表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻騒のカルネヴァーレ ~Carnevale of Phantasm~  作者: 武石まいたけ
chapter.9 「悪戯か、イタズラか?」
197/542

14

「……うーん、これは酷いな」


 総本部から『13番街区で異界門の反応が確認された』との連絡を受けて駆けつけたジェイムスは、真っ二つに切り裂かれた巨大な猿の死骸を発見した。


「……うわぁ」

「……恐らくコイツが今回の異界門(ゲイト)から出てきた異世界種(ファンタズマ)でしょうね。酷い有様ですが」

「夢に出そうだ……」


 何処か満足気な顔で事切れる双頭の猿の右頭部には黒い帽子が被せられ、ハロウィン病人が用意したと思しきお菓子袋が持たされている。


「やっぱり13番街区ヤバいよ……」


 ロイドは見るも無惨な魔猿の姿を見て呟く。

 まだ経験の浅い新人が発したあまりにも的確な一言に他の職員達も無意識に頷いた。


「さて、お菓子ゾンビ共が来る前にさっさとこの死体を持って帰るぞ」

「了解です」

「お菓子だァー! お菓子を寄越せぇー!!」

「うわぁ、出た!」

「……仕方ない、支給されたお菓子をばら蒔いとけ。薬入りだから食べた奴は元に戻る」

「おらぁ、お菓子だ! 食っとけー!!」


 職員の一人が放り投げたお菓子にお菓子ゾンビ達が群がる。


「うまーい!」

「あまーい!」

「……本当にハロウィン病は恐ろしいですね」

「確かにG型は見た目は恐ろしいが、ハロウィン楽しんでたら襲ってこないからまだ優しい部類だよ。本気で襲いかかってくるJ型とか、夜になったら本気出すE型とかH()()の方が厄介だ」

