23
「……んゅっ?」
時刻は深夜2時過ぎ、ドロシーは寝室のベッドで目を覚ます。
「……んー……あれ、僕、何をしてたんだっけ……」
屋敷に戻ってからの記憶がハッキリとしない。まるで頭の中に靄がかかっているかのようだった。
「んー……」
自分が何をしていたのか。誰とどんな時間を過ごしたのか。
ドロシーは何とか思い出そうとアンテナを揺らしながら記憶の糸を手繰り寄せるが……
「……駄目、思い出せない。もういいや」
どれだけ頭をひねっても何も思い出せない。
思い出すことを止めたドロシーは再び眠ろうとベッドにぽふっと倒れ込む。
「……ううっ」
「むむっ?」
「や、やめてください……社長……! もう、無理……」
「むー?」
ドロシーの隣では半裸のスコットが夢にうなされていた。
「あれれ、どうしたのスコッツ君。酷くうなされてるけど……」
「うぅうっ……」
「そんなにひどい夢見てるのかな……」
ドロシーはスコットの上にモソモソと跨り、苦悶の表情を浮かべる彼の額にそっと自分の額を当てる。
「大丈夫、大丈夫……それはただの夢だから」
「……うっ……」
「夢は覚めるものよ。貴方は夢から目を覚まして、素敵な朝日を見るの。貴方はまだ夢の国の住人じゃないんだから……」
「……」
「ほら、もう怖くないでしょ?」
ドロシーのおまじないが効いたのか、スコットの寝顔は穏やかなものに変化する。
やがてうめき声は静かな寝息に変わり、ドロシーはふふふと優しく微笑んだ。
「……でもね、スコッツ君。君と違って僕はもう夢の国の住人なの」
寝息を立てるスコットの頬に触れてドロシーは意味深な言葉を呟く。
「僕は夢から逃げられないの。もうずっと夢に囚われたまま……」
眠るスコットの顔をじっと見つめて彼女は切なげな笑みを浮かべる。
「もしも夢から覚めても、僕は朝日を見れないの。夢と一緒に消えてしまうんだから」
そう言って彼女はスコットの頬に小さく口づけをする。
「……もう、夢を見れなくなっちゃったわ。お義母様」
「……そうなのね」
ドロシーの消え入るような声に隣で眠っていたルナが答えた。
「お義母様は夢を見た?」
「……ええ」
「夢の中で何が見えたの?」
「……天使の輪が見えたわ」
ルナの返事にドロシーは小さく笑った。
「ドリー……」
「いいの、薄々わかっていたから。もうすぐこの日が来るんだって……」
ルナはそっと彼女を抱きしめる。
「……ごめんなさい、ドリー」
「謝らないで、お義母様。僕は幸せだったよ。本当にこの人に会えてよかった」
「……」
「彼と過ごす毎日は本当に良い夢だったわ。きっと次の僕はもっと……良い夢が見れるよね」
ドロシーはルナの体に抱き着き、まるでその温もりを噛みしめているかのように言う。
「……僕は、前の僕よりもいい子だった?」
「ええ」
「……前の僕よりも頑張ったかな?」
「……ええ」
「……前の僕よりも、幸せだったのかな……?」
「……当たり前でしょう。貴女は彼に出会えたんだから」
ついにドロシーの目に堪えていた涙が浮かぶ。
眠るスコットを起こさないように声を殺して啜り泣き、ルナは震える愛娘をギュッと強く抱きしめた……
「……うっ」
「おはよー、スコッツ君。目が覚めたー?」
目を覚ましたスコットにドロシーがにんまりとした笑顔で挨拶する。
「はっ、社長……!?」
「はい、社長だよー」
スコットは飛び起きて自分の体を確認。
半裸になっている自分を見て彼は涙ぐみ、うううと咽びながらベッドで蹲った。
「うっ、ううううっ!」
「ちょっとー、どうしたのー? 折角のお目覚めなのに辛気臭いよー?」
「放っておいてください……!」
「大丈夫、安心して! 僕は昨日のことなんて全然覚えてないから!!」
朝日を浴びてキラキラと煌めくドロシーが発した一言がスコットのハートを粉微塵にした。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!!」
「あれ、どうして泣いちゃうの? 僕は覚えてないんだよ?」
「畜生めぇぇぇー! 何で忘れちゃうんですかぁぁぁー! 覚えててくださいよ、馬鹿ぁぁぁぁぁん!!」
「えぇぇー」
「ハロウィンのバカヤロォォォォォー! うわぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
励ましたつもりが逆にトドメを刺してしまったドロシーは珍しく顔をしかめる。
「……そんなに凄いことがあったんだ」
「ううっ!」
「ねぇねぇ、僕と何かあったの? 後で教えてくれる?」
「教えるか、ボケェェェェー!」
「あら、おはよう。スコット君」
「うぇあぁぁぁっ!?」
寝室に入ってきたルナの姿を見てスコットはPTSDを発症し、シーツに包まってガタガタと震え上がる。
「あら?」
「すんません、勘弁してください。勘弁してください。勘弁してください。ファミリーでも家族でも何でもなりますから許してください。勘弁してください。もう洗わないでください。もう洗わないでください……」
「うーん、これは重傷! 仕方ないわねー」
ドロシーは杖を取り出してスコットが包まるシーツを魔法で吹き飛ばす。
「ひぃっ!?」
「ルナ、お願い」
「ふふふ、仕方ないわね」
「こ、来ないでください! 俺に、俺に近づかないで……!!」
「大丈夫、大丈夫。怖がらないで? 私が癒やしてあげるから……」
「俺のそばに近寄るなああ────ッ!!」
ベッドの隅までルナに追い詰められ、ガクガクと震えながらスコットは絶叫した……
「大丈夫、怖いの怖いの……飛んで行きなさい」
「イヤァァァァァー!!」
ルナはそう言ってスコットを押し倒す。
二人を包み込むようにして周囲に青い繭が形成され、ドロシーはスコット達に手を振りながら寝室を出る。
「……そんなに怖がらなくてもいいじゃない。ハロウィンはもう終わったんだから」
『ええ、こちらリンボ・シティ4番街区です! ハロウィン病は完全に沈静化、警報は既に解除されて街は普段の落ち着きを取り戻しました! ですが街中には未だに多くのお菓子が散乱して……』
《チュドォォォォォ────ン!!》
『ギャアアアアア!』
『はぁっ! え、な、何!?』
『ギシャァァァァァー!!』
『え、ちょっと! ふざけないでよ! ハロウィンはもう終わって……』
『ジャスミーン! それは仮装じゃないー! 本物の怪物だぁぁー!!』
テレビに映し出される街の様子を見てドロシーはクスクスと笑う。
「……そうね。この街はそういう所だよね」
「おや、お嬢様。スコット様は?」
「うーん、ちょっとハロウィン後遺症が酷くてね。ルナに癒やされている所よ」
「はっはっ、それはそれは」
『イヤァァァァァーッ!!』
ハロウィンが終わっても街は相変わらず賑やかだ。
ドロシーはテレビに映る見慣れた喧騒を名残惜しげに見つめ、まるで思い出に浸るように目を瞑った。
「うん、まだ僕の夢は終わってないわね。もう少し時間があるわ」
何かを決心したドロシーは目を開き、いつものように笑顔で命令を待っている老執事に言う。
「アーサー、車を用意しなさい。スコット君と出かけるわ」
「かしこまりました、お嬢様」
「目的地はビッグバードよ」
chapter.9 「悪戯か、イタズラか?」 end....
そしてハロウィンは終わり、夢から覚める時が来ました。