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「うおーっ、上のやつは凄いことになってんな!」
黒刀で何十本目かの触覚を切り取ったアルマはふと頭上を見上げた。
「うふふ、本当ですわねぇ」
「あわわわわっ!」
「は、放してー! 助けてー!!」
「にゃーっ!」
足元から生える影で何人ものヤリヤモを拘束し、引っこ抜いた触覚を数えながらマリアが言う。
「これで大体片付いたかな?」
焼け切れた術包杖を排莢してドロシーは周囲を見渡す。
管理局側には少々被害が出たがジェイムス含めた精鋭達の活躍で13番街区のヤリヤモは無事鎮静化、問題の触覚も引き抜いてしまっている。
「ああ、本当に可愛らしい顔してますわね。一人くらい……」
「ひいいっ!」
「駄目よ? マリア」
「あ、この子いいなー! なぁ、ドリーちゃん」
「ぎゃーっ!」
「駄目だよ? アルマ先生」
ドロシーはヤリヤモ化した住民達を連れ去ろうとするファミリーを止めながら上空の宇宙船を見る。
依然として無数の砲台が生き物のように蠢き、赤いサーチライトを四方八方に向けているがこちらを撃ってくる様子はない。
デイジー達を乗せた鎧竜のように接近してくる相手しか攻撃対象にならないようだ。
「……でも、あんなおっかないものを放っておくわけにはいかないわね」
しかしあの一際目立つ砲台は依然として13番街区に向けてエネルギーをチャージしており、何らかの拍子で発射されれば一溜まりもないだろう。
見た目の威圧感も相まって心臓に悪いことこの上ない。
「そういえばあの乳女は来てないなー。何処に居るんだろ」
「きっとお仕事中なのでしょう。でもあの子は極度の方向音痴ですから、また変なところを右往左往しているのかもしれませんわね」
「あははっ、かもなー!」
「くぬおおー! 放せー! 私の剣で漆黒の城を撃ち落としてやる! だから放せー!!」
ジェイムスにぐるぐる巻きにされて運ばれてくるヤリヤモの一体が大声でそんな事を宣う。
「はいはい、無理だから。あのサイズを剣でどうにか出来るわけないだろ?」
「舐めるな! 私の剣が放つ対城奥義があればあの程度の城など!!」
「無理だから。とりあえずここで大人しくしとけ」
「ぬわーっ!」
ジェイムスはメイド服姿のヤリヤモを雑にポイッと捨てる。
「あ、もう此処にいたわアイツ」
明らかにサイズの合わないメイド服にその口調、そして腰にぶら下げる剣を見てアルマは彼女の正体を察した。
「だーっらしねぇなぁー、乳女ァ! 何だよその有様はー!!」
「はっ! お、お前は!!」
「あーあー、騎士様ともあろうものがやられちゃったのー? 不意打ちでやられちゃったのかなー?」
「うぐぐぐっ! 言わせておけば! このっ、このっ!」
「おっとー、そんな弱々しい蹴りなんて届きませんなー! デカイ乳だけが取り柄の乳女が乳を失くしたらもう何も残らんなー!!」
「おのれーっ! 子うさぎめがーっ!」
アルマに煽られて憤慨したヤリヤモ化ブリジットは両足を勢いよく跳ね上げ、不用意に近づいたアルマの首をガシッと捕まえた。
「もう許さーん! 覚悟しろぉー!!」
「ぐああーっ!!」
そのままアルマを地面に倒し、洗練された足技で彼女の首を締め上げる。
「あぎゃーっ! やばい、やばい! 首、首が! 首が折れるー!!」
「いっそ折れてしまえぇぇー!!」
「ぎゃぁぁぁぁー!!」
「何してるの、あの子たちは」
「相変わらず仲がよろしい事ですわね、うふふふ」
ファミリー同士で不毛な取っ組み合いを繰り広げる二人をドロシーは乾いた表情で見つめる。
「協力感謝するよ、ドロシー……だよな?」
「胸を見なさい、胸を。それにここまで魔法が得意な子が他にいるの??」
「ああ、本物だな」
ジェイムスは一瞬だけ目の前のドロシーを怪しんだが、こちらを挑発するように揺れるバストとふてぶてしい表情で即座に彼女が本物だと認めた。
「スコットはどうした?」
「スコッツ君は上よ」
「は?」
「彼は一人でUFOに突入したわ。あの様子からするとちょっとピンチになってるかもしれないけど、アーサーとデイジーを向かわせたからもう安心よ」
「……はぁー」
相変わらず無茶苦茶な事をするスコットにジェイムスは頭を抱える。
「……で、どうするんだよアレ」
「あの子たちに任せるしかないわね。撃ち落とすのは簡単だけど、撃ち落としちゃったら色々と大変だものね」
「……」
ここでジェイムスはドロシーの包帯に巻かれた腕を見る。
「お前、最初はアレを落とそうとしただろ?」
「あ、バレちゃった?」
「此処に来る途中であの宇宙船に数発の魔法がブチ込まれるのが見えた。それも唯の魔法じゃない……禁術指定の強力な魔法だ」
「大賢者様には内緒にしてね」
「言わなくてもバレてるよ、馬鹿野郎。しかも普通の杖でぶっ放したな? その腕は千切れてないだろうな……」
「あはは、大丈夫よー」
ドロシーは痛々しい右腕を上げる。
相変わらず表情は笑顔だが、ただ腕を上げる動きすらぎこちない様子から相当のダメージを受けているのがわかった。
「無理するな、ドロシー。お前一人が頑張らなくても俺達で何とかするんだよ」
「えー、それは無理よ。僕が頑張らないと」
「うるせー、ちょっとは自分を大事にしろバーカ」
「……」
スコットに続いてジェイムスにも心配され、ドロシーは傷ついた右腕を見ながら少しだけ反省した。
「……ふふふ」
「どうかしたか?」
「別に? ただあの時に一緒に居たのがキッド君だったとしても、僕を止めてくれたんだろうなって思っただけ」
そう言ってドロシーは満足気に笑いながら、禍々しいエネルギーを砲門に蓄積し続ける巨大宇宙船を見上げた。
「……おい、まだ終わってないからな? あのおっかない宇宙船と、姿を変えられた人達を何とかしないといけないからな??」
既に一仕事終えたような顔になっている魔女にジェイムスは鋭いツッコミを入れた。