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実際、ハロウィンの魔力は本当にあると思います。
「スコッツくん、どうしたのー?」
中々リビングに戻ってこないスコットを心配してドロシーが玄関にやって来る。
「あ、いえ……何でもありません」
「あ、今日は帰れないよ? そのドアは君の部屋に繋がらないし、車を出そうにも街はあの調子だしね」
「はぁ……そうですね」
「それにE型ハロウィン病人に捕まったら大変だよ? 確かに夜のハロウィン色に染まった街は幻想的でロマンチックだけど……」
スコットを帰す気など最初から無いというのにドロシーはそれっぽい理由を述べていく。
「まぁ、はい……流石に今日はここに泊めてもらいますよ」
「ふふふ、そうするのが賢明だよ。ハロウィンの夜は怖いからね」
ドロシーは心底嬉しそうに言う。
(くっ……! 悔しいけど、やっぱり可愛いな)
ドロシーの笑顔を見てスコットは顔を赤くする。
普段は意識しないように努めていたが、その妖精の如き美貌は心を惑わすには充分過ぎるものだ。
「此処じゃ冷えるでしょ? リビングに来なさいよ、温かい紅茶とお菓子が待ってるよ」
ドロシーはスコットの腕を抱き寄せる。
「うぐっ!?」
この生意気なバストが一番の脅威であった。
特に今日はたわわな胸元が覗く刺激的な魔女っ子風ドレス。
ブラジャーを着けているのかも怪しいその胸はいつもよりも自己主張が激しくとにかく揺れる。
「? どうかしたの?」
そしてこの態とらしい上目遣いのキョトン顔。
「ごふぅっ!」
普段のドロシーならまず見せないであろう破壊力抜群の悩殺甘えたフェイスにスコットは喀血。
精神と理性を司る何処かに多大なダメージを受ける。
「な、何でもないです!」
「ふーん? ねぇ、スコッツ君……ちょっと顔が赤くなってない?」
「なってません! どちらかと言うと社長の方が赤いですよ! 熱でもあるんじゃないですか!?」
「うーん、そうかもね……」
ドロシーはスコットの肩に凭れ掛かる。
本格的に様子がおかしくなってきた彼女を連れてスコットはリビングに戻る。
「ふふ、おかえりなさい。温かい紅茶は如何?」
『待ち侘びていたわ』とでも言いたげなルナが二人を迎える。
「お、お願いします」
「僕の紅茶もお願いね」
「ふふふ、わかっているわ」
「……」
ニックはそんな彼女達を見つめながら目を光らせる。
「……スコット君、その、大変言いにくい事なんだが……今の彼女達は」
「……わかってます。ええ、わかってますとも」
既に二人の異常を察しているスコットは切なげに笑った。
ニックの視界に映るドロシーとルナには赤いパネルで【Danger】と表示され、怪しげなピンク色の棒グラフが荒ぶっている。
二人の関心値を視覚化したマークはスコットに槍の如く突き刺さり、その心拍数+αも正常値を大幅に上回っている……
(まずい……このままではスコット君が二人に襲われる!)
ニックは何とかスコットを救おうと思案を巡らせる。
「あ、そうそう。二人は知ってますか?」
「なーに?」
「何かしら」
「ニックさんはヘルメットみたいに頭に被る事が出来るんですよ」
「えっ」
自分を助けようとしてくれていたニックの気持ちなど知る由もないスコットは机の上で鎮座する彼を拾い上げる。
(……すみません、ニックさん。俺が今日を生き延びるにはこうするしかないんです!)
「な、何を!?」
「へー、そうなの? 少し被ってみてよ」
「あら、本当にニック君はヘルメットだったのね。被ったらどうなるの?」
「二人共気になりますよね! じゃあ実際に被ってみますね!!」
「ま、待て! やめろ、やめるんだ! スコット君!!」
スコットは必死に制止するニックを無視して彼を装着……
(……後はお願いします。ニックさん)
今宵の全責任をニックに擦り付ける最悪の暴挙に出た。
『スコットくぅぅーん!?』
「わー、似合うじゃない! ハロウィンぽいよ!」
「ええ、そうね。ハロウィンらしいわ」
「はははー、そうでしょそうでしょ」
『早く外せ! でないと君は……はっ!!』
ここでニックはスコットの狙いに気づく。
(やったな……スコット君!!)
スコットの狙い……それは態とニックに肉体の主導権を明け渡し、自分は深い眠りの世界に逃げ込む事。
もしこのまま二人に襲われても身体の感覚は殆どニックにあるのでスコットの精神だけは傷つかずに済む。
『君って奴は……!』
「すみません、後は頼みます……」
『ぐぬぬぬぬぬぬっ!!』
ニックはスコットの身体を操って何とか自分を外そうとするが外せない。
『ぬわーっ!』
「……」
「あれ、少し様子がおかしいね」
「どうかしたのかしら」
『ぐぬわーっ!!』
既にスコットの意識は沈黙。スコットの肉体を得てしまったニックは頭を抑えながら激しく身体を揺すり続ける。
「スコッツくんー?」
『ぬわっ!?』
「どうしたの? ちょっと変だよ?」
『い、いやその……!』
心配したドロシーが彼に抱きつく。
(ま、まずい! まずいまずい! これはまずいぞ……!!)
まるで自分に抱き着かれているような感覚。
ニックはスコットの身体越しに伝える柔らかい感触に赤面し、益々パニックに陥る。
『ううっ! 頼むからそんなに抱き着かないでくれ!』
「あれ、さっきからニック君の声しか聞こえないんだけどスコッツ君はどうなってるの?」
『……実は私を装着した相手は身体を操られてしまうのだ。その意識も眠ってしまって……』
「あー、なるほどね。道理でおかしいと思った」
ニックの話を聞いてドロシーはパッと彼から離れる。
「……取れないの?」
『……うむ。私の意思ではどうにも出来ない……申し訳ないが』
「いいよ、気にしないで。ニック君は悪くないから」
ドロシーはルナと顔を合わせ、二人で何かを企んでいるかのような意味深な笑みを浮かべる。
「皆様、夕食のご用意が出来ましたわよー」
「はーい。それじゃあ、行こうかニック君」
『だ、だがスコット君が』
「ふふふ、そこは心配しないで。彼の分までディナーを楽しみなさい?」
『い、いいのか?』
「ええ、沢山食べてね?」
ルナはニックの頬に触れてくすりと微笑む。
彼女の蠱惑的な微笑にニックの胸が高鳴ったが、同時に得体の知れない悪寒に身震いする。
「ふふふ、安心して? スコッツ君には後でたっぷりとお仕置きしてあげるから」
ドロシーはそんなニックの腕に抱きつき、満面の笑みを浮かべながら言った。