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普通の生活の中でどれだけ色んな事に気付けるか。
「真面目な話ぃ?」
ここでメイスの表情が変化する。
「メイスちゃんに用意して欲しいものがあるの、今すぐにね」
「何だい? 此処でなきゃ用意できないものなのかい??」
「多分、君の店でしか手に入らないものよ」
メイスの濁った瞳に光が灯り、その表情に生気が宿る。
気怠げだった彼女の態度も豹変し、にししと不敵な笑みを浮かべて頬杖をついた。
「何が欲しい? 言ってみな」
「対上位存在用禁術指定術法杖をありったけ。それを扱える魔法杖も用意して」
「あはははっ、ついに来たかー! 来ちゃったかー!!」
ドロシーの注文を聞いてメイスは手を叩いて大笑い。先ほどとはまるで別人のようになったメイスにスコットは困惑していた。
「どうりでドロシーちゃんの様子がおかしいなと思ってたよー。なるほどねぇ、なるほど……」
メイスはスコットをじとっとした目つきで見つめた後、ドロシーの方を見てにししと笑う。
「ついにドロシーちゃんも」
「いいから早く用意してくれない?」
ドロシーは机の上に年季の入ったガマ口財布をポンと置く。
「代金はこれで足りるわね?」
「んー、どうかなー? 足りないかもしれないけど用意するわねー」
財布の中身を見る前にメイスは立ち上がり、軽やかな足取りでリビングの隅っこまで移動する。
「はーい、それじゃあ……お客様のご希望に添える品を用意しないとねー!」
メイスが天井から下る意味深な革紐を引っ張ると、狭いリビングのすぐ隣に大量の杖が保管された広大な貯蔵庫が出現した。
「!!??」
「いつ見ても壮観ね」
「な、なっ! 何ですかこれは……!?」
小さな店の中には到底収まりきれない広さの真っ白な空間。
空間を埋め尽くすように整列するおしゃれな木製のラックには多種多様な魔法杖が飾られ、その全てが一般流通していない貴重な杖だ。
「ドロシーちゃん達は入っちゃ駄目よー? 許可なしに入ったら死ぬまで閉じ込められるからねー??」
「入らないよ。そんな所で死にたくないもの」
「あ、あの部屋は一体……」
「んー? 別に、唯の空間圧縮魔法のちょっとした応用さ。この世界の魔法とは少し仕組みが違うけどねー」
メイスは貯蔵庫の中に入り、くるりとこちらに振り向いた。
「それじゃあ、少しお待ちくださーい」
そう言って手を振ると白い貯蔵庫はメイスと一緒に消え去り、狭いリビングにスコットとドロシーだけが残された。
「んー、でも一度は入ってみたいなー。色々触って確かめたいよ」
「……本当にこの街は凄いところなんですね」
「そうだよ? あのメイスちゃんはああ見えて僕よりも凄い魔法使いだからくれぐれも怒らせないようにね」
「……え?」
ドロシーがサラッと言い放った爆弾発言にスコットは目を見開いた。
「しゃ、社長より……!?」
「凄いよー、あのお婆ちゃん。元の世界だとブッチギリで最強の大魔法使いだったらしいのよねー、カミサマを何体もうっかり消し炭にしちゃった事があるとか」
「いやいやいやいや!」
「あんまりにも強すぎたから歴史から抹消されて、人里離れた妖精の森でのんびりスローライフしてたみたいよ」
「滅茶苦茶すぎますよ! 第一、神様が何体もいていいんですか!?」
「ひょっとすると僕たちの言うカミサマとは別物かもしれないけどね」
スコットは戦慄する。上には上がいるとはウンザリするほど聞き慣れた言葉だが、流石に飛躍しすぎだ。
あれ程の力を持つドロシーをして 最強 と言わしめる大魔法使いの存在。
神様をもうっかり消し炭にするような怪物がこんな寂れた店で一人寂しく孤独死しかけていたという事実に頭を抱えるしかなかった。
「……じゃあ別に助けなくても自分で」
「でも魔法が使えないと唯の子供の姿をしたお婆ちゃんだからね。この街では杖がないと魔法が出せないから……」
「え、でもそんな最強の魔法使いなら杖とかもう関係ないんじゃ……」
「そういう話じゃないの。この街ではね、どんなに強い魔法使いでも杖が無ければ魔法が発生できない制約がかかっているの」
「へっ?」
「この街にとって魔法杖は単なる武器じゃなくてね、魔法を発動させる為に必要な承認装置兼安全装置のようなものなのよ」
ドロシーは手で銃の形を作ってスコットに向ける。
「もしもその制約が無かったら僕もこうするだけで魔法が使えちゃうわ」
「……!?」
「ねー? 怖いでしょ。だからそうならないように仕掛けが施されているの。外の世界では普通に使えちゃうけどー」
「そ、それって大丈夫なんですか!?」
「大丈夫なのよねー、それが」
そう言って彼女は紅茶に一口つける。
「この街に僕のような子が居るように、外の世界にも秘密裏に力を悪用する子をぶち殺す専門家が居るのよ。異常管理局の支部も世界中にあるしね」
「……」
「異界門は何処にでも開くんだもの」
気が遠くなるような話にスコットは魂が抜けるような重い溜息を吐いた。
彼は外の世界で暮らしていたが、今まで知ったつもりでいたのはほんの僅かな部分だけ。
この世界は彼が思っていた以上にクレイジーな世界だったのだ。
「スコット君は良い子だったから目をつけられなかったんだろうね」
「……そうですかね」
ここでスコットは少し残念に思った。あのまま外の世界で暮らしていれば……
「……はっ、素直にもっと悪い子になっておけば良かったな」
その専門家に殺してもらえたんじゃないかと。
「駄目よ、スコット君? 君は望んでリンボ・シティに来たんだから、この街で僕やみんなと出会う運命だったんだよ」
「……」
「それにもしその専門家と出会っていたら……」
ドロシーはスコットの手を取り、寂しそうな顔で言う。
「……きっと君は、その専門家にスカウトされてたと思うの」
「ど、どうですかね……」
「だってスコット君は強いし、優しいし、凄く……格好いいから」
手をギュッと握りながら彼女が呟いた言葉に、スコットの胸は少しだけ高鳴った。
紅茶を飲む次くらいに割と大事なことだと思います。