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彼女は社長とは対照的なお馬鹿さんキャラとして設定しました。
「ふふふ、ふふふふっ……」
「おい、笑ってないでさっさと俺の姿を戻せ! 俺だけじゃない、お前が変えた13番街区の皆をだ!!」
「戻す? 姿を? ふふふ、良いじゃないか、そのままでも……」
「良くねぇよ! さっさと戻せぇ! 戻さないとぉ……!!」
「私を殺すか? それもいいな、そうしてくれ」
デモスは力なく笑いながらスコットに言う。
「……いや、いやいや! そうしてくれじゃねえよ! 元に戻せって言ってるんだよ!?」
「何だ、殺してくれないのか……困ったな。最高に死にたい気分なのに」
「はぁ!?」
「ふふふ、だって私の見出した答えは間違っていたんだろう? 私がしてきたことは全て無駄だった。なら、もう生きている理由もない。交信器を失った今、私はヤリヤモの長ですらないんだ」
「お、おい」
「頼む、死にたいんだ。殺してくれ」
デモスはスコットに自分を殺すように嘆願する。
交信器を失えばもう同族とのコミュニケーションや意思交信はできない。
そして他種族をヤリヤモに変える事で繁殖する独自の生殖行動を取る事もできない。
戦争で母星を失い、船で宇宙に避難したヤリヤモ達は二度と同じ悲劇を繰り返さないように自らの身体を改造した。
支配種の頭部に備わった生殖器も兼ねた交信器で他の同族を統率し、種族全体が同一人物であるかの如く行動できるように調整してしまった。
それが出来なくなった今、彼女はもうヤリヤモの長では居られないのだ。
「交信器を失った私にはもう何も残されていない……何も出来ない」
「……本っっ当によー! 何つうか、このっ……ああああ!!」
スコットは生きる気力を失ったデモスを見ている内にイライラが募り、頭をバリバリと掻きむしった。
「お前、本当にバカだな! よくそれで『君たちより優れている』なんて言えたね!? 舐めてんのか! お前の同族がひたすら可哀想だよ! 勝手に絶望して殺してくれなんていうリーダーとか最悪じゃねえか!!」
「……」
「あーもー、どうしようかコイツ!!」
「うーん、オレに言われても……」
「……」
「では、お望み通り殺しておきますかな? もう何を言っても無駄でしょうし」
「いや、殺しちゃ駄目でしょ!? コイツを殺したらどうやって元に戻るんですか!!」
「「「同志から離れろ! 異種族めー!!」」」
スコット達が困り果てていた時、眠りに就いた筈のヤリヤモ達が武器を持って駆けつけた。
「大丈夫か、同志!」
「助けに来たぞ、同志!」
「ど、同志から離れろー!」
「同志を開放しろ! さもないとクォーツにするぞ!!」
「……な」
デモスは瞠目した。
ヤリヤモ達に休眠状態になれと命令した筈なのに彼女達は命令を守らず、それどころか勝手に武器を持ち出して駆け付けて来たのだから。
「な、何故? 何故、お前達が……!」
「同志、今助けるぞ!」
「いくらビッグオーダーとは言え……みすみす同志を見殺しには出来ない!」
「早く逃げろ、同志! 異種族の相手は私達に任せろー!!」
それはデモスにも想定外の事態だった。
交信器を失った事でデモスは同族との交信能力を失った。
だがそれによってヤリヤモ達の支配力も弱まり、その結果として彼女達は自らの意思でデモスを救いに来たのだ。
「な、何故……私は助けろなんて命令を出していないぞ!?」
「こ、これは私が私自身に命令をしているだけだ! 同志を助けるように!!」
「私達には同志が必要だ! 私達の長は貴女なんだから!!」
「……何だよ、まるで俺達が悪者みたいじゃないか」
スコットは小さく笑いながら悪魔の腕を呼び出し、ひょいとデモスを持ち上げる。
「ああーっ! 同志ー!!」
「はっ! よ、よく見ろ! 奴の姿……我々と同じだぞ!?」
「馬鹿な、同族となった者が何故同志を……!?」
「おう、そこの社長モドキ達! こいつの命が惜しければ俺を元の姿に戻せ! 下の奴らも全員なぁ!!」
態とらしい悪役顔でスコットはデモスを人質にして交渉し始めた。
「ど、同志ーっ!!」
「早く戻さないとコイツをバラバラにするぞぉー! この腕はこんな小さな体なんて一瞬で挽き肉だぞォーん!?」
「やめろーっ!」
「同志を放せーっ!」
悪魔の腕も大袈裟にワキワキと気持ち悪く動いてヤリヤモ達を威圧する。
「……何してんだ、アイツは」
「さぁ、私にもさっぱり」
デイジーと老執事はそんなスコットの姿を乾いた目で見つめていたが……
「……なるほど。そうだな、彼女にはそれが一番効果的だ。やはり君にも勇者の資質がある」
ニックだけはその目的に気づき、静かに彼を称賛した。
「わ、私を人質にしても無駄だ。私はもう」
「うるせー、黙ってろぉ!」
「むぐっ!」
「わ、わかった! 皆、すぐにトランスルフェールを用意するんだ!」
「トランスルフェールを!? し、しかしそれは……!」
「良いから持ってこい! 同志の救出が最優先だ!!」
先頭に立つヤリヤモの一喝で他のヤリヤモが大慌てでトランスルフェールなる代物を取りに行く。
「ーっ! ーっ!!」
「……やはり交信器を失ったのか、同志。だが、問題ない! 交信器が無くても同志の頭脳があれば私達は存続できる!!」
「!?」
「ど、同志を失うのが私達にとって最大の損失だ! それさえ防げれば!!」
「私達は滅びない!」
交信器を失ったデモスをヤリヤモは尚も同志と呼んだ。
デモスはヤリヤモ達を自分の意思と思考で統率していたが、彼女達の全てを理解できていなかった。
全てのヤリヤモが同じ顔をしているが、その考えまで全く同じという訳ではなかった。
デモスは常に行動を共にしながら気づけなかったのだ。彼女達は既に自分の分身ではなく……
心からデモスを慕い、信頼してくれる姉妹になっていた事に。
「なぁ、デモス」
「……!」
「これでもまだ死にたいって思うか?」
デモスの瞳に涙が溢れる。
今まで感じたことのなかった感情。
どうして泣いているのかわからない。
どうしてヤリヤモがここまで自分を必要としているのかもわからない。
彼女はもう自分と同じヤリヤモの事についてすらわからなくなっていた。
「やっぱり、お前はバカなんだよ。一人で行くんじゃなくて、最初から皆で頭を下げに行けばよかったんだ。この街で住ませてくださいってさ」
「……ううっ!」
「……そりゃ場所が場所だから最初は驚かれるだろうし、酷いことも言われるかも知れないけどな」
「持ってきたぞー!」
「トランスルフェールだ! これがあれば姿を戻せるぞ! さぁ、同志を開放しろー!!」
「あんな仲間が一緒に居てくれたなら、そのくらい我慢できただろ?」
スコットに諌められたデモスはこの姿になってはじめて心から反省した。
そして自分の愚かさに、彼女達という掛け替えのない存在に気付けた事に心から感謝した。
一人で頑張っちゃう所だけは似てますけどね。