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ヒロインから見る主人公はいつでもナイスガイ。紅茶薫るこの世の真理だと思います。
「ど、どどどうしましょう!?」
「私に言われても困る!」
「うああああ! 何かドンドン撃っちゃってましたよ!? ヤバくねぇ!? 誰か撃ち落とされたんじゃ……」
メインデッキに残されたスコットとニックは慌てふためいていた。
「くそぉ、起きろ! この宇宙人め! お前のせいでこうなったんだからな!!」
「……ぎゅう」
「あーもう! 起きろぉ! もう一発ぶん殴るぞ!?」
「よせ! 彼女が死んでしまうぞ!?」
「くそーっ!!」
「……もぎゅ、もぎゅ……」
気絶したデモスを必死に起こそうとするが彼女は目覚めない。
額を大きく腫らしてデモスは遥かな夢の世界に旅立っており、どれだけ揺らしても意味のないうわ言を繰り返すだけだった。
「こ、こうなったら君が何とかこの船を操縦するしか無い!」
「無理ですよぉ! 俺、車の免許もまだ取ってないんですよ!?」
「だがこのままでは大変なことになるぞ!?」
「ううううううっ!!」
スコットは両目に大粒の涙を浮かべて咽び泣く。
どうしてこうも自分の行動が裏目に出てしまうのか。
神などとっくに信じるのをやめていたが、流石にここまで追い詰められると神にでも悪魔にでも縋りたくなる。
「どうして俺の人生はいつもこうなんだ……! 俺が何をしたっていうんだよ!!」
「人生を後悔するのは死んでからにしろ! 君はまだ生きているだろ!?」
「もう死んだほうがマシなくらいに追い詰められてます! 見てくださいよ、この状況!!」
宇宙船は無数の砲台を蠢かせて街を赤く照らしている。
先程の砲撃の流れ弾だけでも13番街区にかなりの被害が出ており、一斉砲撃でもされれば一瞬で焼け野原と化すだろう。
しかも船体下部に出現した一際巨大な砲門は今尚エネルギーをチャージ中だ。
それが放たれた時、この13番街区どころかリンボ・シティそのものが消滅してしまうであろうことは想像に難くない。
「だがまだ時間は残されている! 行動しないまま全てを諦めるんじゃない!!」
「行動した結果こうなったんですけどぉ!?」
「ええい、仕方ない! もう一度、私に身体を貸せ! 私が何とかしよう!!」
「やだよ! アンタを被ったのがそもそもの原因だよ! もう二度と被るもんかぁ!!」
「なら覚悟を決めろぉ! 君がこの船を」
「待たせたな、スコットォー!!」
そこにデイジーと老執事が颯爽と参上する。
「デイジー先輩が来てやったぞ! 後はオレに任せ」
「デイジーさぁぁぁーん!!」
スコットはニックを放り投げてデイジーに駆け寄り、その身体にしがみついた。
「ぎゃあああ! な、何だお前!? 一体、誰……」
「よく来てくれましたぁぁぁ! ありがとうございますぅうううう!!」
「お、お前、スコット!?」
デイジーは泣きじゃくるドロシー……ではなくスコットを引き剥がしてその身体を確認する。
「何でそんな姿になってんだよ!?」
「うう、話せば長いことに……!」
「き、君はスコットの仲間か!?」
「うわ、何だアイツ! 変な頭が喋ってるぞ!?」
「と、とりあえずお願いがあります! デイジーさんにしか出来ないことです!!」
スコットはデイジーの瞳を見つめながら言う。
「な、何だよ……? オレにしか出来ないお願いって……」
デイジーは頬を染め、スコットから目を逸らす。
どういう訳か彼には今のスコットが普通の姿に見えており、涙に濡れた情けない顔ではなく妙に男前なグッドルッキングガイに改竄されていた。
「この船を止めてください!!」
だがそう言われた瞬間にグッドルッキングな男前は霧散し、ドロシー顔の金髪美少女が目に飛び込んできた。
「……」
「お願いしますぅ! 貴方にしか頼めないんですよぉぉ!!」
「あー、ハイハイ。そうね。オレもその為に来たんだったわ」
デイジーは泥のように濁った瞳でスコットを押し退けてバチバチと火花を立てる制御パネルに近づく。
「はぁー……」
「な、何とかなりますか!? なりますよね!?」
「うるせぇ、ボケ。話しかけんな、ボケ。執事さんと帰りの支度でもしてろ、ボケ」
「え、あ……はい」
急に冷たくなったデイジーにおろおろしながらスコットは老執事の方を向く。
彼は笑顔でこちらを見つめ、チラチラと視線を下に向けていた。
「な、何ですか執事さん……」
「いやいや、何でもございません。ただ少し足が寒そうだと思いまして」
「足?」
スコットが足の方を見るとズボンが脱げてドロシーそっくりの眩しい素足が顕になっていた。
「あばぁぁぁぁー!?」
「ははは、ズボンはあちらですよ」
「いやぁぁぁぁー!」
「うっせーぞ、スコットォ! 気が散るから黙ってろぉ!!」
「……」
スコットが慌ててズボンを履き直す姿をニックは切ない眼差しで見つめていた。
ふとデモスの方に目をやると彼女の触覚がヒョコッと動き、その先端がデイジーの方に向けられる……
「はっ! き、気をつけろ! デモスが緑色の君を狙っているぞ!!」
「あっ!」
「誰が緑色だ! オレの名前は」
キャバァァァーン!
放たれた怪光線はまっすぐとデイジーに伸びる。
だが命中する寸前に老執事が身代わりになり、彼の身体が青い光に包まれた。
「し、執事さん!!」
「……問題ありません」
光線が直撃しても老執事は怯みもせずにデモスの元に駆け寄り、気絶したフリをしていた彼女の顔をぐいっと持ち上げた。
「残念でしたな」
「うぐっ……!」
「それでは貴方のアンテナも引き抜かせて頂きますね。またおいたをされると困るので」
「な、何を……! や、やめろ! それに触るな」
ブチッ。
「んぎゃぁぁぁぁぁーっ!!」
老執事はデモスの交信器を容赦なく引き抜き、ゴミのようにポイと捨てた。
「おや、失礼。そんなに痛かったのですか?」
「あぅうううーっ!」
「まぁまぁ、このくらいは甘んじて受け入れてください」
「き、貴様……!」
「場合によっては、貴女はこれからもっと酷い目に遭うのですから」
不気味に笑いながらこちらの顔を覗き込む 同じ顔 を見て、デモスは今まで忘れていた恐怖という感情を思い出した。