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「お菓子だぁぁぁぁー! お菓子を寄越せぇぇぇぇぇぇ────!!」
街中に木霊するお菓子ゾンビの絶叫。
ハロウィンの狂気に飲み込まれたハロウィンの落とし子がガラスにへばりつき、若いお菓子職人を恐怖のどん底に叩き落とす。
「ギブミー・チョコレェェェェェート!」
「フレェェェッシュ・キャンデェェェー、プリィィィィィィーズ!!」
「ハーリボォォォォ────ッ!!!」
「……この世の終わりかな?」
ドロシー達と一緒に13番街区を進むスコットは阿鼻叫喚の様相に戦慄していた。
「今年は例年よりも賑やかねー、すごーい」
「ふふふ、本当ね」
「……余裕そうだね、君たちは」
「ニック君の世界にはこういうの無かったの?」
「……これと似たようなものは見たことはあるよ」
「お菓子だぁぁぁぁぁー! お菓子をぉぉぉー!!」
「いやぁぁぁぁー!」
鬼気迫る仮装姿で暴れるハロウィン病人と逃げ回る人々を見てニックは思わず目を瞑る。
「どんな所?」
「……魔王軍四天王に支配された村だ。村人全員が死人に変えられて……」
「それもう手遅れじゃないですか!!」
「お前もハロウィンになれぇぇぇぇー!」
「大体、あんな感じだったよ」
アンデッドに支配された村を連想させる文字通り手遅れな状況の13番街区。
しかし仮装していればハロウィン病人には襲撃されず、顔を合わせても彼らは笑顔でサムズ・アップし……
「ハッピーハロウィン!」
「ハッピーハロウィン!」
「お前もハロウィンだ! イエス・ハロウィン!!」
とても満ち足りた表情で見送ってくれる。そのギャップがとにかく不気味であった。
「……ところで、どうして俺達は街中を歩いてるんでしょうね」
「? 部屋の中で教えたでしょ? ハロウィンはこの街全体の空間が不安定になって空間連結システムの使用に制限がかかるの。だからこうして一桁区まで歩いて向かうしかないの」
「わかってます。わかってますよ……でも言わせてください。そんなのありですか」
「仕方ないでしょう? ここでは使えないんだから」
空間連結システムは有能だが万能ではない。
このハロウィンのように街全体の空間が不安定になる日には使用に大幅な制限がかかる。
異常管理局セフィロト総本部のある1番街区を含めた一桁区以外の接続点が使用できなくなり、そこまで歩いて向かわなければならないのだ。
「アーサーが4番街区で待ってくれているわ。そこまで頑張って歩きましょう」
「しかしまぁ……見れば見るほど酷い有様で……」
「お菓子だァァァー!」
「ひいいっ、お、お菓子よ! お菓子をあげるから許してぇ!!」
「あっ」
仮装していない女性がハロウィン病人に追い詰められて思わずお菓子を渡してしまう。
「……」
「お、お菓子あげるから! だから助けて……」
「お前もハロウィンになれぇぇぇー!!」
「いやぁぁぁー!!」
ハロウィン病人がその女性に抱きつく。
柔肌に噛み付くような事はせずにただ激しめのハグをするだけだったが、ハグされた途端に気弱そうだった女性が豹変し……
「……ハロウィン」
「イエス・ハロウィン」
「ハロウィィィーン!!」
高そうなスーツを脱ぎ去り、ハロウィン病人が何処からか持ち出したかぼちゃのお面とボロ雑巾のような衣装を着込んで新しいハロウィンの落とし子と化した。
「お菓子よぉぉー! お菓子をちょうだいぃー!!」
「お菓子だぁぁぁー!!」
そしてテンション爆上げで叫びながら駆け抜けていった。
「……」
「一歩間違えてたらスコッチ君もああなってたのよ」
「……ひでぇ」
スコットは哀れな犠牲者の姿に涙する。
「基本的に仮装すれば防げるけど、それ以外の対策もいくつかあるの」
「ほわっ!?」
ルナはスコットの左腕を抱き寄せて胸に当てる。
「こうして仮装した相手と一緒に居ること。出来るだけ離れないように、距離が近ければ近いほどいいわ」
「あわわっ! ちょ、近すぎですよ! もう少し離れて!!」
「もう一つの対策はねー」
「ほふぅぅっ!?」
今度はドロシーが彼の無防備な右腕を抱き寄せる。
「しゃ、社長!?」
「ハロウィン病人に襲われているフリをすること。こんな感じで……君もハロウィンになれーっ!」
「おぁぁーっ!?」
「……っていう風にしてると他のハロウィン病人は寄ってこないのよ」
ドロシーは小悪魔ちっくで挑発的な笑みを浮かべながらぐいぐいと迫る。
「わ、わかりました! わかりましたから、ちょっと離れてください! ていうか俺は仮装してるから襲われないでしょ!?」
「ナイスハロウィン!」
「イエス・ハロウィン!」
「うるせぇーよ!!」
両腕をリンボシティを代表する二大超絶美少女にホールドされるスコット青年をハロウィン病人達は笑顔で祝福する。
ありがた迷惑を通り越して苦痛でしかない状況に彼は仮面の下で泣いた。
「わーい、ハロウィーン」
「うふふ、ハロウィン」
煌めく金髪と透き通る白髪、正に妖精のような美貌を誇る二人に寄り添われるスコット。
傍目から見れば女性を侍らせる勝ち組の風格を漂わせた絶対強者に映るが、その実態は伴侶を見定めた金獅子と人肌恋しい白銀兎に挟まれた無力なマルチーズ。
(……助けて)
もはやスコットには彼女達に食い尽くされる以外の道は残されていなかった。
「そうそう、スコッチ君。今日の衣装はどう? 似合ってる?」
「え、ああ……はい。似合ってますよ、社長」
「私の衣装はどう? 似合っているかしら?」
「……はい、似合ってます」
「……私はそっとしておいてくれ」
「似合ってますよ、ニックさん!」
「うううっ……、君こそな!!」
スコットとニックはひたすら瞳を涙で濡らし、どうしてこんな恐ろしい女達に捕まってしまったんだろうと己の不運を嘆いた。
「そうそう、スコッツ君は僕のバストサイズ知ってる? ちょっと当ててみてー??」
「ふふふ、私の胸はドリーより4cm大きいの。あの子のサイズがわかれば、私のサイズもわかるわよ?」
「し、知りません! 興味も、興味もありませんからぁ!!」
しかしそれ以上に嘆かわしいのが、この如何ともし難い状況で密かに興奮している自分の煩悩だった。