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「ふふん、ここのアイスクリームは美味しいでしょ? 店長が気まぐれなのがアレだけどねー」
「……そうですね」
ドロシーはスコットを連れて13番街区を歩き回る。
紅茶店の次に雑貨屋、お菓子屋、そしてアイスクリーム屋。訪れた店には料金として100L$を支払い、お釣りを受け取らずに『またね』と言い残して立ち去る……それの繰り返しだ。
「じゃあ次はー」
「社長、いい加減に話してくださいよ。一体、今日は何があるんですか?」
「何がって? 別に何でもない普通の日だよ?」
「誤魔化すのは止めてください」
スコットはそんなドロシーを見ている内に苛立ちを募らせていく。
ドロシーは常にスコットの数歩先を進んで決して顔を合わせようとしない。
いつもならしつこいくらいに抱き着いたり、手を握ってこちらの反応を確かめてくるというのに。
「……」
「社長!」
「ふふふ、じゃあ次の店で教えてあげる」
そう言ってドロシーは道の隅っこにひっそりと佇む古ぼけた店の前で止まる。
「此処は……」
「ウィーリー魔法具店。此処も僕の友達が経営しているお店よ」
「魔法具店?」
「魔法杖の販売や仕入れ、整備までしてくれる素敵なところよ。もう手に入らない杖も入荷してくれるの」
ドロシーは年季の入った扉を開けて中に入る。
狭い店内には所狭しと木箱が積み上げられ、下手に触れれば一気に崩れ落ちてきそうな程だった。
掃除も行き届いているとは言えず、天井には大きな蜘蛛の巣が張ってある。
「……うわぁ」
「こんにちはー、お客様だよー。ウィーリーちゃーん」
「……」
「……うーん、まだ寝てるのかな」
ドロシーが店主を呼んでも返事がない。
「寝てるんですか?」
「面倒くさがりな上に気分屋だからね。一日中ずーっと寝てるだけの日もあるし」
「……大丈夫なんですか、その人」
「僕が居なかったらとっくに死んでるね」
くすくすと笑うドロシーの近くにある木箱の山から何かが這い出し、彼女の足をガシッと掴む。
「ふわっ!?」
「はっ! 退いてください、社長! 社長の足元に何かが……!!」
「……お、おぅ……おぅ……」
「あーっ! メイスちゃん! そんなところに居たの!?」
「え?」
「……た、助け、助けて……このままじゃ……し、死ぬ……」
木箱の山から這い出してきたのはプルプルと震える誰かの腕。
僅かに出来た隙間の中からは今にも死にそうな女性のか細い声が聞こえてきた……
「いやー、助かったよぉ。ありがと、ありがとー!」
スコットが呼び出した悪魔の腕に木箱を退けてもらい、店主のメイス・ウィーリーがにへらと笑いながらお礼を言った。
「だからお掃除しなさいっていつも言ってるでしょ? そのうち本当に死んじゃうよ??」
「あははー、ごめんねー。掃除しようとは思ってるんだけどねー、気が乗らなくてー」
「この人が店主さんですか?」
「そうだよー」
盛大に寝癖のついた灰色の長髪に深い隈のある目元、血色の悪い肌に包帯だらけの腕。
ボロボロの衣服には不釣り合いな金の装飾が施された立派なローブを纏った少女にスコットは首を傾げる。
どう見ても店主には見えない……というより真っ当に仕事をしている人間に見えないからだ。
「……店主さんのお子さんじゃなくて?」
「お子さんじゃないよー、ワタシが店主ー!」
「いや、どう見ても子供じゃないですか……」
「子供じゃないよー!」
「スコット君、こう見えて彼女は今年で500歳なのよ。可愛いお孫さんも沢山居るよ」
「へっ!?」
「あははー、殆ど向こうの世界に置いてきちゃったけどねー」
だがその見た目に反して彼女は齢500の御長寿様。ドロシーよりも遥かに年上で出産経験もある異世界出身の魔女なのだ。
「だから娘さんと仲直りして一緒に暮らせばいいのにー」
「やなこったー。あんな恩知らずの跳ねっ返りと一つ屋根の下なんて耐えられないねー! 孫は超かわいいけどー」
「……」
「それにドロシーちゃんが来てくれるからいいのさー。全然、寂しくなーい」
そういってメイスはよっこらと立ち上がり、腰を擦りながらカウンターの裏に戻る。
ドロシーと同じくらいの背丈の少女が腰を擦る姿にスコットは何とも遣る瀬無い気持ちにさせられた。
「で、ワタシに何の用ー? ドロシーちゃん」
ぐぎゅるるるるるるるるるんっ。
メイスがキリッとした表情で格好をつけた直後、豪快なお腹の音が店内に鳴り響く。
「……」
「……」
「……あ、ヤバい……死ぬ」
メイスはそのままお腹を押さえて倒れ込んだ。
「あー! メイスちゃーん!!」
「だ、大丈夫ですか!?」
「……み、3日もあの中で動けなくなってたから……何も食べれて無くて……」
「3日も!?」
「お腹が空いて……し、死ぬ……」
「あーあー。本当にもー、歳だけは無駄に取ったお馬鹿老人になっちゃって。天国のダーリンたちも鼻で笑ってるよ?」
「ぐふぅー!」
「ちょっ、何てこと言うんですか! 社長ーっ!!」
ドロシーはくすくすと笑いながらお菓子屋で購入したビスケットを取り出し、メイスの目の前でフリフリと振るう。
「ほっ! た、食べ物……!!」
「水はまだ残ってるわね? お湯を沸かして少しお茶にしましょうか」
店の奥にある狭いリビングでドロシーは紅茶を淹れる。
メイスはお茶が入る前に涙目でビスケットを貪り食い、うまうまと感嘆していた。
「ふわぁ……このビスケット好きぃ。やっぱり甘いものって最高ー……あとお酒があれば文句にゃい……」
「……」
「凄いでしょ? こんな駄目な人なのに結婚して子供がいたのよ。旦那さんは人を見る目が無かったんだろうねー」
「酷いよー、ドロシーちゃん。こう見えてワタシはこの街に来る前まではいい女だったんだよー? 素敵なダーリンと可愛い子供とお酒に囲まれてワンダフルラーイフ」
「一番最初に結婚したダーリンの名前は覚えてる?」
「えっ、んーと……えーと……ヨ、ヨセフだったかなー?」
「……長生きしても駄目なままの人って本当にいるんですね」
僅か数分でメイスの堕落しきったダメ人間っぷりを見せつけられたスコットは、ゴミを見るような目で彼女を見ていた。
「ダメ人間がただ長生きしただけで素敵なご長寿様になれるわけがないのよね」
「な、なんてこというのさー! あ、やだ、よく見たら結構イイ男……」
「じゃあメイスちゃん。お腹がいっぱいになった所で……ここからは真面目な話をしましょうか」
ドロシーはスコットの隣に座り、メイスを睨みながら紅茶に一口つけて言った。