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〈滅ぶべし、滅ぶべし、滅ぶべし!〉
黒い魔人は両手から怪光線を放ちながら同じ言葉を繰り返す。その姿に知性の類はまるで感じられない。
「……ま、街が……!」
「くそっ、あの野郎! 好き勝手にぶっ壊しやがって……!!」
破壊されていく13番街区の様子をまざまざと見せつけられ、警部達は悔しげに魔人を睨む。
「一応確認しておくが、異常管理局に連絡は入れたか?」
「三回くらい入れましたよ! でも全然来る気配ないですよ!?」
「やっぱり13番街区の騒動は後回しになるか……くそっ! わかってはいたが腹が立つな!!」
「何で!? 異常管理局ってこの街の秩序とか何とかを守る為の組織でしょ!」
「13番街区は別だ。管理局でも手を焼く奴らがウジャウジャ居る上に、異界関連のトラブルが異常に多いからな……」
アレックス警部は心底うんざりしているような口調で言う。
「……そんなにヤバいんですか、13番街区は」
「控えめに言っても地獄の一丁目だよ、リンボ・シティの中でもブッチギリの魔境だ」
「じゃあどうしてそんなところに来ちゃったんですか!?」
「俺達は警察だぞ! 通報されたら行くしかないだろ、警察なんだから!!」
カァオ、カァオ、カァオ
ズドドドドド、ドドドドドッ
破壊されていく街をバックにアレックス警部が発した誇り高い言葉にリュークは沈黙する。
そして何故に転勤直後に遺書の用意を勧められたのかを理解した。
「じゃあ、アレですか? ひょっとして俺たちはもう」
「……いや、まだ大丈夫だ」
「いえ、もう覚悟は出来てますから。ハッキリ言ってください、遺書の出番ですね? わかってますよ!」
リュークが声を荒げた瞬間、彼らの頭上を白い光弾が突き抜けていった。
〈滅ぶべ……ッ!?〉
放たれた光弾は魔人に命中し、白く発光する紋章を浮かび上がらせる。
キュドッ────ゴオオオオオオオン
そして紋章が眩く発光したかと思えば、けたたましい爆発音と共に魔人の身体が爆炎に包まれた。
〈グオオオオオオオッ!?〉
宙に浮いていた魔人は爆炎に巻かれながら落下する。
「……え?」
「ようやく来たか、あの性悪魔女め!」
「え、今の、え? 何ですか、今のは」
「決まってるだろ、魔法だよ……あの憎たらしい魔女が撃ったクソッタレな魔法だ!」
呆気にとられるリュークの肩を強く叩き、アレックス警部はある方向を指差す。
「あっ、あれは……!」
指し示す先には猛スピードで道路を直進してくる黒塗りの高級車……その窓から身を乗り出して白銀の魔法杖を構えるのは、アンテナのような癖毛を揺らす金髪の少女。
「命中。お見事です、社長」
「お世辞はいいわ、アーサー」
「……な、何だ!? 一体、何をしたんですか!!?」
「何って、友達を助けたのよ。それと調子に乗ってる馬鹿にご挨拶」
ドロシーは窓から乗り出していた身体を車内に戻し、杖先から燻る白い硝煙を吹き消す。
「そ、そうじゃなくてですね!」
「ああ、君は魔法を見るのは初めてなのね。今のは攻撃魔法の一種よ、相手に命中すれば大爆発するの」
「社長は魔法使いだったんですか!?」
「ごめんね、言い忘れてた。でもこれで説明の手間は省けたでしょ?」
スコットはドロシーが笑顔で発した言葉にゾッとする。
先日にもジェイムスという魔法使いにあっさりと無力化されたが、彼女が使った魔法はジェイムスのものとは比べ物にならないほど凶悪だった。
(……何だよ、この子は……化け物ってレベルじゃないぞ……!)
ドロシーが挨拶代わりに放った1発の魔法で、スコットは彼女の底知れない実力を怖気立つほどに実感した。
「アーサー、警部たちの隣で止めて」
「かしこまりました」
車はアレックス警部の近くに停められる。
ドロシーは車のドアを開けてスタッと降りると、にこやかな笑顔で警部に話しかけた。
「ハーイ、警部。今日も大変そうだねー」
「き、君は昨日の」
「大変そうじゃねえよ! 今日も死にかけたよ! 見ろよこの惨状を!!」
「ごめんねー、これでも急いで来たんだけどね。でも警部が無事で良かったよー」
魔人に破壊された13番街区の建物群を見てもドロシーは特に気にしている様子は無く、にこやかな笑顔で警部の無事を喜んでいた。
壊された建物や微かに聞こえる苦しそうなうめき声、そしてまっ黒焦げになって地面に斃れる魔人はまるで彼女の眼中にないようだ。
「そのムカつく顔を! やめろ! ぶっ叩くぞ!?」
「何でよ、助けてあげたのに。本当に怒りん坊ねー……まぁ、確かにちょっと建物が壊されて13番街区がスッキリしちゃったけどこれは僕が悪いんじゃないよ。あの黒焦げになった馬鹿の所為よ」
「こいつは……!」
「あ、あの警部……落ち着いてください!」
「落ち着けるか!!」
よほどドロシーの笑顔と態度が癇に障るのか、強面ながらも普段は温厚なアレックス警部も鬼の形相で殴りかかろうとしていた。
リュークは慌てて警部を抑えるが、当のドロシーはそんな怒り心頭の警部に涼しい顔で話しかける。
「そうそう、聞いてよアレックスちゃん」
「ちゃんを付けるな! 引っ叩くぞ!?」
「僕の会社に新しい子が来てくれたのよ! スコッチ君て言うんだけどね! いやー、中々に素敵な新人君で……スコッチくーん! ちょっと出てきてー!!」
ドロシーは嬉しそうに手を振りながら車内に残るスコットを呼ぶ。
「ねー、スコッツくーん!」
車に残るスコットは笑顔で間違えた名前を連呼する彼女の姿に頭を抱えた。
「呼ばれてますぞ、スコット君」
「……行かなきゃ駄目ですか?」
「貴方は何をしにここまで来たのですか? 見学ですか? それとも観光ですかな?」
老執事の鋭い指摘に背中を押されてスコットは渋々車を降りる。
「見てよ、警部ー。彼がスコッツ君よ」
「……どうも、スコットです」
「君は、スコットでいいのか?」
「はい、スコットです。スコッツでもスコッチでもスキャットでもありません」
「どう? 期待できそうでしょ。我が社自慢の新入りだよ」
「あ、あの社長……自慢にされる程じゃないですよ。ていうか俺はまだ何もしてないですし……」
警部はスコットの姿をジッと見つめた後で彼に歩み寄り、その肩を思い切りガシッと掴む。
「え……な、何ですか!?」
「……スコット、悪いことは言わない。今すぐこの魔女に辞表を渡して逃げろ! あの魔女と一緒にいると死ぬぞ!!」
そして、彼の身を本気で案じているかのような迫真の表情で言った。
紅茶を飲む上で気をつけたいのは温度です。当然ですが、熱すぎる紅茶は悲しみしか生みません。お気をつけて。