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「ごちそうさま」
ドロシーはナイフとフォークを置いて席を立つ。
「あれ、社長? まだオムレツが」
「はい、これ二人分の代金。お釣りはいらないよ」
「えっ、あっ、ドロシーさん!」
「今日も美味しかったわ。ありがとう」
「ま、待って!」
アトリに100L$を渡して彼女は店を出る。流石のアトリもドロシーの様子がおかしい事に気付いて彼女を追いかけようとするが……
「……」
「た、タクロウさん?」
タクロウが無言でアトリの手を掴んで引き止めた。
「スコット、行って来い」
「え、あっ……はい!」
スコットもオムレツを半分以上残して急いで店を出ていく。
「あ、あの……今日のドロシーさんは」
「いいんだよ、アトリさん。アイツの事はスコットに任せよう」
「でも……」
「ほら、まだ店にはお客さんが沢山いるんだから。そんな顔しちゃ駄目だぞ」
「お釣り……」
「……数日分の代金を前払いしてもらったという事でね?」
タクロウは妻にそう言い聞かせる。
アトリは渡された100L$を困った様子で見つめ、タクロウも窓ガラス越しにドロシーを見ながら呟く。
「……今日は店を早めに閉めた方がいいかもしれねえな」
「ちょ、ちょっと社長! 待ってくださいよ!!」
ドロシーを追って店を出たスコットは憂鬱げに青空を見上げる彼女に声をかける。
「本当にどうしたんですか? 何か嫌なことでも……」
「ううん、別に? お腹がいっぱいになっただけだよー」
ドロシーはニコッと笑いながらスコットの方に振り向く。
「今日のオムレツはいつもより量が多かったのよね。食べきれなかったよ」
「……」
「でも、スコット君までお店を出なくてもよかったのに。心配しなくても君が食べ終わるまで待っててあげたよ?」
「……俺にも話せない事なんですか?」
スコットはドロシーに言う。
もう耐えられなかった。ドロシーがビッグバードのオムレツを残すなんてありえない。
ましてや食べ終わる前に店を出る事などあるはずがない。彼女は自分に何かを隠している。
彼女は今朝からずっと何かに怯えている。
「……」
「正直に話してください、社長。今朝からずっと様子がおかしいじゃないですか。話すことも変だし、笑い方も変だし、まるで……」
「ねぇ、スコット君。今日は空いてるよね?」
ドロシーはスコットの言葉を遮って言う。
「えっ?」
「それじゃあ僕とデートしましょう。この辺りをぐるーっと」
「話を逸らさないでください! 社長、俺は!!」
「デートしてくれたら正直に話してあげる」
呆気に取られるスコットを横目にドロシーは車の前で待つ老執事に話しかける。
「アーサー、少しスコット君とデートしてくるわ。僕の連絡が入ったら迎えに来て」
「かしこまりました、社長」
「ちょ、ちょっと! 社長!?」
ドロシーはスコットの了承を得ずに勝手に話を決めてスタスタと歩き出す。
「ああ、ちょっと! 待ってくださいよ!!」
「スコット様」
「はい!?」
「お嬢様を宜しくお願いいたします」
「え、あっ! ちょっと! 執事さん!?」
老執事はスコットに頭を下げ、そのまま車に乗り込んで発進した。
「……ああ、くそ! 何なんだよ!!」
状況を飲み込めないスコットは苛立ちながらドロシーの後を追いかける。
「社長ーっ! 待ってくださいよ!!」
「そうそう。早速、行きつけの紅茶屋さんにお邪魔しましょうか。そろそろ茶葉が少なくなってきたから」
「はぁ!?」
「スコット君も知ってるでしょ? ロードリック紅茶店。僕の友達のお店だよー」
ドロシーはスコットとロードリック紅茶店を訪れる。
「はーい、いらっしゃいませ。ああ、ドロシーちゃん!」
「はーい、ケイトちゃん久しぶりー! 元気にしてたー?」
「あはは、ドロシーちゃんの前じゃ元気ない姿なんて見せられないからね! 意地でも元気を出してやるわ!!」
「えー、それじゃあ僕がいないと元気なくなっちゃうの?」
「かもしれないねー! あはははっ!!」
「やだーっ!」
店長のケイトと楽しそうに会話するドロシー。
だが、スコットには楽しげに談笑する姿も無理をしているようにしか見えなかった。
「……」
「あはは、じゃあいつものお願いねー!」
「はいはい、少し待っててねー!」
「ここの紅茶は美味しいでしょ? スコット君」
「……ええ、そうですね」
「もしもこれより美味しい紅茶が何処かにあったとしても、僕はずっとこの店のお茶を買うよ」
「……そうですか」
「この味を忘れたくないからね」
ここでドロシーの笑顔に僅かな寂しさが滲む。
(……何なんだよ)
まるでもうこの店の紅茶が飲めなくなるとでも言いたげな寂しい笑みにスコットの胸が軋んだ。
「はーい、どうぞ!」
「ありがとう、ケイトちゃん。これお代ねー」
「はいはい、お釣りお釣りー」
「お釣りはいいよ、取っておいて」
「え?」
「それじゃ、また来るね。バイバーイ」
ケイトに100L$を渡し、またお釣りを受け取らずにドロシーは店を出ていった。
「……」
「しゃ、社長!? ちょっ……すいません! お釣りは俺が」
「アンタ、ドロシーちゃんの彼氏だよね?」
「へっ?」
「早くあの子を追いかけて。ほら、早く!」
「えっ、ちょっ……お釣りは」
「いいから! 早く行きな! その引き締まったケツにショットガンをブチ込むよ!?」
「はあっ!? ま、待って! 待って! 撃たないで!!」
ドパァン!!
「ギャーッ!!」
「何してんだ! 早くあの子を追いかけな、小僧!!」
「はっ、はいいーっ!!」
威嚇射撃で床に穴を開け、すぐさまこちらにショットガンを向けるケイトに恐れをなしたスコットは急いで退散する。
「な、何なんだよ、あの人は!」
「あー、大丈夫ー? ああ見えてケイトちゃん逞しいから気をつけてね? 怒らせると対モンスター用ショットガン撃ってくるから」
「……先に言ってください!!」
「ふふふ、ごめんなさい。次からは気をつけるよ、スコット君」
「……!」
ここでスコットはようやく気づいた。
目を覚ましてからこの瞬間までドロシーは一度も自分を『スコッツ君』と呼んでいない事に。