよ……!」
「まだ終わったと決まったわけじゃないさ」
全てを諦めたリュークとは対照的に警部の表情は何故か落ち着いていた。
「……これで終わってないんですか? もう、どう考えても終わってますけど……」
「外の世界なら終末ファンクラブ会員様が大歓声を上げる所だがな。生憎、ここはリンボ・シティだ」
警部はあの剣が向かう先、終末が目と鼻の先に迫る15番街区に居るであろう とある魔女 の姿を思い浮かべる。
「はっはっ、いつも以上に悪いことは起きないさ。この街は幸運の女神に愛されてるからな」
「……それって気休めになるんですか?」
「ああ、凄く気が楽になるぞ。これ以上の地獄なんて無いってな」
そう言って彼は『はっはっは』と乾ききった笑い声をあげた。