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実はこのラストは当初から結構変わりました。紅茶のお告げのお陰です。
「……本当に、元に戻れたんだなぁ」
13番街区の安アパートの一室でバケットは鏡に映る自分の顔を見て感慨深げに呟いた。
「よし、行くか!」
アリシャと交わした約束を果たすべく服を着替え始める。
ムネモシュネによる記憶改竄でドロシー達に会いに行った理由は『ドロシー病を治してもらう為にウォルターズ・ストレンジハウスに向かった』に変わり、デモスに関する記憶も消されているので13番街区の騒動についても『錯乱したドロシー病患者による大暴走』という事になっている。
「異常管理局もたまには真面目に仕事するんだなぁ」
……元の姿に戻れたのも管理局が開発した新型医療魔導具のお陰ということになっていた。
「うーん、相変わらず顔が怖い! でも仕方ねえな!!」
最後に鏡で服装をチェックし、バケットは意気揚々と部屋を出た。
バケット本来の姿は190cm以上もある巨漢で頭部だけがドラゴンのようになっている。
彼の親は異世界出身であり、その世界では哺乳類の代わりに恐竜を先祖とする爬虫類が進化した爬虫人類の文化が発展している。
彼は外の世界で生まれてしまった為に外見にコンプレックスを抱いてしまっているが、この街ではそこまで目立つような外見でもない。
「待ち合わせ場所は確か……昨日の店の前だったな」
そして彼は昨日の出来事に関する記憶の大部分を改竄されたが、幸運にもアリシャとの約束だけはそのまま残されていた。
「さてさて、アリシャの本当の姿はどこまで怖いのかね?」
本当のアリシャは一体どんな姿なのか。
バケットは徐々に膨らんでいく好奇心と、人生ではじめて女の子とデート出来るかもしれないという期待に突き動かされて小躍りしながらビッグバードに向かった。
「えーと、この店だったな。アリシャは何処だ?」
店の前に到着したバケットは周囲を見渡すが、それらしい人物はまだ来ていなかった。
「……早く来すぎたか? いや、でも約束したのは昼の13時だし」
腕時計を確認すると時刻は丁度13時ピッタリ。既に来ていてもおかしくはない。
「やっぱり抵抗あったのかな。グイグイ行き過ぎたかなぁ……実は思いっきり引かれてたのかも」
「あ、あの……」
「お?」
背後から女性の声が聞こえた。
バケットが振り向くと、其処にはフード付きのロングコートをめぶかく着込んだ少女が立っていた。
「……アリシャ、かな?」
少女は小さく頷いた。
「そ、それが本当の姿なんですね……」
「うん、そうだよ。ゴメンな、こんな顔で……怖がらせちゃったか?」
「い、いえ……全然、怖くないです」
「そっか……じゃあ、お前の勝ちだな」
バケットはそう言ってぎこちない笑顔を作る。
「……そんじゃ、見せてくれるか? お前の顔」
「……きっと怖がりますよ」
「怖がらねぇよ! 約束だからな!!」
「……ッ」
アリシャは震える手でフードを取った。
「……あ」
そして顕になったアリシャの素顔を見てバケットは言葉を失った。
「本当に、ごめんなさい……こんな顔で」
アリシャの本当の姿、それは小さな二本の角とヒビ割れるような黒い鱗が生えた黒髪の少女。
爬虫類に酷似した瞳孔に、瞼とは別に瞬きの際に一瞬だけ現れる半透明の瞬膜がある。顔立ちは整っているが、人間の感性では美少女とは言えない正しく異人然とした外見だった。
「……」
「あ、あの……」
更に特徴的なのはその両腕。鎧のような鱗に覆われ、非常に鋭利な爪が生えている。
その攻撃的な両腕は彼女が人間らしい社会生活を送ることすら困難である事を言葉なしに伝えていた。
「や、やっぱりその……ごめんなさい。私、私はっ……!」
「アリシャ」
「え……」
「俺とけっこ……じゃなくて、付き合ってください」
だが、そんなアリシャの両手を掴んでバケットは告白した。
「え、えええっ!?」
「負けました。俺の負けです、一目惚れです。貴女にハートを奪われました……」
「あ、あのっ! あのっ! わ、私は!!」
「お願いです! 俺の子を……じゃなくてっ! 俺の彼女になってください! お願いします!!」
バケットにとってアリシャの姿は、正しく地上に降り立った女神の如く美しいものに見えたのだから。
「は、放してください! こ、こんな私に、ひ、一目惚れなんてっ……!!」
「放しません! 返事を聞くまで放しません! イエスというまで放しません!!」
「バ、バケットさん……!」
アリシャは両目に涙を浮かべ、顔を真っ赤にしながらバケットの腕を振り払おうとするが彼は決して放さない。
彼女の鱗がその手を傷つけても全く力を緩めなかった。
「私なんて、私なんて……ッ!」
「決めたんだよ、決めたんだよ! もう貴女しか居ないんだって!!」
「ふ、ふざけないで! 身体を売るような、こんな私を好きになる人がいるわけ……っ!!」
「えぇい、クソァ! こうなったら……!」
バケットはアリシャを抱き寄せて強引に唇を奪う。
ひと目を気にせずに堂々と。あまりにも大胆で、野蛮で、向こう見ずな行動に通行人やビッグバード店内の常連客も釘付けになっていた。
「こ、これでもふざけてると思うか>」
「……っ」
「本気じゃなきゃ、人前でこんな大恥かけねえよ!!」
バケットの本気の口づけと本心からの言葉がアリシャの凍った心を溶かす。
「……私、娼婦だったんですよ?」
「それの何処が悪いんだ? 俺なんて未だに童貞だぞ!!」
「ふふ……」
「それに今のがファースト・キスだよ! 下手くそで悪いな!!」
「ふふふ……っ」
アリシャはバケットの最低で、それでいて最高の愛の告白を涙ながらに受け入れた。
「若いって良いわね、スコッツ君。人前なのにあんなに大胆な告白が出来るんだよ?」
「……」
「良いよねー、エネルギッシュで。アーサーもそう思わない?」
「はっはっは、同感ですな」
新しいカップル誕生の瞬間に窓越しで立ち会ったドロシーは満足そうに言う。
「うーん、あのシーンだけで5678L$分の価値はあるね。良いもの見せてもらったわ」
「いつの間にあんなに仲良くなったんですか、あの二人」
「結構、出会った時からいい感じだったと思うよ? それにあそこまで言われたら大体の女は落ちちゃうと思うのよ」
「そういうもんですかね……」
「捻くれた子は拒否反応起こしちゃうかも知れないけどね。そういう子にはそういう子にお似合いの相手が居るってだけの話よー」
ドロシーは紅茶に一口つけ、スコットの顔を見つめながら不敵に笑う。
「あの子にとっては、あの人が運命の相手だったのよ」
そう言って此方をジッと見つめる彼女から目を逸らし、スコットは味のしなくなった特製たまごサンドをパクリと頬張った。
chapter.8 「言うのは簡単? やるのはもっと簡単だよ」 end....
紅茶のお告げは偉大です。