18
使わなきゃいけないとわかっていても、使いたくないものってありますよね。
(……わかってたよ。そんなこと)
ドロシーは傷つき倒れるブリジットを見て自分に幻滅する。
(僕が最初から諦めていれば、あの子は傷つかなかった)
腹に大穴を開けて血を吐くアルマの姿を回想して自分を責める。
(それでも)
(それでもね……)
青い拳を振りかぶるスコットを見て切なげに歯を食い縛る。
(もう少し今の僕のままで居たいって思ったのよ。皆で力を合わせればアイツを倒せるって……)
そして打ちのめされる彼の姿に、彼女はようやく迷いを捨てた。
(信じたかったのよ、お父様……!)
ドロシーは自分の胸に手を当てる。最初からこうすれば良かったと心から後悔しながら……
(でも、これでわかったよ)
(僕に……)
夢見がちな子供に別れを告げた。
「僕に思い出は、必要ないわ」
彼女の胸にインレと同じ金色の紋章が浮かび上がる。
それに呼応するかのように周囲を金色の燐光が舞い、足元には幾重にも重なった魔法陣が発生した。
「がはっ!」
スコットの身体は白い巨腕に殴り飛ばされる。
包帯で形作られた巨腕のパワーは悪魔の腕をも超えていた。
僅かな拳の応酬だけで彼の身体はボロボロになり、喀血しながら悔しげに歯を噛みしめる。
(……どうして、攻撃が通じない! お前には……何でも叩き壊せる力があるんじゃないのか!?)
膝を付きながらスコットは青い悪魔の腕を睨む。
それが意味のない理不尽な八つ当たりだとわかっていても、彼は毒づくしかなかった。
(どうしていつも、肝心な時に……この力は役に立たないんだ!)
思い返せば彼の戦いはいつもそうだった。
不必要な時に過剰な暴力で場を滅茶苦茶にする割に、その力で事態が好転することはない。
いつも大切なものは守れない。
(……何が、悪魔だ……馬鹿馬鹿しい!!)
今回に至っては相手に手傷すら負わせられない有様だった。
「そんな顔しないでブルー。折角出会えたのに……悲しいわ」
「……!」
「貴方達の力が私に通じなくて当然なの。だって貴方達は私の夢から生まれたんだから……」
「何を言ってるんだ、お前……!?」
「だから無駄なことはやめて仲良くお茶にしましょう? 今日はいいお天気。絶好のお茶会日和よ」
インレはそんなスコットに優しい笑みを向ける。
────パゥンッ
両手を広げて楽しげに笑う彼女の肩を金色の光線が突き抜ける。
「……あらっ」
そして弾け飛ぶ肉体。上半身と右腕だけを残して吹き飛びながら、インレは金色の瞳に彼女の姿を映し出す。
「ようやく本気を出したのね、セオドーラ」
インレは身体を瞬時に再生させ、背中から包帯の翼を出して宙に浮く。
「なっ……!」
「下がってて、スコット君」
スコットに父親の形見であるコートを被せ、ドロシーは静かな口調で言った。
「そのコートは預けるわ。後で返してね」
「しゃ、社長……?」
目の前に現れた彼女の姿にスコットは目を奪われた。
結び目が解けて金糸のようになびく黄金の髪。その瞳にはインレと同じ金色の光が宿り、両腕は入れ墨のような黄金の紋章で埋め尽くされている。
そして、その頭部には金色の翅……
「その姿は……!?」
天使達に生えていたものと同じ天使の翅があった。
「気にしないで……唯のお洒落よ。似合うでしょ?」
ドロシーはそう言って彼女らしからぬ悲しげな笑みを浮かべた。
「ああ、とっても綺麗よ! セオドーラ!!」
インレはドロシーの姿を見て興奮気味に笑う。
「……ブリジットを連れて車の方に全力で走りなさい。これは命令よ」
「お、俺は……」
「二度は言わないわ」
ドロシーは両手に魔法陣を発生させ、ふわりと宙に浮き上がる。
「……じゃあね、スコット・オーランド」
「しゃ、社長っ!!」
彼の名を名残惜しげに呟いてドロシーは飛び立つ。
「今日も付き合ってあげるから……さっさと消えなさい! インレ!!」
ドロシーは右腕をインレに向けて吐き捨てるように叫ぶ。
「あははっ、嫌よ! もう少し遊びましょう! セオドーラァ!!」
インレは迫るドロシーに左腕をかざして嬉しそうに答えた。
────キュドンッ!
二人の両腕から放たれた光線がぶつかり合い、空を揺るがすような爆発を引き起こす。
「うわぁぁあぁぁあっ!?」
その衝撃波でスコットは大きく吹き飛ばされ、ブリジットの傍まで転げ回る。
「いてて……! はっ、ブリジットさん!!」
「……ぐっ、う」
「しっかりしてください、ブリジットさん!」
慌ててブリジットを抱き上げる。
彼女にしがみつく白兎の治癒のお陰で傷は癒えていたが、その意識は朦朧として戦闘は不可能だ。
「……っ!」
>ヴァルルルルルルッ<
「早く乗れ、スコット! すぐに此処から離れるぞ!!」
血塗れのブリジットを抱えて立ち尽くすスコットの前に鎧尖竜に変身した車が駆けつける。
「スコット君、急いで!」
「……くそっ!」
「早く乗るんだ!」
スコットはブリジットを抱えて車に乗り込む。
「ブリジットさんは生きてるか!?」
「ええ、大丈夫よ。でも彼女はもう戦えないわ……」
程無くして聞こえてくる爆発音。その衝撃はスコット達の所まで響き、鎧竜もその身体を大きく揺らす。
「うおおおっ!」
「あばっ、やべえ! 執事さん! 早く飛ばせ、飛ばせーっ!!」
「言われずとも」
鎧竜はブースターを展開して離脱する。
15番街区ではドロシーとインレの人知を超えた戦いが繰り広げられていた。
「……何だ、アレは」
「あの姿が……ドリーの本当の姿よ」
「えっ」
「とても綺麗でしょう? まるで天使様のようですわ」
後ろの座席で気を失うアルマを介抱し、窓から二人の戦いを見ながらマリアは言う。
「……天使……」
「あの白いドリーはインレ。禁忌を侵した罪人を滅ぼす為に生まれた白い天使……」
「……」
「そして、ドリーは天使を退ける為に、人の手で天使の力を宿された子供……彼女の対になる反天使」
ルナは悲痛な表情を浮かべ、まるでスコットに許しを請うように顔を俯かせる。
「……ごめんなさい。最初からあの子にしか止められない相手だったの」
スコットは沈黙するしか無かった。
この街に来る前ならば『馬鹿馬鹿しい』と一笑できたルナの言葉を、素直に受け入れるしかないからだ。
「……ははっ、冗談だろ……?」
ここまで『夢なら覚めてくれ』と真剣に願ったのは久しぶりだった。
大人になればなるほど増えていくと思います。




