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「しゃ、社長……?」
「はーい、お待たせー!」
「ふおっ!?」
短長二本の杖と黄色い紙が貼られた細長い木箱を持ったメイスが貯蔵庫から戻ってくる。
「本当に待たされたよ、メイスちゃん」
ドロシーはそっと握った手を離して何事もなかったかのようにメイスに喋りかけた。
「あはは、ごめんねーぇ」
メイスは無造作にテーブルの上に持ってきた杖と木箱を乗せる。
「うおおっ!?」
「ちょっとー、折角紅茶を淹れてあげたのに。メイスちゃんのティーカップが落ちたじゃないの」
「あはは、気にしないでー。後で掃除するから」
そう言って貼られた紙をベリッと剥がして木箱を開封する。
「これならアイツらも殺しきれる筈だよ」
箱に収められていたのは数本の白い杖。呪文のようにも見える純金の装飾が施された小さな杖を取り出し、ドロシーにそっと手渡す。
「使える魔法は?」
「第一級禁術指定の攻撃、防御、補助魔法全般に詠唱が必要になるけど他人にも効果が適用される魂魄体封殺呪文。ドロシーちゃんなら使いこなせる筈だよ」
「一本で何発まで使える?」
「最大出力の禁術魔法で大体一、ニ発だね。出力をセーブして五発ってところかな」
「それを扱える魔法杖は?」
続いてメイスが出したのはマスケット銃によく似た形状の魔法杖。
本物のマスケット銃とは異なり杖身が中心部で折れ曲がり、そこから術包杖を装填する独自の機構を持つ杖だ。
「アルテミス・ファク=シミレ マスケット型遺物杖。数百年前に異界門から落っこちてきた銃を参考にある職人が手掛けた杖さ。流通してる銃型魔法杖の原型になった重要器物の一つだね」
「数百年前!?」
メイスの一言にスコットは驚く。どう見ても数百年前の代物には見えなかったからだ。
「驚いたかい? 異界門に時代や場所なんて関係ないんだよ、坊や。未来に開いた穴から過去に飛んだり、逆に過去から現在に流されたり……ふふふ。この杖はそんな具合で未来から送られてきた武器をモノ好きな職人が真似たイロモノなのさ」
「……!」
「どうやって手に入れたのかは企業秘密だよ? バレたら管理局のお嬢ちゃんに叱られちゃうからねぇ」
ドロシーはメイスから受け取った杖を手に取って動作を確かめる。
「凄いだろう? 何百年も前の代物なのに劣化してないし、動作も全く問題ないよ。人ではない職人が人の技術に感動し、丹精込めて仕上げた奇跡の合作さ。禁術指定の魔法をどれだけ撃ってもその杖なら耐えられるよ……ただし」
「ただし?」
メイスはガマ口財布を手に取り、不敵な笑みを浮かべながら物欲しそうなドロシーに言う。
「その杖は売り物じゃあない。いくらお金を積まれようが貸してやるだけだ、いいね?」
「……言い値で買うよ?」
「アンタがそれを持つと世界が変わっちゃうよ。まだまだ続く長ーい人生を退屈なものにしたくないだろう?」
「むー……」
「こういう代物は特別な日に、特別な相手の前でだけ使うのが一番なのさ」
「……わかってるよ」
そう言われてドロシーは渋々了承する。
「……」
二人の会話について行けないスコットは取り敢えず腕を組んで何かを考えているフリに徹した。
「それと、もう一つ」
続いてメイスがドロシーに渡したのは幅広な二つの銃身とシリンダーが重なった回転式拳銃によく似た魔法杖。
「エンフィールド・メルヴェイユ 試作型連装身拳銃型杖。用途に応じて杖が分離、連結するアホなガンスミス謹製のゲテモノさ」
「……分離?」
「二つの杖先を軽く杖をずらすように動かしてみな」
ドロシーが言われた通りに魔法杖をずらすと、連結していた部分が外れて二つの杖に分離する。
「わーお、素敵」
「その状態でもドロシーちゃんがよく使うエンフィールドⅢよりも高性能で耐久性もあるよ。それでいて重さも軽い」
「ふんふん」
「杖を連結させれば二つのシリンダーが合体、長杖用の術包杖が装填出来るようになる。禁術指定のモノも十分扱えるけど、メインじゃなくて護身用のサブとして使いな」
「……エクセレントよ、メイスちゃん」
「ふっふっふ、それも手に入れるのに苦労したよ?」
「これは、売り物だよね?」
ドロシーは杖をギュッと握り締め、メイスに強請るように言う。
「ああ、それは売り物だ。持っていきな」
メイスはそう言ってウィンクする。
「あの、社長……」
「あ、ごめんねスコット君。僕たちで盛り上がっちゃって」
「一体、今日この街で何が始まるんですか?」
「天使狩りだよ」
\カラーン、カラーン、カラーン、カラーン/
時刻は正午ピッタリ。街中に非常事態を知らせる鐘が響き渡った。
「なっ、何だ!?」
《こちら、異常管理局セフィロト総本部です。リンボ・シティの皆様にお知らせします。15番街区上空に異常な反応を検知、【天使門】発生の前兆が確認されました。15番街区周辺に住む皆様は大至急避難してください。繰り返します……》
続けて聞こえてくる異常管理局からの非常放送。エンジェル・ハイロゥという聞き慣れない単語にスコットは動揺する。
「え、エンジェル……!? 」
「おやまぁ、坊やはまだ知らないのかい」
「この子は先月に来たばかりの新しいファミリーだからね。天使の事は何も知らないわ」
「天使!?」
「へぇへぇ、この子がねぇ……」
メイスはスコットの顔をじっと見つめ、にへらと笑う。
「なるほどなるほど……確かにイイ男だよ。ドロシーちゃんが入れ込むのもわかるよー」
「あの、天使って何ですか!? ひょっとして本当に……」
「実際に見れば解るよ。それじゃあ行きましょうか、スコット君」
ドロシーは木箱と杖を受け取って足早にリビングを出ようとする。
「ちょっと、社長! 待ってくださいよ、意味がわからないですって!!」
「……あ、言い忘れてた。メイスちゃん」
「何だーい?」
だがすぐにドロシーは立ち止まる。
「……また明日ね」
「ああ、また明日。忘れないようにちゃんとメモしておくんだよー? ドロシーちゃん」
そしてメイスの顔を見ないまま急ぎ足でリビングを出た。
「……何なんだよ!」
「ほら、さっさとあの子を追いかけな坊やー。一人にしちゃダメだよ」
「自分から勝手に出ていったじゃないですか! 何なんだよ、一体……今日の社長は絶対に変ですよ!!」
「そうだねー。変だよねー」
メイスは椅子に腰掛け、ドロシーが飲み残した紅茶を飲んで一息ついた。
「よっぽど怖いんだろうね、今日のあの子は」
「……?」
「早く行っておいで、坊や。あの子を頼んだよ」
「……頼まれても困りますよ!」
スコットはそう吐き捨ててドロシーを追いかける。
「ふふっ……」
リビングに一人残されたメイスは寂しげに笑い……
「そりゃ嫌になるよねぇ、ドロシーちゃん。折角、あんな素敵な子と出会えたのに……もうお別れなんてさ」
まるでドロシーがいなくなってしまうかのような不吉な事を呟きながら、彼女は冷めた紅茶を飲み干した。