7
熱烈なラブコールには弾ける笑顔で返礼を
辺獄淑女の嗜みです
「今日も街は賑やかね」
異常管理局セフィロト総本部の最上階。
賢者室と呼ばれる部屋の窓から街を眺める女性がぽつりと呟いた。
雪のように白い長髪と青い瞳、左の目尻に小さく出来た泣きぼくろが淡い肌のアクセントとなってその美貌を更に強調する。
身に纏う複雑な刺繍が施された純白のローブにも似たドレスも相まって、彼女の容姿は神々しさすら感じさせる程に美しかった。
「たまにはこの街でも静かで平和な一日を過ごしたいものだけど」
この憂鬱げな女性は異常管理局局長。
今や世界中に支部を持ち、この世界と異界との共存共栄を理念に奔走する大組織のトップだ。
「大賢者様、温かい紅茶をお淹れしました」
そして、魔法使い達の頂点に立つ【大賢者】の称号を持つ世界最高位の魔法使いでもある。
金の刺繍を施された白いコートを身に着けた黒髪の女性が大賢者にお茶を勧める。
瞳の色は薄いグリーンで、整った顔立ちをしている。しかしその表情は固く、人らしい感情の起伏が読み取りづらい。
「……調査班が異界門発生の前兆を確認しました。予測地点は13番街区付近、異界門発生までの時間は数分から一時間です」
彼女の名はサチコ。
若くして大賢者専属の秘書官という管理局でも特別な役職に就く人物だ。
「ありがとう、サチコ」
サチコから紅茶を受け取り、大賢者はそっと一口つけ……
「ふふふ、今日の紅茶はやけに熱いわね。街の何処かで酷いことが起こりそう」
軽く口の中を火傷しながら笑顔で今日の街の運勢を予言した。
「……申し訳ありません。すぐに替えの紅茶を」
「これでいいわ、少し冷ませば丁度よくなるから。それで、13番街区の様子はどう?」
大賢者は数秒間隔で紅茶に息を吹きかけながら13番街区の状況について聞く。
「……既に彼女と報告にあった優先処理対象A型との戦闘が始まっているようです」
「向かわせた職員の数は?」
「5分前に魔法使い二人と異能力者二人の混成処理班を送りました。あと4分ほどで到着するでしょう」
「それまで化け物の息が続くといいけど……」
一向に冷まる気配のない紅茶を受け皿に置き、遠くの景色を見つめながら大賢者は呟く。
「……本当に、困った子だわ。誰に似たのかしら」
◇◇◇◇
〈滅べ! 滅べ、滅べ、滅べ、滅べっ!!〉
黒い魔人は両手に持った大斧を振り乱しながらドロシーに突撃する。
振り下ろされた斧は堅い特殊アスファルト道路を粉砕し、瓦礫を両断し、ドロシーの華奢な身体をも肉塊に変えようと出鱈目な太刀筋で迫るが……
「あはははっ、怖い怖ーい」
〈滅べ!〉
「そんなのに当たったら死んじゃうよー! やめてよー、危ないよー!!」
〈滅べ! 滅べっ!!〉
「やめてったらー! あはははは!!」
魔人が繰り出す黄金の乱撃は彼女に掠りもしなかった。
ドロシーはまるで魔人が何処を狙っているのか見据えているように最小限の動きで攻撃を躱す。
斬撃は彼女の身長には不釣り合いな大きさのコートすら捉える事が出来ず、殺意全開の魔人と楽しそうに笑いながら身を躱すドロシーとのギャップもあってもはや喜劇のワンシーンにすら見えた。
〈滅べぇええええー!〉
「あははっ、嫌だよ」
そして回避の合間を縫うようにしてドロシーは魔法を放つ。
パキャンッ
彼女が放った光の弾丸は魔人の片腕を吹き飛ばし
〈グオオオオッ!〉
続けて放たれた二発目は右足に大穴を開ける。
〈ガアアアアアアアッ!!〉
魔人は振り下ろした斧の勢いを殺しきれずに叫びながら転倒し、そんな魔人の滑稽な姿にドロシーはまた笑い出す。
「あはははっ、気をつけなきゃ駄目よー。お前が僕を殺したいようにー」
〈グオオオオオオオオオッ!〉
「僕もお前を殺したいんだから」
ドロシーは立ち上がろうとする魔人の左足を撃ち抜く。
両足を負傷して再び倒れ伏した魔人を見ながら彼女はふふふと小さく笑う。
〈グ、グググググ……!〉
「さて、さっきは穴だらけになっても大丈夫だったけど今度はどうかな?」
〈お前を、滅ぼすべし……!〉
「その傷も治せるの? なら早く治して立ち上がりなさい。まだ使ってない力があるなら遠慮しないで使いなさい」
地に伏した魔人に杖先を向け、ドロシーは挑発的な笑みで言う。
「僕も全ッ然、本気じゃないんだから」
〈……ヴオオオオオオオオオオッ!!〉
彼女の挑発を受けて魔人は再び身体から赤黒い蒸気を吹き出させる。
そして手足を再生し、両手から斧を生み出して絶叫した。
「……ッ!」
車の中で観戦していたスコットは目を見開いて戦慄する。
「……あの子……笑ってる……! あんな化け物と戦ってるのに……!!」
「……ああなったアイツを見るのも初めてか。可哀想に、今夜はうなされるぞ……」
「……警部、彼女は……人間、なんですか?」
スコットと同じような青ざめた顔で硬直していたリュークは思わず本音を漏らす。
「人間が少女の姿のまま百何年も生きるわけ無いだろ、あの女は化け物だよ。女の子の皮を被った正真正銘の化け物だ」
「……」
「……」
アレックス警部の言葉に反論出来るものは誰もいなかった。
スコットも、リュークも、警部の言葉をそのまま受け止めた。
「ですが、まだ人間らしいところもありますよ。格下でもあのように遊んで貰えるのですから」
「……」
「人間らしさが残っていなければ、あのような遊びは思いつかないでしょう? でなければ開幕速攻で灰にしてお終いです。実に呆気ない」
そんな警部の発言にアーサーはほくそ笑みながら返した。
「……ひょっとしてこの執事さんも」
「ああ、この人は人間だよ。この執事さんは良い人だから安心していい」
「良い人!?」
「……この街基準でな」
「警部さんにお褒めの言葉を戴けるなんて光栄です。今日は記念日にできますな」
────キュドオオオオン
老執事が警部の皮肉交じりの褒辞を笑顔で受け取ったのと同じ頃、黒い魔人の身体が派手に爆散した。