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紅茶が上手くキマると本当に筆の運びが違います。今日はロイヤルミルクティーにして正解でした。
『み、皆さん! 警報です! 異常管理局から天使警報が発令されました! すぐに15番街区周辺にお住みの方々はすぐに避難してください!!』
『カラーン、カラーン、カラーン』
テレビから聞こえてくる鐘の音にルナは憂鬱げな表情を浮かべ、隣に座るアルマも不機嫌そうに棒付きキャンディーを転がせる。
「……ついに、この日が来てしまったわね」
ルナは窓から覗く青空を見つめて呟く。
「ああ、寝起きから最悪な気分だ」
アルマはルナの呟きに苛つきながら答えた。
「……いつから見えてた?」
「……昨夜の夢からよ」
「何処まで見えた?」
「……」
アルマの問いにルナは口を紡ぐ。
彼女は未来を夢で見る能力がある。それは彼女自身にも制御できず、断片的な場面だけを第三者視点で見せられるので内容を正確に理解する事は難しい。
「ドリーがあの力を使うところまでよ」
だが夢で見た未来を覆す事は出来ない。
どんなに非現実的で、可笑しくて、悲しい未来であっても。
「……くそっ」
アルマはバキッとキャンディーを噛み砕く。
彼女の耳は天を衝くように鋭く立ち、その瞳には行き場のない苛立ちが渦巻いていた。
「……アイツにも変えられないのかよ」
「ええ、もうあの子が魔法を使うところまで見てしまったから。どうにもならないわ」
「畜生め」
「でも……」
ここで憂鬱げだったルナの顔にほんの僅かな喜びの色が浮かぶ。
「彼が来てくれて良かったわ。ドリーは本当に幸せそうだったから」
二人を無言で見守るマリアの携帯に連絡が入る。
彼女は電話をかけてきた相手を確かめる前にくすっと笑い……
「はい、ドロシーお嬢様。心の準備は出来ましたか?」
相手が名乗る前にマリアはそう言った。
『よく僕だってわかったね?』
「ええ、マリアにはすぐわかりますとも」
『……それじゃあ、貴女にお願いするわ』
「はい、何なりと」
『あの子達に伝えて。全員、15番街区に集合……』
「はい、お嬢様」
『それと、絶対に死なないように。全員生き残りなさい……これは社長命令よ』
「はい、お嬢様」
マリアは笑顔でお嬢様の命令を受け取り、小声で何かを呟いて通話を閉じた。
「マリア、ドリーちゃんはなんて言ってた?」
「うふふ、皆さんで15番街区に集合。天使様の歓迎パーティをしましょうと」
「はっ、いいね! 盛大に歓迎してやるよ!!」
「……」
「それと……」
ここでマリアは自分の頬に触れ、少し意地悪な笑みを浮かべながら言う。
「また明日、この家で会いましょう。以上ですわ」
ルナは思わず目を瞑って色んな感情を押し殺した笑みを浮かべる。
逆にアルマは目を見開き、その表情からは笑みが消える。
「……ったく、ドリーちゃんはよー……ホントにさぁ……」
アルマは勢いよく立ち上がり、ドスドスと音を立ててマリアの隣まで歩く。
「行くぞ、マリア」
「はい、アル様」
リビングを出ていくアルマの背中をルナは切なげに見つめる。
「それでは奥様、あの方を送ってきますね」
「……ええ、お願いね」
「マリアー! 早くバイク出せー! その乳揉みしだくぞコラァー!!」
「うふふっ、もうアル様ったらー」
マリアはルナに頭を下げ、いそいそとアルマの後を追う。
「……ドリー」
一人残されたルナは悲しげにドロシーの名を呟く。
どうかあの魔法だけは使わないで欲しいというのが彼女の切実な願いだ。
だがどんなにルナが願おうとも彼女は必ず魔法を使う、使わなければならないのだ。
「私が、貴女の代わりになれたなら……」
ガシャンッ
「すまない、鎧を着るのに少し手間取ってしまった」
そこに現れたのは鎧姿のニック。
首から下が無いはずの彼は輝く白銀の鎧を身に纏い、背中に大剣を下げた正に勇者らしい威風堂々たる姿で参上した。
「あら……ふふ、凄く似合ってるわ」
「そ、そうか、良かった。しかし不思議な気分だ、此処に来るまでずっとこの鎧を着ていたはずなのにまるで今日初めて身につけたようだよ」
「ふふっ、そう。その身体は気に入った?」
「……そうだな」
ニックは最後に自分の新しい体をチェックする。
「やはり両足が気になるが、これなら十分戦える。ドロシーの気遣いに感謝しなくてはいけないな」
グッと拳を握り、大きな瞳に歓喜の光を灯しながらニックは言った。
「お待たせ致しました、奥様」
続いてアーサーがリビングに戻ってくる。
「おや、お似合いですよニックさん。その勇ましいお姿……正にヒーローですな」
「ははは、ありがとう」
「鎧さんの艶色もいつもと違います。ニック様と再び一つになれて大層ご満悦のようですな」
「……そうだな。彼女とまたこうして戦える日が来て私も嬉しいよ」
勇者の鎧は表面をキラリと輝かせ、抑えきれない喜びを言葉なしに伝えている。
「それでは参りましょうか、お嬢様が待っています」
「ええ、行きましょう」
「しかし……本当に君も行くのか? やはりこの家で待っていた方が……」
「ニック君、私はあの子の母親よ?」
ルナはそっとニックの頬に触れ、既に覚悟を決めているような真剣な表情で言う。
「ただ守られるだけの女ではないわ。私にも出来ることがあるから行くのよ」
「……」
「甘く見ないでね、坊や」
ニックの腕が一人でに動いてルナの手を軽く払う。
「!?」
「あらっ」
「い、今のは私じゃないぞ! 体が勝手に……」
「ふふふ、安心しなさい。貴女から彼を取ったりしないわ……鎧ちゃん」
ルナは勇者の鎧をツンとつつき、優しく微笑みながら言った。