29
時刻は21時、リンボシティ1番街区 異常管理局セフィロト総本部 賢者室にて。
「貴女達の名前はヤリヤモでいいのね?」
「……そうだ」
デモスを含めたヤリヤモ達が賢者室に集められていた。
「星の海を遥々渡ってきた客人に申し訳ないけど、あれだけの騒ぎを起こされて黙っておく訳にもいかないの。それなりの罰は受けてもらうわ」
「……わかっている」
「潔いわね、映像で見た時とはまるで雰囲気が違うけど。よっぽどあの子達に怖い目に遭わされたのかしら?」
大賢者はデモスの目を見つめながら言う。
「……いいや、むしろ彼らには心から感謝している。お陰で自分の愚かさに気付けたのだから」
だがデモスは彼女の問いに憑き物が落ちたかのような清々しい表情で言った。
「ふふ、そう。それでは自分の愚かさに気付けた賢い貴女に聞かせてもらおうかしら。これからどうするつもり?」
「……この街に移住させて貰いたい。ヤリヤモ達全員だ」
「この街に? 皆と一緒にまた新しい星を見つけようとは思わなかったの?」
「私達が住める星はこの周辺では此処しかない。この星から560000ライヤー先にも居住可能な星はあったが……」
「なら其処に向かえばいいんじゃないかしら?」
「……居住区やプラントに大きな損傷を受けたあの船ではもう星間飛行はできない。マザー・タブレットも破壊されて船の制御自体が不可能なのだ。修復にもかなりの時間がかかる」
「なるほどね」
「それに……」
デモスはとある野蛮人の顔を思い出して薄っすらと頬を染めながらモジモジと動く。
彼女の反応から鋭敏に何かを察したサチコの眉が僅かに動き、大賢者も机の上で手を組む。
「その、この街に個人的に興味があるんだ……うん、それで」
「でも、他の子はどうなの? 貴女と違って彼女達はこの街にいい印象を持っていないんじゃないかしら?」
「同志がこの街を選ぶなら!」
「私達もこの街を選ぼう!」
「私達は同志と一緒だ!!」
「ああ、そう。リーダー思いの素敵な子たちね……」
大賢者は目を輝かせながらデモスに賛成するヤリヤモ達に頭を抱える。
賢者室に集められたのはメインデッキに居た数人だけだが、騒動鎮圧後に船に乗り込んだ調査班によると宇宙船には1000人を超えるヤリヤモがコールドスリープ装置で眠っていたらしい。流石にその数をあの街に解き放つのは大いに問題がある。
「……どうして貴女達はあの子にそっくりなのかしら?」
特に誰かさんそっくりな愛らしい見た目が問題だった。
「知らない。全くの偶然だ」
「そのシャチョウとかいう酷似個体のせいで同志は酷い目にあったのだ!」
「あの個体がいなかったら同志はあんな目に遭わなかった!」
「その酷似個体が大罪人でなければ私達は今頃原住民と友好な関係を築けていた!!」
「……でしょうね」
13番街区を巻き込んだ大騒動を引き起こしたのは紛れもなく彼女達なのだが、同情の余地がありすぎる理由に大賢者は目頭を押さえる。
せめて見た目がドロシーではなくルナにそっくりであったらここまで酷い事にならなかっただろう。
「でも問題はそれだけじゃないわ。貴女達の技術力も十分な脅威よ」
「……」
「ほんの少しでも技術が流出すれば大変なことになるわ。とくに外の世界ではね。そういう意味で言えばこの街に来てくれたのはむしろ幸運だったわね。皮肉なことだけど……」
「ならば休眠状態のヤリヤモを全て退避させた後、あの船を爆破しよう。そうすれば……」
「ど、同志! 流石にそれは駄目だ!」
「だが、そうすれば技術流出は防げる。この星に住むと決めた以上、この星の脅威となり得るあの船はもう必要ないだろう……」
「待ちなさい、そう簡単に壊されても困るわ」
あっさりと自らの優れた技術の結晶を捨て去ろうとするデモスを大賢者は真顔で制止する。
「……なら、こうしましょう」
デモスの宇宙船を放置する事は出来ない。そして彼女達全員をそのままこの街に住まわせる事も出来ないが、かといって彼女達をこの街から追い出す訳にもいかない。
「サチコ、大型記憶処理装置ムネモシュネの準備を」
「わかりました、大賢者様」
「……ふふふ」
「? どうかなさいましたか?」
そこで大賢者は彼女達とその宇宙船の両方を確保するべく、ある意味で理想的、そしてある意味では悪魔的とも言える計画を思いついた。
「ねぇ、サチコ」
「はい、大賢者様」
「そろそろ異常管理局にもマスコットキャラクターが欲しいと思わない?」
「え?」
「ふふふふふっ」
サチコは誰かさんそっくりな笑みを浮かべる大賢者を見て少し顔を引きつらせた。
「わーっ! ヤリヤモちゃんだーっ!」
「可愛いーっ!」
「ねぇ、ママーッ! あの子持って帰ってもいいー!?」
「うふふ、駄目よ?」
翌日、異常管理局セフィロト総本部エントランスホールに大勢の子供が集まっていた。
「あ、ヤリヤモちゃんが手を振ってる! やだー、可愛いー!!」
「ねぇねぇ、触ってもいい!?」
「ヤリヤモちゃーん、こっち向いてー!」
子供達の視線の先には体長15cm程の頭頂部に触覚のあるディフォルメされた白い兎のようなキャラクター。
まるで中に人が入っているかのような愛らしい動きをするマスコットに大人も子供もメロメロだった。
『見てください! あれがヤリヤモちゃんです! ああもう、可愛いですねー!』
『異常管理局が開発した小型自律行動魔導器で、何でも普通の人間と同等の思考能力があるそうです! ああ、可愛い……!!』
「……」
「貴女達が住める環境が整うまでの辛抱よ。それまでは我慢してね?」
賢者室からニュースを見ていた大賢者はほっこりとした笑顔で言う。
彼女の机の上でハムスターサイズまで縮んだデモスは小さなソファーに座り、画面の中で動き回る同族を切なげに見つめていた。
「……いや、うむ。文句は言えないな……文句は……」
『そして……あれが現在開発中の独立浮遊支援魔導具です! まるでUFOみたいなデザインですね! 本当に浮いてます! それにしても異常管理局が大々的に新開発の魔導具を発表するのは前代未聞で……』
「ううっ……!」
デモスは顔を押さえて啜り泣く。
管理局が所有する魔導具で宇宙船と共に小型化され、住民達が眠っている間に大型記憶処理装置ムネモシュネで記憶を改竄。
13番街区で起きた騒動は【ドロシー病】というドロシーに対する嫌悪が一定以上の値に達すると発病する架空の病気のパンデミックが原因とされ、デモスやあの宇宙船に関する記憶はまるごと抹消された。
「あ、あんな酷い記憶操作があっていいのか!?」
「いいのよ。それに私が考えたのは貴女達の事を忘れさせる所までで、ドロシー病なんて作り話を持ち出したのはあの子本人だから」
「!?」
「ふふふ、面白いことを考えるでしょう?」
サチコは幸せそうにデモスと会話する大賢者に背を向け、虚ろな目で透き通った空を見上げていた。