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普段はあんな感じのあの人たちが見せるふとした素顔。紅茶ポイントが高まる素敵な瞬間だと思います。
「いやいや、お恥ずかしい所をお見せしてしまいましたな」
子供達にお菓子を配り終えた老執事は満足気な笑顔で言う。
「恥ずかしい所なんて無かったけどね」
「とても活き活きとした笑顔で素敵だったわ、アーサー」
「はっはっ、ご冗談を」
ひょっとしてこの執事は危ない人物なのではないかと勘ぐってしまったスコットは身構える。
「おや、スコット様。とてもお似合いですよ、その衣装」
「……どーも」
「お嬢様達のパートナーを名乗っても何ら違和感がありませんな」
「ふごふぅっ!?」
そんなスコットを見て老執事は笑顔で一言。スコットは咽た。
「な、何てこと言うんですか! 執事さん!?」
「正直な感想を述べたまででございますが」
「ふふん、でしょう? もう完全に仮装したカップルだよね」
「ふふふ、そうね」
「違いますからね!? カップルじゃないですから!」
「うわ、いたよ……バカップルが」
「誰がバカップルだ、コラァァー!?」
焦るスコットに声をかける金髪の男性、ハロウィン仕様の特別服に着替えたジェイムスが仮装した魔女と悪魔カップルに顔を引きつらせていた。
「あっ、ジェイムスさん!?」
「よう、スコット。楽しそうだな……」
「あ、キッド君! 見てみてー。どう? 今年の衣装は」
「知らね、興味ない」
自慢気にふふんと今年の衣装を見せびらかすドロシーを見て若干顔を赤くしながらジェイムスは一蹴した。
「もー、照れ屋さんねー」
「今日もお仕事? 大変ね、ジェイムス君」
「ああ、久し振りだな。白兎さん……て何だその格好は」
「ふふ、似合うでしょう?」
そう言ってスコットの腕を抱き寄せながらルナは微笑む。
ジェイムスはスコットの顔を見て色々と察し、暗雲立ち込める彼の未来を不憫に思った。
「……大変だな、スコット」
「……そう思うなら助けてくれませんかね?」
「いやもう無理だよ。助けられないよ、自分からドツボにハマってるじゃないか」
助けてと言いながら仮装した生意気金髪魔女と麗しの未亡人兎から逃げようともしない色男にツッコミを入れる。
彼の力なら逃げようと思えば逃げられる筈なのにそうしないのだから、もう助けようとするだけ骨折り損だと悟っているのだ。
「まぁ、君達も病気には気をつけろよ。俺は引き続き街の様子を視察しないと」
「頑張ってね、キッド君」
「気をつけて」
ジェイムスは重い溜息を吐きながら人混みに消えていく。
ふと周囲を見回すと管理局の職員達の姿がチラホラと見られ、ハロウィンを満喫する病人とは対照的な真剣な表情で4番街区を徘徊していた。
「……大変そうですね、あの人たち」
「ハロウィン病になるとアウトだしね。予防接種はしてるけど油断は禁物よ」
「この先の広場で車を置いています。そこまで向かいましょう」
ハロウィン病人で賑わう路地を抜けた広場に黒塗りの高級車が停められてる。
「おやおや、困りましたな」
「わー、可愛いー」
「うふふ、本当ね」
……いつの間にかハロウィン仕様のデコレーションを施されており、ボンネットには【HAPPY Halloween】とマーキングされ、ドアには可愛らしいかぼちゃとお化けのマスコットがベタベタと貼り付いている。
ルーフには一際目立つジャック・オー・ランタンの飾りがドンと乗っかり『イヒヒヒヒヒ』と不気味に笑いながら彼らを出迎える。
「……これは面倒くさいですね」
「車を盗んだりはしないから可愛いものよ」
「これはもう怒ってもいいんじゃないか?」
「いやいや、このくらいは笑って許せますよ。きっと愛らしいお化けたちの仕業でしょうし、ハロウィンらしい姿にしてもらえて車さんも大喜びです」
「……」
「それでは皆様、車に乗ってください。お家に戻りましょう」
ドロシー達を乗せてハロウィン仕様の特別車が『イヒヒヒヒ』と笑って発進する。
唯でさえ皆の視線を引きそうな高級車は異彩を放つジャック・オー・ランタンとハロウィンデコレーションの効果で住民達のハートをガッシリと掴む。
「ママー、見てー!」
「あらあらうふふ、凄いわね! ハロウィンよ!!」
「スゲェ……あの車! 滅茶苦茶ハロウィンキメてやがる!!」
「やだ素敵……! ハロウィンキマってるわ! 写真撮らなきゃ!!」
「ナイス・ハロウィン!!」
ハロウィン病人達に温かく見守られながら車は走り去っていく。
「ふふふふっ」
「……何で嬉しそうなんですか、社長」
「だって、ここまで皆が優しく見送ってくれる日はそうそうないもの」
「……」
「僕って嫌われてるからねー」
窓の向こうの皆に手を振りながらそんな事を言うドロシーにスコットは微妙な気持ちにさせられた。
「……多分、社長を嫌う人の半分くらいは照れ隠しだと思いますよ。後は隣の人がそう言うから乗せられているだけとか」
「うん、知ってるよ。目を見ればわかるもの」
「あ、そうですか……」
スコットはドロシーを励まそうと不器用なフォローをするが、彼女は特に気にする素振りも見せずに言った。
相変わらずの精神的図太さを見せる魔女の姿にスコットは感服させられたが……
(やっぱり、社長は何処か違うんだな)
「だから僕はハロウィンが好きよ。皆が僕を優しい目で見てくれるし、笑いかけてくれるからね」
窓の外を見つめながら発した言葉に、スコットは何も言えなくなった。
「……」
「大変な日なのはわかってるけどねー。病気は怖いし」
「不思議な女性だな、君は。今まで会った人の誰とも違う……」
「あら、そうなの?」
「私に両腕があったなら、きっと今の君を抱きしめてしまっていただろう」
「あはは、何でよー? 急に何を言い出すの??」
「すまない、とても寂しそうな顔をしていたから」
何も言えなかったスコットと違い、ニックは彼が言えなかった言葉をハッキリと口にした。
「……そう見える?」
「ああ、今は違うよ。今は嬉しそうな顔だ」
「ふふふっ、面白い事を言うのね。抱きしめられてるのは君の方だよ?」
「そうだな……すまない。忘れてくれ」
ドロシーは普段は見せない切なげな笑顔でニックを抱き締める。
そんな彼女の姿をスコットは後ろから見つめる事しか出来なかった。