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こうして彼女は彼を選びました。
「え、ええと……」
老執事とメイドがいそいそと準備に取り掛かる中、状況が飲み込めないスコットはただ棒立ちしていた。
「スコッツ君はどうする?」
「ど、どうするって……!」
「貴方も行きなさい。いい経験になるから」
「えっ!?」
「そうね、スコッツ君も来て。自分の目で確かめたほうが早いよ、僕たちがどういう仕事をしているのか」
スコットの手を取ってリビングを離れるドロシーをルナは笑顔で見送る。
「ドリーをお願いね、スコット君。これからは貴方に宿る力をその子のために使って……そしてもしもの時は、貴方がドリーを救ってあげてね」
ルナは青い瞳を怪しく輝かせて意味深な発言をする。
その言葉に反応するかのように、スコットの背中から青白い影が一瞬だけ現れた。
「はい、お嬢様。お持ちしましたわ」
赤黒い茨が解かれた玄関扉の前で杖とコートを用意したマリアがドロシーを待っていた。
「ありがとう。ああ、それと……」
「うふふ、存じておりますわ。あの方のことでしょう?」
「僕たちが外に出たら起こしてあげて。それと、無駄だと思うけどあの子たちにも連絡入れといてー」
「かしこまりました」
「あ、あの! これから何処に行く気なんですか!?」
スコットは自分を連れて出かけようとするドロシーに問う。
「決まってるでしょ? テレビに映ってた悪いやつの所よ。友達から依頼が入っちゃったからねー」
「はぁ!?」
そしてドロシーがコートを羽織りながら軽い調子で言った返答に目を見開いて驚愕した。
「待ってください! あんな奴の所に行ってどうするんですか!?」
「とりあえず話し合い。もしも話が通じないなら静かにさせるの」
マリアから黒革のホルスターにしまわれた二本の魔法杖と術包杖が装填された装填器を受け取り、ドロシーは不敵な笑みを浮かべて言った。
「……」
「あー、ごめん。怖かった? それじゃ仕事が終わるまでルナとお留守番してて。僕が帰るまで外には出られないけど」
「……出られないんですか」
「出られないよ? 折角の新人を手放したくないから」
「どうしてそこまで俺なんかを……」
「うーん、そうだねー」
スコットの問いかけにドロシーは口に手を当てて考える。
「君を見た時に、今までに無いものを感じたから……かな?」
そして自分なりに納得できる答えを見つけ、深く考えずにさらりと言い放つ。
「何ですかそれ……」
「一目惚れってものかもしれないね」
「は!?」
「冗談よ、本気にした?」
顔を真赤にするスコットに笑いかけながらドロシーは身を翻して部屋を出ようとする。
しかし扉の前で立ち止まり、彼に背を向けたまま静かな声で言う。
「でもそこまで嫌なら仕方ないね。途中まで送ってあげる」
「……」
「君を必要としている場所がまだ他にもあるかも知れないものね」
スコットの胸中には今まで感じたことのない感情が駆け巡っていた。
ここまで誰かに歓迎された事などなかった。
あそこまで明るい笑顔を向けられた事も殆どなかった。
どうして彼女がここまで自分を気に入ったのかも彼には理解できない。
「俺なんか連れて行っても、全然役に立ちませんよ? それどころかもっと酷いことになるかもしれない……」
だから彼は知りたくなった。彼女がこんな自分を気に入った理由を。
「アンタにはわからないだろうけど、俺には悪魔が取り憑いているんです」
「そうだったの? 全然、気付かなかったよ」
「……今にわかりますよ。そいつが目覚めればきっとアンタも俺が怖くなる。俺のことを悪魔と呼ぶようになる」
「……ふふふ、面白いことを言うのね」
そんな彼の返事を聞き、ドロシーは愉快そうに扉を開く……
「そんなこと言われると もっと君が欲しくなるじゃないの」
扉を開いた先にはライトアップされたガレージが広がり、老執事が愛車のエンジンを温めていた。
「悪魔がファミリーになってくれる以上に素敵なことが他にある? 悪魔は契約した相手が死ぬまで決して裏切らないのよ?」
「えっ?」
「知らないの? 悪魔は約束を破らない。約束を破るのは人間様だけよ」
カーライトに照らされながら、ドロシーが笑顔で発した予想外の言葉にスコットは呆気にとられる。
「え、あっ……あの」
「いってらっしゃいませ、お嬢様。さぁ、貴方も車に乗って」
「……」
「貴方、悪魔が取り憑いているんでしょう? それならお嬢様のサポートをお願いしますわ。アーサー君だけでは不安ですもの」
自分から言い出したとはいえ、ここまであっさり受け入れられると思っていなかったスコットは困惑する。
(……何なんだ、この人達は。本当にヤバいのが憑いてるんだぞ!? もしまた暴れたりしたら……!!)
この街に来たばかりの彼は知らなかったのだ。自分の眼前に居るのが何者なのか。
「恥ずかしいならさっきの発言を撤回してもいいよ? 聞かなかったことにしてあげる」
「ッ!!!」
「それで、僕と一緒に来るの? お留守番するの?」
「行きます! 行きますよ! 俺に取り憑いてるのがどんなにヤバい奴か実際に見せてあげますよ!!」
「あははっ、いいよ。エクセレントよ、スコット君。それじゃ車に乗って。急がないと大切な友達が天使に連れ去られちゃうから」
この金髪の少女が世界最強クラスの魔法使いであり、彼を無力化した異常管理局の精鋭すら手に負えない……
数ある異能力者の中で最も制御が困難で強大な力を持つ存在【Sクラス特異能力者】である事を。
紅茶とMONSTERは合いませんが、紅茶とコーラは意外と合います。オススメはしませんが。