13
ヒロインはどれだけピンチになってもいい。偉大なる先駆者達が教えてくれたことです。
〈ヴォオオオオオオオッ!〉
魔猿はついに力尽きて地面に倒れ込む。
「……」
魔猿が倒れると同時にガトリングのお菓子も切れ、周囲に甘いお菓子の匂いがほわわんと充満する。
「やったぜ」
恨み辛みが籠もったお菓子地獄の前に屈した怪物を見ながら単眼の男はガッツポーズした。
「や、やっつけた……!」
「お菓子は使いきっちゃったけどな! 仕方ないよな!!」
「うん、何かもう凄いスッキリしたしな!!」
「ああっ、ありがとう! ありがとうー!!」
アトリは再び恩人のガスマスク達に抱きつく。
「はふぅうー!」
「ふわぁぁぁー!」
アトリに抱きつかれてカスマスクは魂が抜けるような声を出す。
「あ、あのっ、助けていただいたのに申し訳ないんですが……このままお店まで送っていただけますか?」
「任せろぉー!」
「おい、方向転換だ! 場所はビッグバードォ! おらぁ、早くしろ!!」
「え、あっ! 何で!?」
「いいから道を戻れコラァ! アトリちゃんがビッグバードまで送ってくれってお願いしてんだよ! 早くしろ、オラァン!!」
「ああもう! わかった、わかったって!!」
荷台のガスマスクに急かされて運転係は装甲トラックをUターンさせる。
「うおおっ、何だアイツは! あれもハロウィンの手下か!?」
砕け散ったお菓子の破片に埋もれる怪物の姿に運転係は仰天した。
「いいや、俺たちのアトリちゃんを襲ってきたクソ野郎だ。もう忘れていいぞ」
お菓子ガトリングに屈した魔猿を警戒しながら隣を横切る……
〈……ルルッ〉
だが、すれ違った瞬間に長い腕がアトリを捕らえた。
「きゃああああっ!」
「はぁっ!?」
「ちょっ、ストップ! おい、トラック停めろ! アトリちゃんがっ!!」
〈ヴォオオオオオオオオオオッ!〉
「グワアアアーッ!」
「ギャアアアーッ!」
倒されたと見せかけて好機を伺っていた魔猿は片腕でトラックを横転させ、ガスマスク達を嘲笑いながらアトリを連れ去っていった。
「いやぁぁぁぁぁーっ!!」
「ぐぅ……! アトリちゃん……!!」
「くそっ、化け物めぇ……!」
ガスマスク達は悔しそうに地面を叩く。そんな彼らに歩み寄る怪しい人影……
「騒がしいな、何かあったのか?」
「はっ!」
「お、お前は……!?」
彼らの目の前に漆黒のレザーマントをはためかせながら現れたのは、大胆に肌を露出させたボンテージ姿の痴女だった。
〈ルルルルルルゥ!〉
「ううっ……!」
魔猿に連れ去られたアトリは大きな右手に両腕を掴まれて持ち上げられる。
彼女は何とか動かせる足で抵抗するが、魔猿は全く意に介していない。
〈ヴォル、ヴォルッ! ヴォルルルルッ……!!〉
「は、放して……ああっ!」
左手で彼女の服を破り、その胸を顕にさせる。
猿は鋭い爪で彼女の柔肌をつうっとなぞりながら下卑た笑い声をあげた。
「あううっ……!」
〈ルルルルルッ! ルルルルルルルゥッ!!〉
「や、やめて……! ひゃううっ!!」
続けて胸を軽く突付く。柔らかい肌触りと弾力に興奮した猿はゲタゲタと嗤った。
「も、もうやめ……! やめて……っ!!」
〈ヴラララララッ、ララララララッ!〉
「ひぃっ……!」
魔猿は醜悪な笑みを浮かべながら舌舐めずりし、鋭い牙が生え揃った口をグパァと大きく裂かせる。
「や、やめて……っ」
〈ヴルルルッ〉
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
そしてアトリの胸に齧りつこうとした……
────ドスッ。
その瞬間、魔猿の動きがピタリと止まる。
「……タクロウさんっ……!」
〈……〉
「……?」
〈ゲヴォアッ!!〉
突然、魔猿は血を吐き出す。
吐き出された血がアトリの胸にかかり、白い肌を獣の血で真っ赤に染め上げる。
「きゃあああっ!?」
〈ヴォググッ! ゲハァッ!!〉
たまらず魔猿はアトリを手放し、背後から体を貫いた数本の青い剣先に目をやる。
〈ゴルルッ! ゴッガッ……!!〉
「……切り裂き、屠れ」
〈ヴァッ!?〉
「夢幻剣」
聞こえてくるのは凛とした女性の声。
魔猿が後ろを振り向くと、その目に映るのは淡い水色の髪をなびかせながら剣を構えて踏み込んでくる美しい剣士の姿。
「────絶刃」
青い光を纏った剣が魔猿の体を両断する。
何が起きたのかも理解できぬまま宙を舞う魔猿の目に飛び込んできたのは、こちらを挑発するように豪快に揺れる豊かな胸。
「何とか間に合ったな」
「ああ……っ、貴女は……!」
「遅くなってすまなかった。怪我はないか? アトリ」
社長の連絡を受けて駆けつけたブリジットが剣を納める。
切り飛ばされた魔猿の半身が彼女の足元に落下し、血の泡を吹きながらギョロリと目だけを動かす……
〈……ル、ルル……〉
「む、まだ息があるのか。即死出来なかったのは災難だな」
「ああああっ! ブリジットさん! ブリジットさぁん!!」
「ああ、もう大丈夫だ。私が来た以上はもう安心していい……よく頑張ったな」
「うう、うううう……!」
〈……ルッ〉
事切れる魔猿の瞳に焼き付いたのは、泣きじゃくるアトリを大きな胸で優しく包み込む女騎士の神々しい姿だった。
「で、でもどうやって此処が……!」
「アトリの悲鳴で場所を特定した。私は耳が良いんだ」
長い耳についたピアスを指で軽くピンと弾いてブリジットは自慢げに言う。
「それと妙な男達が化け物が逃げた方向を指差しながら私に言ったんだ。『アトリが怪物に襲われている』『頼む、彼女を助けてくれ』と」
「あっ、あの人たちは! 大丈夫でしたか!?」
「安心しろ、彼らも無事だ」
ホッとしたアトリは地面にへたり込む。
「良かった……」
「まずはこのハンカチで血を拭いておけ」
「えっ、あっ! ひゃあっ!!」
アトリは赤面しながらブリジットに渡されたハンカチで血を拭き取り、破れた服の端をギュッと結んで何とか胸を隠す。
「ううっ……私、タクロウさんのお嫁さんなのに……」
「それとこのマントも使ってくれ。そのままでは風邪を引いてしまうぞ」
「ううっ……ありがとう、ございます……っ」
とても人様には見せられない姿になってしまったアトリは、恥ずかしさのあまり手渡されたマントで泣き顔を覆った。
きっと悪いお猿さんも満足して死ねたでしょう。