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「えっ……?」
「いいか、すぐに逃げるんだ。命が惜しければ……」
「ちょっと警部、大事な新人君に何てこと言うのよ。失礼ねー」
「俺、死ぬんですか?」
「そんなわけないじゃない、君の安全は僕が保証するよ」
ドロシーはスコットの肩をポンと叩くと愛らしい笑顔で言う。
「お前と一緒にいる時点でもう安全じゃねえよ、騙されるなよスコット」
だがアレックス警部は彼女の言葉を真っ向から否定した。
「ちょっとさっきから酷いよ、アレックスちゃん。それが友達に言う台詞なの?」
「誰が友達だ! ふざけんな!!」
「え、友達でしょ?」
「違う! ドロシーを友達だと思ったことは一度もない!!」
「まーたまたー、相変わらず嘘が下手ねー。そういうところが好きでもあるんだけどー」
ドロシーの小悪魔的な微笑に警部は顔に青筋を立てて苛つく。
「え、えーと……社長。とりあえず俺はどうしたらいいですかね」
「そうね、とりあえずー」
────ギャキィイイイイイイン
何かが弾かれるような音が鳴り響く。スコットはその時、何が起こったのかわからなかった。
「警部たちをあの車まで送ってあげて」
ドロシーの言葉が耳に届き、ようやく彼は周囲を黄金の槍に囲まれている事に気づいた。
「う、うわああっ!?」
「な、何だ! 何が起きた!?」
「スコット君、早くその二人を連れて車に戻って。戻ったらすぐに猛バックして離れてね、巻き込んじゃうから」
だが黄金の槍は彼らの周囲に浮かぶ 色付きガラスのように半透明な盾 に阻まれて空中に静止している。
キリキリと金属が擦れ合うような音に思わずスコットは顔をしかめるが、ドロシーはまるで意に介していないようだ。
「スコット君?」
「あっ、はい! えーと、二人共早くあの車に!!」
「わ、わかりました! 警部、急いでください!!」
「ああくそっ、まだ生きてやがったのか! あのクソ野郎!!」
彼らの視線の先には全身から赤黒い蒸気のようなものを吹き出す黒い魔人の姿があった。
〈ギィアアアアアアアアアアアアアアアアア!!〉
魔人は両掌から黄金の槍を生み出して此方に投げつける。
だが槍は次々と生み出される半透明の盾に受け止められ、その切っ先は彼らに届かない。
「あはは、まだまだ元気じゃない。いいね、ちょっと期待しちゃうよ」
憎悪に満ちた赤黒い眼光を向ける魔人にドロシーは不敵な笑みを向ける。
「おい、性悪魔女!」
「誰が性悪魔女よ、アレックス。いい加減にその呼び方やめないと今度からお願い聞いてあげないよ?」
「……勝てるんだな!?」
上辺では彼女を毛嫌いしていながらも、心の何処かで心配しているかのような複雑な顔で警部は言う。
「ドロシーお姉ちゃんを信じなさい。小ちゃい頃から君は僕を見てきたじゃないの」
ドロシーは警部の言葉に、嬉しそうな笑顔で答えた。
三人が車に戻り、この場から離れるのを見届けてから鈍く輝く魔法杖を構える。すると彼女に殺到していた黄金の槍が反転し、魔人にその鋭い切っ先を向け……
「こんな趣味の悪い玩具は要らないわ。女へのプレゼントとしてはもう最悪……だから全部お前に返すよ」
彼女の言葉と共に全ての槍が魔人目掛けて撃ち返される。
〈ウオオオオッ!〉
魔人は両手から光線を放って槍を迎撃するが、捌ききれなかった槍が右肩を貫く。
〈ガッ!〉
怯んだ瞬間に右足、左脇腹……
〈グオオオオッ!!〉
そして右胸に深々と槍が突き刺さったところで魔人は膝をつく。
そこに殺到する黄金の槍。あっという間に魔人は自ら放った槍で全身を串刺しにされ、趣味の悪い現代アート作品のような有様になる。
「言っておくけど、これは僕が悪いんじゃないよ? 僕は返しただけだから」
ドロシーは余裕たっぷりに魔人を挑発する。
〈ググ、グググ……滅ぶ、べし……〉
全身を貫かれても魔人はまだ絶命しておらず、ドロシーを睨み返す。
〈お前を、滅ぼすべし!!〉
突き刺さった槍はズブズブと魔人の身体に取り込まれていく。
全ての槍が数秒で魔人の体内に収まり、身体から毒々しい赤黒い蒸気を吹き出しながら魔人は立ち上がる。
〈お前を滅ぼすべし! 滅ぼすべし!!〉
両腕から二振りの巨大な黄金の斧を生み出し、魔人は獣のような雄叫びを上げた。
「そうそう、僕を殺すにはそのくらいの気合がないと駄目よ」
殺意全開の黒い魔人にドロシーはそう言って笑い返すと、コートから二本目の魔法杖を取り出す。そして銀色に光るの二つの杖先を魔人に向け……
「まぁ、お前に僕は殺せないけどね」
さっきまでの愛らしい笑顔とは一変、薄っすらと狂気を孕んだ挑発的な笑みで魔人の殺意に応えた。
「……な、何だよ、あれは……」
警部たちを連れて車に戻ったスコットは人知を超えた化け物同士の戦いに戦慄する。
「あの女がどんな奴なのかも知らずに一緒にいたのか? よくそれでアイツの会社に入れたな」
「え、ええと……その……」
今になってスコットは自分の台詞が恥ずかしくなる。
彼の内に眠る悪魔は魔人の攻撃に全く反応しなかった上に、目覚めたところであれを倒せるとは思えない。
スコットが思っていた以上に、この街は化け物共の巣窟であったのだ。
「はっはっ、警部さん。これがまた面白い経緯がありましてな、そのスコット君は」
「ちょっ、ちょっと執事さん! あのことは言わないでくださいよ!?」
「期待の新人ではありますよ。本人が自分を 悪魔 と自負する程の逸材です、これからの活躍が楽しみですな」
「執事さぁぁーん!!」
老執事は爽やかな笑みでスコットの大胆な告白を暴露した。