28
「あ、待って! やっぱりまだ心の準備が」
ギャボォォォォーン!
「グワァァァーッ!」
ギャボォォォォーン!!
「ぬわーっ!!」
ビッグバード前では姿を元に戻してもらおうと集まった住民達で長蛇の列が出来ていた。
管理局職員の監視下に置かれたヤリヤモが黙々とトランスルフェールから赤い光線を放ち続ける。
「はい、次の人ー! さっさと進んでー!!」
「本当に戻れんのかよ、コレ!?」
「戻れる! 私達の技術力を信じろ!!」
「そろそろ俺達の番だな」
「……」
バケットとアリシャも列に並んでいる。
だが早く元の姿に戻りたいバケットとは異なり、アリシャには迷いがあった。
「や、やっぱり私はこのままで……」
「え? 何でだよ。もうすぐ元の姿に戻れるんだぞ!?」
「わ、私は……」
ギャボォォォォーン!
「え、何だって? よく聞こえないぞ」
「ご、ごめんなさい。私はこの姿のままでいいです!」
「あ、おい! 何処行くんだよ!!」
突然、アリシャが列を離れて走り去る。
「はい、次の人ー!」
「ああ、くそっ! 何だよもう!!」
もう順番が回ってきていたバケットも列を離れてアリシャを追いかける。
「おい、待てよ! 待てって!!」
バケットは走って逃げる彼女の後を追いながらビッグバードで彼女と交わした会話を回想する……
「は? な、何だって?」
「ですから……その、私がお願いしたかったのは……この姿のままで暮らせるように私の個人情報や住民カード等を偽装して貰いたかったんです。で、出来れば、他の人の記憶も少し弄って頂いて……」
「そんな依頼をしにいったのか!?」
「は、はい……」
実はアリシャがウォルターズ・ストレンジハウスを訪れた理由はバケットとは真逆。
元の姿に戻してほしい彼とは対象的に、今の姿のまま別人として生活したいという事だった。
「どうしてそんな依頼を?」
「……わ、私……元の姿に戻りたくないんです。元の姿に戻ったら……皆に、怖がられるから」
「そんなにヤバいのか? お前の姿ってのは」
「……それだけじゃなくて、その……私……身体を売っているんです」
アリシャは俯きながら言う。
彼女が住んでいたのは13番街区、風俗街が目と鼻の先にあるアパートの一室だ。
「……」
「そうだったんですか……」
「も、元の姿が理由で、普通のお仕事が出来なくて……そうするしか……!」
目に涙を浮かべるアリシャの肩をアトリは優しく抱き締める。
タクロウの表情も険しくなり、バケットも思わず言葉を失った。
「もう、何もかもが嫌になって……荷物を纏めて13番街区から出ようとしたところで……この姿にされたんです」
「何というか……うーん」
「こ、この姿なら私だってバレないし、私を見ても誰も怖がらないから……! だ、だから……」
「そんなに怖いのか? この13番街区の奴らでも怖がるって相当なもんだぞ? ましてや女の子が」
「タクロウさん!」
「あ、いや! 別に悪気があった訳じゃなくて……!!」
「で、でも俺はやっぱり元の姿の方がいいと思うな」
バケットは頬を掻きながらアリシャに言う。
「自分で言うのもアレだが、俺も元の顔は結構おっかないって色んな人に怖がられるんだよ。だからいつも別の顔になれたらなーとか、何なら可愛い女の子に生まれ変われたらいいなとか……よく考えてた」
「……」
「でも、実際になってみたら考えが変わったよ。いや、あのドロシーそっくりなのが問題でもあるんだろうけどさ……やっぱり……」
「自分の顔が落ち着くだろ? 俺もそう思うよ」
「そうなんだよ。あんなに嫌いだった筈なのに、本当に顔が変わっちゃうとさ……」
窓に映るドロシー顔の自分を見ながらバケットはため息をつく。
「で、でも……私は!」
「ああ、仕事の話で困ってるならアイツに相談したらいい。喜んで聞いてくれるはずだよ」
「えっ……」
「ええ、ドロシーさんなら何とかしてくれますよ。私達も随分とお世話になりましたから」
アトリはタクロウの方を見てふふふと笑う。
タクロウは顔を赤くながら頭を掻き、少し前までドロシーの座っていた席を睨んでブツブツと小言を言う。
「……で、でも、でもっ、ドロシーさんも私の姿を見たらきっと……!」
「そんなに言うなら姿が戻ったら何処かで二人で会おうぜ! 俺の顔を見て怖がらなかったらお前の勝ちだ! ケーキでも何でも美味いもん奢ってやるよ!!」
「えっ!?」
「俺がお前の顔を見て怖がってもお前の勝ちだ! それならいいだろ!!」
「えっ、えっと……悪いですよ、そんな……! それに、それに私はっ」
「まぁ、決めるのはアンタだからな。どうしてもその姿のままがいいなら……そうすればいいとは思う」
タクロウはアリシャに近づいてその肩をポンと叩く。
「でも、自分の顔に戻れるならそうした方がいい。俺みたいに……本当の顔すら思い出せなくなる前にな」
「……私は、本当の顔になんて、戻りたくないんです……あっ!!」
足元の瓦礫に躓いてアリシャは派手に転ぶ。
後ろから追いかけてきていたバケットは転んだ彼女を心配して駆け寄った。
「おい、大丈夫か!?」
「……私、私は……!」
「……ああくそっ、じゃあこうしよう! お前がどんな姿だとかこの際関係ねぇ! 元の姿に戻ったらお前の勝ちだ!!」
「えっ……?」
「ケーキでも何でも奢ってやる! 何でも美味いもん奢ってやるよ!!」
バケットはアリシャの肩を掴み、その瞳を見つめながら言った。
「そ、そんなっ、私は……」
「その代わり元に戻った俺の顔を見ても怖がるなよ! いいな!?」
「……」
「いいな!!?」
バケットとアリシャが出会ったのはほんの数時間前、ウォルターズ・ストレンジハウスの玄関だ。
だがバケットは話を聞いている内にいつしか情が移り、自分以上に外見にコンプレックスを持つアリシャを放っておけなくなっていた。
同じような面倒事に巻き込まれて一種のシンパシーを感じてしまったことも大きいだろうが、元々彼はおっかない外見とは裏腹に優しい心の持ち主なのだ。
「……絶対に、怖がらないでくださいね?」
「俺より怖い顔の女なんていねぇよ! それに俺にとっちゃその姿が一番心臓に悪いんだよ!!」
「……約束、ですよ?」
「……うん、約束するよ」
バケットはまだ迷いの残るアリシャの震える手を強く握る。
不思議なことに、それだけで手の震えはピタリと治まった。