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とても良い天気なのに、何故か不安になってしまう日がありますよね
リンボ・シティ1番街区 異常管理局セフィロト総本部 賢者室。
「大賢者様、お茶をお淹れしました」
「……ありがとう、サチコ」
サチコの淹れた紅茶を手に取り、大賢者は一口つける。
「……ふふ、今日も丁度いい熱さよ。美味しいわ」
「……」
好物の紅茶を飲んでも大賢者の表情は晴れなかった。
「どうかしたのか? 大賢者」
「ダイケンジャー、どうかしたのか?」
「顔色が優れないぞ」
執務机の上でティータイム中のヤリヤモ達も普段と様子が違う彼女を心配する。
「ふふふ、何でもないわ。気にしないで」
「……そうは思えないな」
「……」
「少し、嫌な夢を見ただけよ。それだけ……」
大賢者はデモスの顔を見て目を曇らせた後、窓の外の青空に目をやった。
「貴女達、今日は本部を自由に見学していいわ。保管している魔導具と異界器具に触らない事、そして建物から出ない事が絶対条件だけど」
「むむっ!」
「やったー! 久々の見学だー!!」
「今日はいい日だな、同志!」
「エアレイドデスカー起動! いくぞ、同志ー!!」
ヤリヤモの一体が小さなテーブルの中心にあるボタンを押す。
テーブル本体と連結している椅子ごとふわりと浮遊し、エアレイドデスカーと名付けられた浮遊型テーブルセットがヤリヤモ達を乗せて飛んでいった。
「……大賢者様」
サチコはヤリヤモ達が賢者室を出ていったのを確認してから、大賢者にそろりと近づく。
「……リンボ・シティ上空の空間に異常値が観測されました。通常の異界門の反応を大きく上回っています。恐らくこの反応は……」
「……発生予測地点は?」
「リンボ・シティ15番街区です。発生予測時刻は午後1時……」
大賢者はティーカップを置き、サチコの顔を見ながら指令を下す。
「12時にリンボ・シティ全域に緊急警報を発令、第596次上位存在対抗処理班を編成して15番街区周辺に出動させて」
「……はい」
「……そして、Sクラス緊急非常事態対策処理コード【アルス・マグナ】の準備もしておきなさい」
サチコは即座に端末で全職員に通達する。
彼女の指先は震え、その表情には明らかに緊張の色が浮かんでいる。
大賢者はティーセットを机に置き、震えるサチコの肩に優しく触れた。
「サチコ、気をしっかりと持ちなさい。まだその時ではないのよ」
「……!」
「始まる前に終わりを感じては駄目、そして絶対に神に祈らないこと。心掛けておきなさい」
「はい……大賢者様」
大賢者はそう言って再び視線を空に向ける。
「……ああ、本当に。今日は酷い天気だわ……」
まるで天界からうっかり天使が落ちてきそうな程の快晴。雲ひとつない晴天の青空が、何故か彼女にはとても恐ろしいものに映っていた。
◇◇◇◇
「うーん、やっぱりこの店のオムレツは絶品ね!」
「うふふ、ありがとうございます!」
場所は変わってリンボ・シティ13番街区の喫茶店 ビッグバード。 注文した特製オムレツセットに舌鼓を打ちながらドロシーは幸せそうに言った。
「……」
「あれ、どうしたの? 遠慮しないで食べなさい。冷めちゃうよ?」
「あ、はい……いただきます」
だがスコットにはそんなドロシーの笑顔が全て不自然なものに感じられた。
(……何だ? 今日の社長は何か変だぞ? 何処がどう変なのかはよくわからないけど……)
ナイフとフォークを手にビッグバード名物のオムレツを口に運ぶ。
いつもならその美味しさに感激して『美味い!』と声を上げるところだが、今のスコットには殆ど味がわからなかった。
「どう? 美味しい?」
「……美味いっす」
目の前のドロシーが気になってオムレツどころではないのだ。
「ふふふ、良かったー」
「……」
「それにしてもタクロー君も何だか様子が変ね? いつも変だけどさー」
「うるせー、話しかけんな」
タクロウもドロシーの異変に気づいている。
スコットよりも付き合いの長い彼には更にハッキリとわかっていた、今日の彼女は無理をしていると。
「タクロウさん?」
「……あ、ごめん」
「もー、いつもみたいにしてくれていいのに。こう……ブッ殺してやぁぁーる! みたいな!!」
ドロシーはナイフとフォークを構え、タクロウの真似をして彼を誂う。
「まじでぶっ殺すぞ、テメー」
「そうそう、そんな感じで。もっと声のトーンとテンションを上げてね」
「社長、やめてください」
「冗談よー、本気じゃないから怒らないでね?」
「……」
スコットは味のしないオムレツを半分ほど食べ終わったところでナイフとフォークを置いた。
「社長」
「なーに? スコット君」
「何か今日の社長おかしいですよ? 一体、どうしたんですか?」
ドロシーはスコットにそんな事を言われて目を見開いた。
「……おかしい? 僕が?」
「はい、おかしいです」
「そんなことないよー。いつもの可愛い僕だよ?」
「社長……何かあったんですか?」
スコットの目に映るドロシーの仕草や言葉の全てが痛々しい。
本人はいつもと変わらぬ自分を演じているつもりでも、彼には見抜かれてしまっていた。
「……何も? 僕はいつもどおりのドロシーよ」
「社長……」
「……そうだよね? タクロー君?」
「俺にそれを言わせる気か?」
「……僕は」
「あ、あの……二人共? 一体、どうしたんですか? ドロシーさんはいつもの可愛いドロシーさんですよ……??」
そして意外なことに親友のアトリはドロシーの変化に全く気づけていなかった。