「え、H型? 何ですかそれは」


 聞き慣れないH型の名前が出され、ロイドはジェイムスに聞く。


「あー……すまん、なんでもない。聞かなかったことにしてくれ。さぁ、早くコイツをデカブツ用の転移台(テレポーター)に持っていくぞ!」


 ジェイムスはロイドから顔を逸らして話をはぐらかす。


「はい、あっ……!」

「どうした?」

「……今日は空間が不安定なので近くの転移台(テレポーター)が使用できません。4番街区まで行かないと」

「……そういえばそうだったね」


 街中に異世界の怪物が現れるとその対処に神経を削られ、街中で暴れる前に怪物が倒されてもその処理に四苦八苦する。

 異世界の怪物が現れなくても街はハロウィン病人で溢れている。


 異常管理局にとってハロウィンとは兎にも角にも面倒くさい一日なのだ……



 ◇◇◇◇



「うーん、あっ……はっ!?」


 場所は変わって喫茶店 ビッグバード。薬入りお菓子の効果でタクロウが目を覚ます。


「ああっ、タクロウさん!」

「あ、アトリさん!? お、俺は一体……」

「あぁぁっ、あなたぁぁぁー!!」


 喜びのあまりアトリは愛する夫に抱きつく。


 ブリジットが持参したお菓子のお陰で危機を脱した常連達は感動の光景に涙ぐんでいた。


「……本当にお菓子を食べただけで戻れるんだな。唯のお守り代わりだと思っていたのだが」


 薬入りお菓子の効力を目の当たりにしてブリジットも少し感動する。


「ううっ、アンタのお陰で助かったよ! 本当にありがとう!!」

「ありがとう、ありがとう!」

「礼ならアトリに言ってくれ。彼女の連絡がなければ私はお前達の危機に気付きもしなかった」

「それでもお礼を言わせてくれ……! ありがとう、そして()()()()()()!!」


 正気に戻ったジャックとニコルが彼女のボンテージ姿を拝みながら頭を下げる。


「うっ、うううっ……!」

「……アトリさん。ひょっとして、俺……」

「いいの……もういいんです! あなたが元に戻ってくれたなら、それで……!!」

「……」


 タクロウはアトリをギュッと抱きしめてブリジットを見つめ……


「……ありがとうよ、騎士さん。アンタが来てくれて助かったよ、本当に。ありがとう」


 その瞳に涙のような青い光を灯しながら、彼女に心から感謝の言葉を伝えた。


「気にするな、私は騎士として当然の務めを果たしたまで。感謝される程の事でもない」


 ブリジットは口ではそう言いつつも、表情からは満足気な笑みが零れていた。


「でも、その格好はやめろ。目に毒だから」

「むぅ、そうか? 動きやすくて気に入っているのだが……新しいバイト先の正装なんだぞ?」


 三馬鹿以外の常連客は色々とはち切れそうな悩殺ボンテージ姿を堂々と見せつける彼女に内心ドン引きしていたが、敢えて口には出さなかった。


「念の為、予備のお菓子も置いていこう。私はバイトに戻る」

「本当にありがとうございます! ブリジットさんが来てくれなかったら、私は……」

「いいや、私は少し手助けをしただけだ。彼らを救ったのは私ではなく貴女だ」

「えっ」

「自分の身を顧みずに彼らの為に尽力した。この最良の結果は、貴女の勇気ある行動が齎したものだ」


 ブリジットは涙ながらにお礼を言うアトリの頬に触れながら尊敬の念を込めて言う。


「……その高潔な精神と勇敢さに心からの敬意を表します。どうか素敵なハロウィンを」


 アトリの奮闘を称賛しながら頭を下げ、ブリジットは颯爽と店を出ていく。


「……ブリジットさん……!」


 アトリは凛々しい女騎士の姿が見えなくなるまで、感涙に咽びながら立ち尽くしていた……。


「……ああ、そうだ。ジャック……少し頼みがある」

「え、何だよ? 店長……」

「俺を殴ってくれ!!」


 そして感動する妻の隣でタクロウは真顔で叫んだ。


「ナンデ!?」

「どうしたんだよ、店長!?」

「ううっ、アトリさんの目の前でゾンビ化したなんて……旦那として失格だぁ! 頼む、俺を本気でぶちのめしてくれ! 耐えられない!!」

「いやいや、意味分かんないよ! アレは不可抗力で……」

「そもそも悪いのはこのジャックだから!!」


 リッチーの発言で一件落着ムードだった店内の空気が一変した。


「……」

「……そういえば、そうだよね?」

「うん、大体コイツが悪いよね」

「大体っていうか、コイツが元凶というか」

「……あ、えーと……んーと……」


 有耶無耶になりそうだったが、ビッグバードがゾンビの巣窟と化したのはジャックがハロウィン病にかかった所為だ。

 ハロウィン病にかかったのが常連の彼でなければここまで事態は悪化しなかったし、アトリもあんな恐ろしい目に遭わずに済んだのだから。


「……」

「あ、えっと……えっと! 待って! 俺も何でハロウィン病にかかったのかわからなくて……! ていうか、家を出てからの記憶が本当に曖昧で!!」

「……ジャック」

「ああああっ! ご、ごめんなさい! ごめんなさい!!」

「はっ、別に怒ってねえよ」

「あっ……」


 だがタクロウはジャックを責めずにそっとアトリを抱き寄せる。


「その代わり店の掃除をよろしくな? それとここに居る全員の食事代を肩代わりしろ」


 そしてアトリの頬にキスをして、意地悪そうな笑みを浮かべながら言った。


「もう、タクロウさんったら……」

「えっ」

「今日はそれで許してやるよ、文句は言えないな?」

「あっ、えっ、全員分!? えっ、ちょっ……」

「さーて、皆! お腹が空いただろ! 食べたいもの好きなだけ頼んでいいぞー! 全部ジャックの奢りだぁー!!」


 店内の空気はジャックへのお仕置きも兼ねた店長の言葉で再びガラリと様変わりし、ようやくビッグバードはいつもの活気を取り戻した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
楽しんで頂ければ光栄です(〃´ω`〃)旦~ もし気に入っていただけたならブクマ登録や下の評価ボタンで評価していただけると嬉しいです。 どうか紅茶薫る畜生共を宜しくお願い致します
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