15
ボスは第2形態からが本気。古き良き時代から受け継がれし紅茶薫る伝統ですよね。
「……よし、すぐにこの地図通りに散開してくれ。移動には支給された転移石を使え」
15番街区から撤退したジェイムスは処理班のメンバー全員の携帯に地図を転送する。
その地図には15番街区を囲うように幾つかのマーキングがされており、それを見たメンバーは急ぎ移動した。
「……やられた奴らの分は俺が埋める」
「せ、先輩!」
「早く行け、ロイド。ここは俺の持ち場だ」
「……!!」
ロイドはこの場所に一人で残るジェイムスの身を案じながらその場を離れる。
「……」
ジェイムスはコルネリウスの法杖を地面に立て、深く息を吸い込んで気を落ち着かせる。
「……ああ、くそっ。本番しか使えないのに扱い方を覚えろってのは無理があるぞ、畜生! いい加減に練習用のダミーの一本や二本作れってんだよ、頑固親父が!!」
だが数秒も持たずに彼は不満を爆発させた。
プライドが高く伝統を重んじる性格の父親とは反りが合わず、いつも顔を合わせるたびに口喧嘩。言葉すら交わさない事も多い。
「ああ、はいはい! 家宝の贋物を作るなど以ての外ってね! わかってますよ! あー、畜生め!!」
ジェイムスは家を出る前にメイドのジェーンと交わした他愛のない会話を思い出しながら、暫く父親への不満をばら撒いていた。
◇◇◇◇
「主天使の発生から6分が経過。彼女の意識が覚醒する時間です」
場所は変わって異常管理局セフィロト総本部 賢者室。タイマーをチェックしていたサチコが大賢者に報告する。
「……今日は彼女とどんなお話をするのかしらね」
「……私にはわかりません。天使の気持ちは、その祝福を受けた者にしか伝わりませんから」
大賢者は無言で席を立ち、いくつかの写真が飾られた棚に近づく。
「処理班は既に指定した位置へ移動。ここからは彼女達次第です」
「そうね、今日もあの子に任せるしかないものね……」
一枚の写真を手に取り、大賢者は憂い顔で写真の表面を撫でた。
「……」
その写真に写っている若き日の大賢者と眼鏡をかけた男性、そしてドロシーに酷似した金髪の少女の姿だった。
◇◇◇◇
場所は変わって15番街区、静寂な緊張に包まれていた場に活き活きとした天使の笑い声が響く。
「ふふふふふっ……!」
半身のまま天使は起き上がり、裂けた身体をくっつけて再生させる。
ドロシーの魔法で受けたダメージも既に回復し、満面の笑みで天使は彼女の姿を見据えた。
「……ようやくお目覚めね」
ドロシーは再び天使に杖を向ける。
彼女にしがみついていた白兎はその肩によじ登り、宝石のような青い瞳で天使を睨みながら威嚇する。
「ああ、おはよう……セオドーラ。今日もいい天気ね」
天使は笑顔でドロシーに喋りかける。
無機質で生気のない笑みしか浮かべなかった先程までとは雰囲気が一変し、その表情には人間のような感情が宿る。
「会いたかったわ、私の可愛いセオドーラ」
天使の表面に亀裂が走る。銀色の光が漏れる亀裂は瞬く間に全身を覆い、天使の身体はパキパキと音を立てて崩れ落ちていった。
「うふふふっ」
砕けた天使の身体から現れたのは銀色の髪の少女。
一糸まとわぬ白い肌に金色の瞳、こちらを挑発しているかのような微笑……
「貴女と一つになるには絶好の日和ね」
その姿は、髪を伸ばしたドロシーそのものだった。
「……嫌よ、お前と一つになるなんて御免だわ」
「冷たい反応ね、セオドーラ。私と一つになれば夢の続きが見られるのよ?」
銀色のドロシーは周囲をぐるりと見回し、くすくすと笑って話を続ける。
「この世界の全てを私達の夢で包みましょう。きっと素敵なことになるわ」
ドロシーは銀色のドロシーに向けて魔法を放つ。魔法は額に命中し、彼女は大きく仰け反った。
「私達の夢じゃない……お前の夢だ! 僕はこんな夢なんて要らない!!」
「……うふふ、嘘つき」
額に穴の空いた銀色のドロシーがゆらりと起き上がり、ドロシーを煽るように笑う。
「正直にならないと駄目よ? セオドーラ」
銀色のドロシーの身体を包帯のような純白のドレスが包み込む。
「それと、私のことはお前じゃなくてお母さんと呼びなさい?」
「……!!」
その言葉を聞いてドロシーは全身が総毛立った……
「……なぁ、悪魔。お前がアイツを見て怒った理由が俺にもわかってきたよ」
スコットは再び悪魔の腕を呼び出す。
天使門から天使が現れた時に感じた衝動、初対面である筈の天使の一挙一動に感じた強烈な嫌悪感。その理由を今になってようやく理解した。
ドロシーは、あの銀色のドロシーにずっと怯えていたのだ。
彼女の様子がおかしかったのは、この化け物と対峙しなければいけなかったからだ。
彼女しかあの化け物とまともに戦えない、彼女の攻撃しかあの化け物に通じない。
そして、あの化け物は彼女にしか興味がない。
この場に集った全員に殺気を向けられているのに、化け物の視線はドロシーだけを捉えている。
ドロシーしか自分の脅威になりえない事を知っているのだ。
「ふざけやがって……!!」
スコットの全身に力が漲る。
あの化け物の正体などわからない。最初に現れた天使達が何だったのか。何故、化け物は最初にあのような姿で現れたのか。
どうして化け物はドロシーを狙うのか、全く見当がつかなかった。
唯一つハッキリしているのは、あの化け物は真っ先に殺すべき相手であること。
「アイツは……今、殺す!!」
スコットは勢いよく駆け出した。ドロシーを含め、その場に居た誰もが一歩も動けなかったというのに。
「ぁぁぁぁぁぁあああああっ!」
悪魔の腕は彼の殺意に反応してビキビキと拳に力を込める。
銀色のドロシーは叫びながら突撃してくる青い悪魔に視線を移し……
「ああ、貴方に会うのは今日が初めてね……はじめまして、ミスター・ブルー。もう100年ほど早く会いたかったわ」
彼女は拳を突き出したスコットを見つめ、嬉しげにそう呼んだ。




