4
「さて、どうなるでしょうか」
ドロシーを乗せた車を見送ったマリアが呟く。
「心配かしら?」
「まさか、お嬢様がお選びになったのですから。彼の活躍を心から期待していますわ」
「ふふふ、そうね。あんなに燥ぐドリーは久し振りに見たわ」
そんなマリアの背後から車を見送っていたルナは満足気に言った。
「ところで奥様、今回は何処まで見えていたのですか?」
「あの子が部屋に来てドリーと出会うところまでよ。そして、あの子が街中で大暴れするところ」
「あら、本当に彼には悪魔が憑いていたのですか?」
「悪魔かどうかはわからないけれど……」
ルナは青い瞳を煌めかせ、不敵な笑みを浮かべながらマリアに言う。
「あの子にはとんでもない怪物が宿っているわ。ふふふ、ドリーの想像を超えるくらいのね」
その言葉を聞いてマリアも愉しそうに笑う。
「うふふ、それではお嬢様の身が危ういのではありませんか?」
「そうかもしれないわね。でも、あの子には少し危ないくらいの子が丁度いいわ……可愛い娘には冒険させてあげないと」
「奥様は本当に嫌な性格してますわねぇ」
「ふふふ、そうね。一体誰に似たのかしら」
二人が怪しげに笑いながら部屋に戻ると、奥の階段から下着姿の少女が降りてきていた。
「……んぶぁあ」
「あら、おはよう。今日もお寝坊さんね、アルマ」
「んぁぁ……おぁよー。ルナは相変わらず早起きだなぁ……」
少女は黒い兎の耳を震わせながらふわぁと大きな欠伸をかき、宝石のように真っ赤な眠気眼に薄く涙を滲ませる。
「あらやだ、はしたないですわよアル様」
「うっせー、どうせ男はじーさんしか居ないからいいだろー? じーさんに見られても何とも思わねーよ」
「ふふふ、そうね。今まではね」
「……あれ、ドリーちゃん何処行った? じーさんは?」
アルマと呼ばれた下着姿の少女は部屋をキョロキョロと見回す。
「あれー? ドリーちゃん何処だよー、おねーちゃん寂しいぞー? おはようのキスはー?」
黒いキャミソールに黒レースのパンティーという刺激的な姿。
ルナと同じ色合いの白髪を癖のあるショートボブで整えた少女はまるで二日酔いの中年男性のような酷くだらしない動きでドロシーを探す。
「ドリーちゃーん。アルおねーちゃんだぞー、どこー?」
「ドリーは車で出かけたわ。可愛い男の子と一緒にね」
「……へぁ?」
「そうそう、アル様が寝ている間に新人の男の子が来ましたのよー。ふふふ、くりくりした青い目が素敵なシャイボーイでしたわね」
「ドリーちゃんが、男と?」
アルマは半開きだった瞳をカッと見開き、耳をピンと立てながら飢えた野うさぎのようにルナに駆け寄った。
◇◇◇◇
「あはは、今日も街が賑やかねー」
13番街区の大道路を走る車の助手席からドロシーは逃げ惑う民間人を見ながら言う。
「この車、一体何処を走ってるんですか!?」
「13番街区だよ。ほら、近くから大きな音が聞こえてくるでしょ」
「そうじゃなくて! どうしていきなり街中に!?」
後部座席のスコットは急に変化した外の景色に混乱する。
先程まで車は終わりの見えないガレージの中を走っていた。
数十台もの高級車が並べられた異常なまでの広さの車庫を走行していく内に眩い光に包まれ、気がつけば街中の道路へと転移していたのだ。
「別に驚くことでもないよ。空間連結システムのちょっとした応用だよ」
「く、空間!? 連結!!?」
「はっはっ、この程度で驚いてはいけませんぞ。スコット君」
「こ、この程度!?」
「この街で暮らす上で重要なのは今までの常識を一切捨て去ることです。常識が恋しいのなら荷物を纏めてさっさと立ち去ることをオススメいたしますぞ」
老執事が笑いながら言い放った言葉が全てを物語っていた。
スコットの目に映るのは風情ある古き良き赤レンガの住宅群に捩じ込むように建つ用途不明の未来的建造物。
その中の一軒が大型ロケットのように飛び立ち、近くの住居を炎に包み込む。
逃げ惑う民間人達の姿は動物、植物、無機物……果ては幽霊っぽい何かと実にバラエティ豊かでスコットのような普通の人間は極少数。ふと進行方向を見れば金色の光線が幾つも空を過る。
「わぁ、綺麗。夜だったらもっと綺麗に見えただろうねー」
「左様でございますな」
「……」
光線の一つが飛び立った未来的建造物を無慈悲に破壊したところで、スコットは車に乗ったことを後悔した。
「あの、一つ聞いていいですか……?」
「なぁに?」
「ドロシーさんは、どうして俺を」
「社長」
ドロシーはスコットの言葉に被せるようにして言った。
「……社長はどうして俺を採用したんですか?」
「あんなに熱の入ったスピーチを聞かされたら誰だってOKしちゃうよ」
「……真面目な話ですよ」
「真面目な話だよ?」
スコットの方に振り向き、ドロシーは嬉しそうに話を続けた。
「僕はお昼に新人君が来ると思っていたの。リョーコちゃんが紹介してくれたスマイリー君ね。だからルナとお風呂に入って、新人君が来るまで紅茶でも飲みながら待とうとしてたんだけど……君がいきなり現れちゃった」
「す、すみません」
バスタオル姿のドロシーがフラッシュバックしてスコットは顔を俯かせる。
「つまり君がファミリーになってくれた方が僕にとってはいい結果になるってことだろうね」
「どういう意味ですか」
「そのままの意味よ。きっと神様がスマイリー君よりもスコッツ君を選んだほうが素敵なことになるから手伝ってくれたの」
「……その、スマイリー君はどうなったんですか?」
「ニューテムズ川で冷たくなってたらしいよ」
ドロシーが爽やかな笑顔で発した台詞にスコットは思わず両手で顔を覆った。