18
「スコッツくーん? 一緒にお菓子食べようよー」
「ひいッ!?」
ドロシーは猫撫で声でスコットを呼ぶ。
日が暮れる前とは明らかに違う声色。普段の彼女とはまるで異なる誘っているような声にスコットは総毛立つ。
「それではスコット様……ご武運を」
老執事は彼の健闘を祈りながら夕食の準備に戻る。
「うぐぐ、付き合ってられるかぁ!」
スコットは急ぎキッチンを出て玄関に向かい、このまま家を飛び出して逃亡を図ろうとしたが……
「……ああっ、クソァ!!」
彼を家から逃すまいと触れれば即死の赤黒い茨が玄関ドアをびっしりと覆っていた。
「いや、落ち着け……! 触ったら死ぬなんてデタラメだ! そんな恐ろしい物がある訳が」
「うふふ、止めておきなさい。その茨に触ると本当に死んでしまいますわよ?」
「ふおおっ!?」
悪魔の腕で茨ごとブチ抜こうとしたスコットを背後からマリアが呼び止める。
「無茶なことはしないで。貴方が死ぬとお嬢様が悲しみますわ」
「で、でも、俺は早く部屋に帰りたいんですよ!」
「あら、どうして? もうすぐ夕飯ですわよ? 折角のハロウィンなのに、寂しいお部屋に帰ってしまうの??」
「だって社長が……! 今日の社長達は病気でおかしくなってるって言うじゃないですか! この家に居たら」
身近に迫る貞操の危機に焦燥するスコットの肩をマリアは優しくポンと叩く。
「ふふふ、お気になさらず。今夜のお嬢様達は何をされても覚えていませんから、貴方の好きなようにしていただいても全然オッケーですわ」
「オッケーじゃねぇよぉぉぉ!?」
ハロウィン限定の明るく朗らかな笑顔でとんでもない事を言うメイドにスコットは突っかかった。
「アンタ、メイドだろぉ!? お嬢様の純潔を何だと思ってんだ!!」
「うふふー、100年以上も純潔を貫かれると逆に痛々しいですのよ。このままでは行き遅れるどころの話では無くなってしまうので、私としてはそろそろ素敵な殿方と」
「涼しい顔で何てこと言うの!?」
「それにお嬢様は貴方が好きなのよ。好きだからああなってしまったのよ?」
マリアはスコットの頬を指先でつつきながら言った。
「……は?」
「あら、ひょっと気づいてなかったの? 随分と鈍感なボウヤですこと」
「え、いや……いやいや! 社長が!? 俺を!? いやいや、ありえないですよ! そんな……っ!!」
「思い当たる節は幾らでもあるでしょう?」
スコットを煽るようにくすくすと笑いながらマリアはキッチンへと向かう。
「……えっ」
スコットの思考は停止し、彼の脳内では緊急会議が開かれる……
『……はい、ここで今までの社長の行動を振り返りたいと思います』
スコットAはリモコンを押して【memory】と書きなぐった黄色いテープが貼られたプロジェクターを起動すし、真っ暗な空間に映像を映し出す。
『うーん、いつ見てもひでぇよな』
『うわぁ……』
『うーむ、これは……』
白いソファーに座るスコットB、スコットC、スコットDが投影された数々の記憶映像を見て頭を抱える。
『……』
そしてその背後では青い悪魔が体育座りしながら彼らを観察していた。
『はい、此処まで見てどう思いますか。今までの社長の行動を見て、俺に好意を抱いていると思えますか?』
『100%無いと思います』
『嫌がらせ10割だと思うよ』
『いや、これもう確実に惚れてるよね』
D以外のスコットはドロシーの好意を全否定。
因みにスコットAも気に入られているとは感じているが、恋愛感情の類は無いと思っている。
『いやいや、それはねえよ! 惚れられても困るし!!』
『社長の行動を思い出せよ! 惚れた相手にあんな事しないだろ! トラウマを全力で抉りに来てるじゃん!!』
『いや、あれは好きだからこそだよ! あの顔を見ろよ! 完全に惚れてる顔だよ!?』
スコットの脳内で白熱する議論。
傍観者を決め込むスコットAは映し出されるドロシーのあざとい顔と笑顔を見て目を逸らし、悪魔は苛立っているかのようにゆらゆらと頭を揺らしている。
『おい、悪魔! お前はどう思う!?』
『無いよね! ありえないよね!? そもそも惚れられても損しかしないからね!』
『いやもうここは正直に受け止めるべきだよ! その上で断るのが男ってもんだろ!?』
『あー、ちなみにルナさんも変な病気にかかってるわけだが。彼女の行動も振り返ってみるか?』
ここで青い悪魔はすくっと立ち上がり……
『な、何だよ、おぶぇっ!!』
『ま、待て! 冷静に考えろ! 社長、はぼぇっ!!』
『え! いや、俺は社長可愛いと思うよ!? それはそれとして、ぐがああっ!!』
スコットA以外のスコットを撲殺し、悪魔はじっとAの顔を見つめる。
『……』
『いや、俺は社長とルナさんのどっちかを選べと言われるとルn』
最後にスコットAの顔面をパンチで破壊。強制的に脳内会議を終了させた悪魔がのしのしと部屋を出る……
「……やるしか、無いのか……!?」
思考再開したスコットは玄関前でガックリと膝を付き、ドロシーと社長が待つリビングの方を振り向く。
「……ッ! な、何だ?」
急に激しくなる鼓動。スコットの背中からはいつの間にか悪魔の腕が現れ、彼の肩を強めに叩く。
「あ、悪魔! 何でお前が……!?」
悪魔はリビングを指差した後に浴室、寝室の順に指し示し、パンパンパンパンと煽り気味に両手を叩く。最後に力強くサムズ・アップし、『やっちまえよ、ブラザー』とでも言いたげな悪魔の凛々しい親指にスコットは衝撃を受けた。
「……まさか、お前に応援される日が来るとはな」
悪魔の鼓舞で覚悟を決めたスコットは立ち上がり、スゥッと大きく息を吸う。
「よし、まずは酒だ。酒を飲もう」
とある夜の一件以降、固く心に刻んだ禁酒の誓いを再び破る。
こうなったらやぶれかぶれの蛮勇と勢いに身を任せ、後は酒とハロウィンに責任転嫁するしか無い。
「……はっ! いや、いやいや待て……待てよ!!」
……だが此処でスコットの脳裏に電流が走る。
とある苦い経験から捻り出した秘策に彼は勝利を確信した。
「ありがとうございます、ニックさん。貴方のお陰で生き残れそうです……!!」