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「来るぞ、来るぞ、来るぞぉおおー!!」
15番街区上空を飛行するヘリコプターから管理局の魔法使いが一心不乱に魔法を連射する。
「一機でもヘリが落とされたら隔離結界障壁に穴が開く! そうなったらお終いだぞ!!」
「言ワレズトモワカッテル!」
「操縦士は気楽でいいなぁ、畜生ー!!」
「何処が気楽だぁー!」
〈るるるっ〉
「あぁー、くそぉー!!」
ヘリコプターにベタベタと天使達が張り付く。
天使は大きな瞳で操縦士の顔を覗き込み、彼の精神を疲弊させる。
「こっちは奴らとひたすらにらめっこしながら操縦しないといけないんだぞ!!」
操縦士はボヤきながら操縦桿に増設された緑のスイッチを押す。
バヂィィィンッ!!
ヘリコプターの表面に電磁バリアが一瞬だけ発生し、張り付いた天使達を黄色い体液ごと蒸発させた。
「しかし……この数ッ! 冗談じゃないぞ、本当に!!」
「ウオオオオオオオ!!」
天使達は殆ど無抵抗のまま倒される。
ドロシーの使った大規模補助魔法の効果で半霊体である天使にも攻撃が通じるようになった上に、相手は逃げもせずにただ近づいてくるだけなので倒すことは難しくないのだ。
〈るるるるるっ〉
「あぁぁぁぁぁぁあぁぁっ!」
「うおおおっ! アンガース!!」
〈るるるっ、るるるるるんっ〉
「グワーッ!!」
「馬鹿野郎、奴らから気をそらすな! 一瞬で連れて行かれるぞ!!」
だが、倒しても倒しても天使は次々と現れる。
15番街区には黄色い雨が絶えず降り注ぎ、そして溶けるように消えていく。
歌うような天使の声と、弾ける飛沫、そして倒れていく者達……
賑やかな喧騒や騒乱とは真逆の静かな狂気と絶望が彼らを包み込んでいた。
「……本当に嫌になるよ」
ドロシーは淡々と天使を撃ち落とす。
今日の天使はいつもよりも数が多く、異常管理局選りすぐりの精鋭達も対処しきれずに犠牲者が出てしまっていた。
「……セーブしている場合じゃないわね、このままじゃ本番の前にやられちゃう」
焼き切れた術包杖を排莢して新しい杖を装填する。
そして杖先に意識を集中させ、迫りくる天使達に向ける。
ブブブブブブブンッ
すると杖先に発光する複数の赤い魔法陣が浮かび、中心部からドロシーのアルテミスを模した赤く発光する擬似魔法杖が出現。
「もしそうなったら……」
〈るるっ〉
「ふふっ、天国のお父様に笑われちゃうわ」
────バォンッ!
杖先から一斉に放たれる赤い光線。それは迫る天使の群れを一瞬で掻き消し、天空に座す天使門まで突き抜けた。
……ゴゴゴゴゴゴォンッ
天使門内部で発生する大爆発。這い出ようとしていた天使達も爆発に飲まれて霧散した。
「まだまだ」
続いてドロシーは13番街区を飛び回る天使達に杖先を向ける。
彼女の周りを囲うように赤い杖が四方に狙いを定め、一斉に魔法を放った。
「まだまだ」
ドロシーは周囲に向けて魔法を斉射、次々と天使を倒していく。
「まだまだまだっ」
ギュドンッ!
「うおおっ、危ないっ! ちょっと社長ー! 気をつけてくださいよ!!」
放たれた魔法の一発がスコットのすぐ隣を横切る。
「あ、ごめーん」
だがドロシーは彼の顔を見ずに軽く謝罪するだけだった。
「……っとにもう!」
〈るるるっ〉
「うるさい! 近づくなぁ!!」
スコットは苛立ちながら天使を粉砕する。
大きな翅を羽ばたかせ、歌いながら舞い降りる天使達を悪魔の腕で黄色い飛沫に変える。
ただただ不快なだけの汚れ作業。彼の心は一秒ごとに磨り減っていく。
「いつまで出てくるんだよ! いい加減に終われよ!!」
「はっ、苛立ってるな非童貞! ひでー顔してるぞぉ!?」
天使達を切り刻みながらアルマがスコットの傍にやってくる。
「アルマさんも人のこと言えてませんよ!」
「当たり前だろ、今日は最悪な気分だー!」
〈るるっ〉
「ああもぉー、うんざりするー!!」
二人は背中合わせで天使を倒す。互いにひたすらイライラしながら、やり場のない怒りを天使にぶつけていた。
「全く! なんでこんな奴らの為にドリーちゃんが頑張らなきゃいけねえんだよ!!」
「珍しいな、子うさぎ」
「ああんっ!?」
「私も全くの同意見だ」
周囲に浮かぶ青い剣を操って天使達を刻みながらブリジットが珍しくアルマに同意した。
「何だよ、気持ち悪い!」
「そうだな、私も気持ち悪くなってきた。忘れてくれ」
「あぁぁん!?」
「いいから忘れろ、ただの独り言だ」
「二人共、こんな時まで喧嘩しないでくださいよ! 益々イライラするからぁ!!」
「あぁん!? 何だと、非童貞! 一番イライラしてんのはあたしだぞコラァァー!!」
「……まるで子供だな。二人共、気持ちの切り替え方くらい心得ておけ」
「「うるせぇ、乳女ぁー!!」」
スコット達は口喧嘩しながら天使達を葬っていく。
天使はそんな彼らを嘲笑っているかのように歌いながら舞い降り、そして直様黄色い飛沫となって消えていく。
〈るるるるるんっ〉
〈るるるっ〉
悪魔の拳に触れて飛び散るまで、黒刀に首を飛ばされるまで、青い剣に裂かれるまで……天使は決して彼らから目を離さなかった。
〈るるる、るるぅ〉
ただ優しく歌いながら手を伸ばし、彼らを抱きしめようとしていた。