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「……おはようございます」
「あら、おはよう。よく眠れたかしら?」
午前7時、二度寝から覚めたスコットがキッチンに向かうとルナが目玉焼きを焼いていた。
「ああ、おはようスコット。良い夢は見れたかい?」
ニックは机の中心に花瓶か何かのように置かれている。
実にシュールな光景だが、既に慣れてしまったスコットは『おはようございます』と頭を下げた。
「まぁ、良い夢は見れませんでしたよ。いつもどおりです」
「そうだな……私もだ」
「そろそろドリーを起こしてきてくれる? もうすぐ朝食が出来上がるから」
「はいはい……わかってますよ。社長の眼鏡あります?」
「はい、ここよ。優しくつけてあげてね?」
ルナは胸元から眼鏡を取り出してスコットに渡した。
「……何でいつもそんなところに入れてるんですか」
「このドレスにはポケットがないもの。仕方ないでしょう?」
優しくも何処か蠱惑的に笑うルナに顔を赤くしながら、彼女の温もりが残る眼鏡を手にドロシーを起こしに戻る。
「社長ー、朝ですよ。起きてくださいー」
「……んぎゅ」
「社長ー!」
「んー……」
スコットが声をかけてもドロシーは目を覚まさない。
幸せそうにソファーの上で寝息を立てている。
「……全く、何で人のソファーでここまで熟睡出来るんですか」
「……くかー……む」
「あー、もー! 社長! 朝飯の時間ですよ、起きて!!」
彼女を包む毛布を無理やり引っ剥がす。
「ふやぁぁぁ……」
「ふやぁーじゃないですよ! 起きてください!」
「……ふぁっ、おぁよー、すこっつくん」
ドロシーは寝ぼけ眼をゴシゴシと擦りながらにへらと笑って言う。
「はいはい、おはようございます! じゃあ起きてください!」
「……まだ、眠いー」
「眠いじゃないです。もう朝ですよ! ほら、眼鏡!!」
「あうあう……あっ、おはよう。スコッツ君」
先程まで溶け出しそうな寝ぼけ顔だったドロシーだが、眼鏡をかけた瞬間にシャキッとした顔になる。
「……」
「? どうしたの、スコッツ君?」
「本当に眼鏡かけたらすぐ目が冴えますね……」
「あははー、でしょう? この眼鏡は特別なものなのよー、どんなに寝起きが悪くてもこれをかけた瞬間にシャキッとするからね」
トレードマークのアンテナをぴょんと立てながらドロシーはふふんと鼻を鳴らした。
「今日の目玉焼きも美味しいー」
「うふふ、ありがとう」
「……」
「どうしたの? ひょっとしてスコット君の卵は焼きが甘かったのかしら」
「いえ、いつもどおり……滅茶苦茶美味いです」
「ふふふ、そう。良かったわ」
彼がこの部屋に住んでから1週間、毎朝、ルナ達と食卓を囲んでいる。
「何というか……その、うん」
「ん? どうしたんだ、スコット?」
「最近はこうして皆で朝飯を食うのも悪くない……と思えてきたなと」
最初は抵抗があったこの光景も、いつしか当たり前に受け入れられるようになっていた。
「当たり前でしょう? 一人で食べる朝ご飯ほど寂しいものはないわ」
「ははは……そうですかね。一人のほうが落ち着きはしますけど」
「朝食は皆で食べるものよ。一人で食べるようになるとそのうち寂しくて死んでしまうもの」
「そ、それは言い過ぎです。寂しさで人は死にません」
「人が死にたくなるのは寂しさが5割だと思うよ。兎と一緒で寂しいと人間は勝手に死ぬのよー」
目玉焼きを頬張ってもくもくと食べながらドロシーはそんな事を言う。
「残り5割は何なんですか」
「自己嫌悪と嫌がらせが3割、残り2割は自己満足かなー」
「いやいや、寂しさで人は死なないだろう?」
「ううん、死ぬよ。仲間が居なかったり、理解者が居なかったり、遊ぶ相手が居ないと人は死にたくなるのよ。そんなの必要ないって言う子は一番アッサリと死ぬね」
「食事時にそんな話しないでくださいよ! 目玉焼きが美味しくなくなるでしょ!?」
「だからそうなる前にお相手は見つけるべきだよ。スコッツ君?」
目を輝かせながら此方を見るドロシーからスコットは全力で目を逸らす。
(……え、何言ってるんだ、この人は。お相手って……何? どういう事だよ? 怖いよ!?)
原因不明の寒気にカタカタと震えながらスコットはベーコンを切らずに丸ごと頬張った。
(ふふふ、照れちゃってー。いい加減に素直にならないかなー? 寂しいから一緒になりましょうって)
スコットを見つめながらドロシーはベーコンにナイフを入れる。
未だにスコットが自分に惚れていると思っている彼女は今日も脳内乙女モード。
優しく見守ってくれるルナの追い風もあって最近はストレートに彼を挑発するようになった。
(いやいや、流石に無いよね? 社長が俺を狙ってるなんて無いよね? 社長が俺を好きになる理由がないからな。俺も社長が好きになる理由がないからな!!)
(うふふ、いつになったら正直に好きだって言ってくれるかな? そろそろ言ってほしいんだけどねー)
盛大にすれ違う二人の想いを何となく察しているのか、ルナはぴょんと耳を立てて愉快げに微笑む。
「スコット君、私のベーコンも食べる?」
「え、いらないんですか?」
「少し多く焼きすぎたの。貰ってくれると嬉しいわ」
「それじゃ、いただきますー」
スコットが嬉しそうにベーコンを取る姿を眺めながらルナは頬杖をつく。
実は彼女もあの夜から個人的にスコットを気に入っており、裸でベッドに潜り込むのも半分は誘惑が混じっている。
義母として娘には幸せになってほしいが、もし本当にスコットが彼女を見ていないなら……と少々アブない考えを胸に秘めているのだ。
「む、僕もベーコン余っちゃったんだけど……スコッツ君、食べてくれる?」
「え、いいんですか? それじゃあ」
当のドロシーはそんな彼女の胸の内には気づいていないものの、恋人候補のスコットと母親がイイ感じになるのは見過ごせない。
ルナのベーコンに自分のベーコンを上乗せして相殺を図った。
「あれ、私にはベーコンをくれないのか? 最近、卵ばかりなんだが……」
「ニック君はお腹空かないんじゃないの?」
「あ、うん……そうだね」
「うふふ、はい。ニック君にもあげるわ、目玉焼きよ」
微妙に空気が変わった食卓のど真ん中に鎮座するニックの居心地はとても悪かった……
娘の恋路を応援しつつも自分に正直な母親キャラ。ラブコメでは当たり前ですよね、熟知しております。




