15
「ん、終わったのね。ありがとう、友達を助けてくれて」
ブリジットから連絡を受け取ったドロシーはホッと一息付く。
「やっぱり真剣モードのブリちゃんは頼りになるわね」
「だ、大丈夫だったんですか!?」
「うん、アトリちゃんも助かってタクロー君達も正気に戻ったみたいよ」
「良かった……」
玄関前で待機していたスコットも安心してリビングに戻る。
「ひょっとしてブリちゃんが返り討ちにあうなんて思ってないよね?」
「えっ、そ、そんな事はないですよ!」
「本気になったブリちゃんは凄いのよ。僕があの子に単独行動を許す理由もこれでよくわかったでしょ?」
彼女一人に任せて大丈夫だろうかと密かに心配していたスコットにドロシーは言った。
何かと不憫な目に遭ったり、毎回のように悪漢に襲われそうになるブリジット。
しかしその実力はウォルターズ・ストレンジハウスの一員を名乗るに相応しいものであり、一度剣を抜き放てば彼女が 邪悪な存在 と認識した相手は瞬く間に切り捨てられる。
まともに戦って勝てるような人物はこのリンボ・シティでも本当に一握りしかいないと断言出来る程の戦闘力の持ち主だ。
「……」
「まぁ、戦闘以外が駄目駄目なのは事実だけどね。物凄い方向音痴だし、すぐ騙されちゃうし、話が通じない時も結構あるし」
「美人なのに本人にその自覚がないのも困りものね。恥じらいというものがないから……」
「うふふ、ブリジットさんは女としては非常に残念な部類だと思いますわ」
「やっぱり一人にしちゃ駄目な人じゃないですか!」
だが、それと匹敵するレベルで女として残念な部分が多すぎるのだ。
「とりあえずアトリちゃん達は助かったし、めでたしめでたしという事にしておきましょう」
ドロシーはパンパンと手を叩く。
彼女の隣にはさり気なく乗り物鞄が準備され、口では信頼している風に言いつつも何だかんだで心配だったようだ。
「……まぁ、社長がそう言うなら」
「あ、もう5時過ぎね。そろそろE型が本気を出してくる時間だね」
「そうね、街は盛り上がってるんじゃないかしら」
「そういえば夜になってからがヤバいんでしたっけ?」
気がつけば現在の時刻は夕方5時20分。日が暮れかかり、E型ハロウィン病人が活性化する時間だ。
「アーサー、ちょっとテレビを点けてみて」
「かしこまりました、お嬢様」
アーサーは胸元から小型リモコンを取り出してテレビの電源を入れる。
『ええ、こちらリンボ・シティ4番街区です! 日も暮れて街の様子が』
『ハッピーハロウィーン!』
『イェアアアアアアー!!』
『ご、ご覧の通りです! 皆さんは出来るだけ外出は控えて』
『ハロウィンは最高よーっ! わはーい!!』
『ひゃあっ! ちょ、ちょっと放して! やめてーっ!!』
『アナタもレッツハロウィーン!!』
大型テレビに映し出されるのはハロウィンに飲まれた住民達の狂宴。
お菓子ゾンビとはまた違う狂気じみたテンションでわいわいと騒ぎ回る仮装した者達。
哀れなテレビリポーターはハロウィンの使者たちに捕まって服を脱がされ、何処からか取り出した衣装に着替えさせられる。
『まぁ、何て素敵なハロウィン! 素敵だわ!』
『さぁさぁ、おいで! ハロウィンはこれからよー!!』
『わはーい!!』
「あれがE型。この楽しみを他の人にも知ってもらおうと、本人の意思に関係なく相手を勝手に仮装させたり見ず知らずのパーティに参加させたりしちゃうんだよ」
「……面倒くせぇ」
「彼女みたいに ハロウィン精神 が足りないと思われたらハロウィンが楽しめるようになるまで連れ去られて 再教育 されちゃうの。可哀想に……彼女はもうハロウィンから逃げられないわね」
「……どういうことだよ」
E型ハロウィン病人。それはお菓子ゾンビと化してお菓子やハロウィン仲間を求めて徘徊するG型やハロウィンを楽しむ輩に攻撃的になるJ型とは異なり、本人の意思や能力はそのままに熱狂的ハロウィン精神に飲み込まれて病的なまでにハロウィンを満喫する遊び人と化した者達。
ワクチンを摂取すれば回復するG型とは違って回復手段が無い上に、ハロウィンが終わるまで元に戻らない。
ハロウィンを楽しんでいれば仲間だと判断されて狂宴に巻き込まれ、楽しんでいなければ楽しめるようになるまで再教育。
二桁区に蔓延るG型やJ型とは別ベクトルで恐ろしい者達だ。
『おらぁ、お前もこっち来いよぉ! パーティしようぜー!!』
『いらっしゃーい! 見てよ、このパンプキンケーキ! 美味しそうでしょー!!』
『ちょ、ちょっと放せ! やめろ! グアアアーッ!!』
────ブツン!
ついにカメラマンも捕まって画面は暗転する。
「……」
「あーあ、やられちゃったね」
「上空から撮影するべきだったわね」
「はっはっ、今年も盛り上がっていますな」
「うふふふ、本当ですわねぇ」
「ひょっとして朝まであの調子なんですか……?」
「そうだよ、朝までずっとあんな感じ。今日だけは二桁区よりも1、2番街区以外の一桁区の方が大変なことになるのよね」
スコットは頭を抱える。ニックもこの街の恐ろしさを再確認し、カタカタと震え上がった。
「……ひょっとしてクリスマスも」
「クリスマスは普通よ。盛り上がるけどね」
「この街がおかしくなるのはハロウィンの日だけなの。ふふふ、どうしてかしら……」
ルナはそっとスコットに寄り添ってその手を握る。
「ひょっとすると……本当にお化けが皆に取り憑いて悪さをしているのかもしれないわね」
「へ、へぇ、そうなんですかー……」
「……有り得そうだね」
それを見たドロシーはニックをソファーに置いてスコットの隣に移動。
「な、何ですか? 二人共……!?」
「ふふふ、気にしないで」
「そうだよ、気にしないでスコッツ君」
「いや、その……」
何処か様子がおかしいルナとドロシーに嫌な予感を覚え、スコットは立ち上がろうとしたが……
「「気にしないで」」
二人は彼を逃すまいと抱きつく。彼の嫌な予感は更に加速し、涙目になりながら老執事にアイコンタクトで助けを求める。
「はっはっ、今から寝室を開けてきましょうか?」
……老執事は彼のヘルプコールに最悪の形で応えた。