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お気に入りの飲み物と一緒に楽しんでいただければ光栄です。
誓暦1928年。イギリス、ロンドン市上空に突如出現した巨大な【異界門】は世界を一変させた。
ロンドンを覆い尽くす程の黒い丸穴の影響で都市機能が修復不可能になる程の大規模災害が発生し、謎の通信を最後に連絡が途絶。
『空の中から、空の中から何か……何かが!!』
その報告を最後に、イギリス国会議事堂を中心とした約2,000km²にも及ぶ広大な一帯が地図から消滅した。
ヨーロッパ域最大の都市がそこに暮らしていた住民ごと、この世界から永遠に失われてしまったのだ。
「た、隊長……! これは……」
「おい、一体どうなってる……俺は、俺たちは夢を見ているのか?」
……その翌日、現地の状況を再度確認しに向かった国連調査隊は目を疑う光景を目にする。
「あの街は……昨日、この世界から消えて無くなった筈だろ?」
未曾有の大災害によって消滅した筈の都市が、その場所に再び現れたのである。
しかし外界を拒絶するかのように街を囲う巨大な水晶の壁はこちらからのいかなる干渉を受け付けない。
空から壁を越えようとしても謎の気流の乱れによってそれは叶わず、海や陸からの接触は壁によって阻まれる。
再びこの世界に姿を現したその街は、皆の知るロンドンとは似て非なるものであったのだ。
だが、異変はそれだけでは終わらなかった。
「くそ、頭がどうにかなりそうだ。一体、何なんだあの壁は……」
「隊長! 空、空に……!」
「空がどうした……雲ひとつ無い晴天じゃないか。ジョナサン……俺の気を紛らわせようとしてくれているのなら嬉しいが今は」
「空に、穴が……!!」
「……は?」
やがて【異界交喚祭】と呼ばれる事になる……全世界で同時多発的に発生した黒い穴による世界規模の大災害は、この街の出現と同時に始まったのだ。
場所や時間を問わず開く黒穴から既存の動物から大きく逸脱した未知の生物や、科学では説明も付かない不思議な現象を引き起こす異常な物体、果ては未知の言語や技術を扱う人間といった【異物】が次々と現れ、世界中が大混乱に陥った。
勇気ある若者が放った銃弾を切欠に一つの国が滅び、草原に現れた一匹の小動物が在来種を駆逐し、沸騰するお湯の中に落下したナニカが原因で村一つが煮立ったシチューの具と化す……
そのような異常事態が、この世界の至る所で一斉に引き起こされた。
『ようやく理解出来た。我々が今まで見聞きし、父母に教わり、子供にまで教えていた常識は全て質の悪い冗談だったのだ』
『私は今まで人は神に愛されていると思っていた。だが、それが間違いだった』
『我々は今、長く続いた人類の歴史で初めて心を一つにしている。さぁ、皆で叫ぼう。ジーザス・クライスト』
狂乱怒涛の時代の生き証人となった当時の高名な学者達は、口を揃えてそう言った。
世界の権力者達が一堂に会し、何度目かの緊急会議を開こうとしていた時に何処かから連絡が届く。
彼らが集う会議室に何の兆候もなく現れた薄い鏡のような謎の物体……そこに映し出されるのは人間離れした白い長髪と、青い瞳を持つ少女。
「な、何だ!?」
「何が起きている! これは幻か!? それとも……」
『……こほん』
驚く彼らの前で咳払いをし、少女は透き通るような凛とした声で言う。
『お初にお目にかかります、この世界の皆様。この混乱につきましては、こちら側にとっても想定外の事態でありますので……この様な形での接触をお許しください』
「き、君は……」
『まず最初にお伝えしておきます。皆様を悩ませる異界に繋がる黒き穴……異界門は我々が意図して発生させたものではありません。そして我々は皆様に危害を与えるつもりも一切御座いません』
「君は一体誰だ!? この世界で何が、何が起きているんだ! 我々はこれからどうなってしまうんだ!!?」
『それは皆様次第です。私は皆様がとても聡明でお話が通じる偉大なリーダーの集いだと信じております。私の話が終わるまでご静聴頂ける心の余裕もある筈ですし、そうあってくれると確信して迷惑を承知で会議の最中にお邪魔致しました』
「……」
少女は彼らに対する 心からの尊敬 とも 最大級の皮肉 とも取れる長台詞で黙らせる。
そして再び咳払いをした後、沈黙する偉大なリーダー達の前で自己紹介をした。
『……自己紹介が遅れました、私の名前はロザリンド。皆様の住む世界とは異なる世界の住人……魔法使いです』
これがこの世界の人間と向こう側の世界の人間との最初の会話であり、魔法使いを始めとする異能を操る異能力者 そして異世界の住人たる異人種との交流の切欠となる歴史的瞬間だった。
……それから時は過ぎて100年後、誓暦2028年。
ロンドンと入れ替わるように出現した面積1,873km²の異界はいつしか【リンボ・シティ】と名付けられ、世界情勢を大きく左右する世界都市にまで成長していた。
かつては外界からの接触を拒絶する為にあったと思われていた水晶の壁も今や観光名所だ。
「ねぇー、ママー! あれ見てー! おっきなお魚が空を飛んでるー!!」
「あらやだ、凄ーい! パパ、ちゃんとカメラ回してくれてる!? 凄いわよ、アレ!」
「はっはっは、凄いな! まるで夢の国のようだ!!」
その非常識な街を一目見ようと、今日もこの仲良し家族を始めとする多くの観光客を乗せて多くのクルーズ客船が壁の近くに往来している。
少々値段は張るが、一般人でもリンボ・シティで観光を楽しむ事は十分に可能だ。勿論、あの街に移住する事も。
ただしあの街に足を踏み入れる前に、三つほど留意すべき点がある。
一つ、あの街は正真正銘の異世界であるという事。
二つ、あの街でどんなトラブルに巻き込まれようと全て 自己責任 だという事。
三つ、あの街ではどんな理由があろうとも 小柄な金髪女性 は眼鏡をかけてはならないという事だ。
ちなみに私がオススメする飲み物は紅茶です。