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幻騒のカルネヴァーレ ~Carnevale of Phantasm~  作者: 武石まいたけ
chapter.10 「夢では全てがうまくいく」
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18

使わなきゃいけないとわかっていても、使いたくないものってありますよね。

 

(……わかってたよ。そんなこと)



 ドロシーは傷つき倒れるブリジットを見て自分に幻滅する。



(僕が最初から諦めていれば、あの子は傷つかなかった)



 腹に大穴を開けて血を吐くアルマの姿を回想して自分を責める。



(それでも)


(それでもね……)



 青い拳を振りかぶるスコットを見て切なげに歯を食い縛る。



(もう少し今の僕のままで居たいって思ったのよ。皆で力を合わせればアイツを倒せるって……)



 そして打ちのめされる彼の姿に、彼女はようやく迷いを捨てた。



(信じたかったのよ、お父様……!)



 ドロシーは自分の胸に手を当てる。最初からこうすれば良かったと心から後悔しながら……



(でも、これでわかったよ)


(僕に……)



 夢見がちな子供(じぶん)に別れを告げた。


「僕に思い出は、必要ないわ」


 彼女の胸にインレと同じ金色の紋章が浮かび上がる。


 それに呼応するかのように周囲を金色の燐光が舞い、足元には幾重にも重なった魔法陣が発生した。



「がはっ!」


 スコットの身体は白い巨腕に殴り飛ばされる。


 包帯で形作られた巨腕のパワーは悪魔の腕をも超えていた。

 僅かな拳の応酬だけで彼の身体はボロボロになり、喀血しながら悔しげに歯を噛みしめる。



(……どうして、攻撃が通じない! お前には……何でも叩き壊せる力があるんじゃないのか!?)



 膝を付きながらスコットは青い悪魔の腕を睨む。

 それが意味のない理不尽な八つ当たりだとわかっていても、彼は毒づくしかなかった。



(どうしていつも、肝心な時に……この力は役に立たないんだ!)



 思い返せば彼の戦いはいつもそうだった。


 不必要な時に過剰な暴力で場を滅茶苦茶にする割に、その力で事態が好転することはない。

 いつも大切なものは守れない。



(……何が、悪魔だ……馬鹿馬鹿しい!!)



 今回に至っては相手に手傷(ダメージ)すら負わせられない有様だった。


「そんな顔しないでブルー。折角出会えたのに……悲しいわ」

「……!」

「貴方達の力が私に通じなくて当然なの。だって貴方達は()()()()()()()()()()()()()……」

「何を言ってるんだ、お前……!?」

「だから無駄なことはやめて仲良くお茶にしましょう? 今日はいいお天気。絶好のお茶会日和よ」


 インレはそんなスコットに優しい笑みを向ける。



 ────パゥンッ



 両手を広げて楽しげに笑う彼女の肩を金色の光線が突き抜ける。


「……あらっ」


 そして弾け飛ぶ肉体。上半身と右腕だけを残して吹き飛びながら、インレは金色の瞳に彼女の姿を映し出す。


「ようやく本気を出したのね、セオドーラ」


 インレは身体を瞬時に再生させ、背中から包帯の翼を出して宙に浮く。


「なっ……!」

「下がってて、スコット君」


 スコットに父親の形見であるコートを被せ、ドロシーは静かな口調で言った。


「そのコートは預けるわ。後で返してね」

「しゃ、社長……?」


 目の前に現れた彼女の姿にスコットは目を奪われた。


 結び目が解けて金糸のようになびく黄金の髪。その瞳にはインレと同じ金色の光が宿り、両腕は入れ墨のような黄金の紋章で埋め尽くされている。


 そして、その頭部には金色の翅……


「その姿は……!?」


 天使達に生えていたものと同じ天使の翅があった。


「気にしないで……唯のお洒落よ。似合うでしょ?」


 ドロシーはそう言って彼女らしからぬ悲しげな笑みを浮かべた。


「ああ、とっても綺麗よ! セオドーラ!!」


 インレはドロシーの姿を見て興奮気味に笑う。


「……ブリジットを連れて車の方に全力で走りなさい。これは命令よ」

「お、俺は……」

「二度は言わないわ」


 ドロシーは両手に魔法陣を発生させ、ふわりと宙に浮き上がる。


「……じゃあね、()()()()()()()()()()

「しゃ、社長っ!!」


 彼の名を名残惜しげに呟いてドロシーは飛び立つ。


「今日も付き合ってあげるから……さっさと消えなさい! インレ!!」


 ドロシーは右腕をインレに向けて吐き捨てるように叫ぶ。


「あははっ、嫌よ! もう少し遊びましょう! セオドーラァ!!」


 インレは迫るドロシーに左腕をかざして嬉しそうに答えた。



 ────キュドンッ!



 二人の両腕から放たれた光線がぶつかり合い、空を揺るがすような爆発を引き起こす。


「うわぁぁあぁぁあっ!?」


 その衝撃波でスコットは大きく吹き飛ばされ、ブリジットの傍まで転げ回る。


「いてて……! はっ、ブリジットさん!!」

「……ぐっ、う」

「しっかりしてください、ブリジットさん!」


 慌ててブリジットを抱き上げる。

 彼女にしがみつく白兎の治癒のお陰で傷は癒えていたが、その意識は朦朧として戦闘は不可能だ。


「……っ!」


>ヴァルルルルルルッ<


「早く乗れ、スコット! すぐに此処から離れるぞ!!」


 血塗れのブリジットを抱えて立ち尽くすスコットの前に鎧尖竜(アーマード)に変身した車が駆けつける。


「スコット君、急いで!」

「……くそっ!」

「早く乗るんだ!」


 スコットはブリジットを抱えて車に乗り込む。


「ブリジットさんは生きてるか!?」

「ええ、大丈夫よ。でも彼女はもう戦えないわ……」


 程無くして聞こえてくる爆発音。その衝撃はスコット達の所まで響き、鎧竜もその身体を大きく揺らす。 


「うおおおっ!」

「あばっ、やべえ! 執事さん! 早く飛ばせ、飛ばせーっ!!」

「言われずとも」


 鎧竜はブースターを展開して離脱する。

 15番街区ではドロシーとインレの人知を超えた戦いが繰り広げられていた。


「……何だ、アレは」

「あの姿が……ドリーの()()()姿()よ」

「えっ」

「とても綺麗でしょう? まるで天使様のようですわ」


 後ろの座席で気を失うアルマを介抱し、窓から二人の戦いを見ながらマリアは言う。


「……天使……」

「あの白いドリーはインレ。禁忌を侵した罪人(わたしたち)を滅ぼす為に生まれた白い天使……」

「……」

「そして、ドリーは天使を退ける為に、人の手で天使の力を宿された子供……彼女の対になる反天使(マステマ)


 ルナは悲痛な表情を浮かべ、まるでスコットに許しを請うように顔を俯かせる。


「……ごめんなさい。最初からあの子にしか止められない相手だったの」


 スコットは沈黙するしか無かった。


 この街に来る前ならば『馬鹿馬鹿しい』と一笑できたルナの言葉を、素直に受け入れるしかないからだ。


「……ははっ、冗談だろ……?」


 ここまで『夢なら覚めてくれ』と真剣に願ったのは久しぶりだった。


大人になればなるほど増えていくと思います。

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