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憧れのあの子に似てるのに中身は真逆。滅茶苦茶ガッカリする要素の一つですよね。
「おい、コラァァァーッ! さっさと元の姿に戻せよ、異常管理局の兄ちゃーん!!」
「お願いよー! この姿じゃ彼に嫌われちゃうのー!!」
「お前、魔法使いダルルォ!? パッと魔法使って元に戻してくれやぁ! こんな姿もう耐えられねぇよぉ!!」
ヤリヤモ化した13番街区民が異常管理局の職員達に殺到する。
「お、落ち着いて! まずは落ち着いてくださ」
「落ち着けるかぁぁー!!」
「落ち着いて解決するならとっくに落ち着いてんだよ、オァァーッ!!」
「でもまずは落ち着いて! 冷静になってください!!」
「さっさとあの宇宙人共を何とかしてくれよぉ! さっきみたいに魔法を撃ち込むとかよぉぉー!!」
ドロシーそっくりの方々にきゃいきゃいと揉みくちゃにされて職員達はゲッソリする。
「パツキンのニーチャン! お前、リーダーだろ! 此処を任されたからには何とかしろよ!?」
「……」
「何とか言いなさいよ! いい男だからって黙ってれば許されるなんて思わないでね!?」
「あー、キツイ」
特にジェイムスの精神的苦痛は深刻だった。
唯でさえ苦手なドロシーにそっくりの暴徒共に言いたい放題言われるだけでなく、服を引っ張られ、ペシペシと叩かれ、ぐいぐいと抱きつかれる。
彼の精神は一秒ごとにガリガリと削られ、既にその表情からは生気が消え失せていた。
(……話を聞いてくれるだけ、アイツはマシだったんだなぁ。迷惑だけどトラブルは解決してくれるし、ムカつくけど気を使ってくれるし)
そしてここに来てドロシーの評価が微妙に改められた。
「せ、先輩! どうしますか!?」
「どうしよっか」
「どうしようかじゃねぇよ、ボケェェー!!」
「あー、辛い」
ヴヴゥウウウウウン……
不意に空から聞こえてくる不気味な音。
彼らの頭上に再び巨大な画面が浮かび上がり、混乱の元凶たるデモスの顔が映し出される。
『やぁ、君達。すまないね、少しこちらでトラブルがあったもので』
「出たな、コラァァァーッ!」
「魔法使いさん、出番だぁ! あのムカつく面に魔法を撃ち込んでやれぇー!!」
『そろそろ君達もその身体に馴染んできた頃だろう』
「馴染むかぁぁぁぁ────ッ!!」
「ザッケンナコラー!!」
「戻せやオラァァァー!!」
『実に快適だろう? これからは遠慮なく活用してくれ』
「何処がじゃぁァァァー!?」
デモスは彼らの言葉など聞こえていないかのように話す。
『制限のある元の姿から急に高性能な肉体に昇華してまだ慣れないだろう。だが安心してくれ、その身体は君達の悩みを全て解決してくれる。あらゆる不自由から解放してくれる。あらゆる差別とも無縁になるだろう』
「……ああ、なるほど」
ジェイムスはデモスの話を聞く内に不快感を募らせていく。
デモスに悪意はないが、此方の言い分や意思などまるで届いていない。
彼女にとって自分の意思と行動こそが全てであり、それが自分以外の誰かにとっても良いことだと本気で信じているのだ。
『これからは君達も私の同族だ。つまり君達も私になると言ってもいいだろう、素晴らしい事だと思わないか? 君達は私の同族になることでようやくあらゆる苦悩から解放されるのだから』
そしてその行動は全て『自分こそがもっとも優れている』という自尊心からのものだった。
「これはムカつくな」
「えっ?」
化け物じみた魔力を宿しながらも あくまで一人の人間 として人々に寄り添い、自分の命を誰よりも軽視し、どんなに嫌われようとも自分以外の為に行動する街一番の嫌われ者。
「アイツに似ているのが……アイツへの最大の侮辱だ」
彼女とは何処までも対照的な存在なのだ。
『さて、晴れて私の同族となった君達に最初の仕事を与えよう』
言いたいことをひとしきり言い終えたところでデモスは眼鏡を外す。
『もっと同胞を増やせ。姿が違う者は全て同胞に変えてしまえ。このウィクスコの全てを我らで満たせ』
デモスの声が届いた瞬間、13番街区のヤリヤモ達は一斉に静まり返る。
「……」
「……」
「な、何だ? 急に静かになりましたよ……?」
彼女達は目を青く輝かせながら自分達と姿の異なる異常管理局の職員達を見つめる。
『そう、まずは彼らを仲間にしてあげよう』
ヤリヤモは一斉に頭頂部の触覚を立て、ジェイムス達に怪光線を放った……。
「も、元に戻ったら……」
「な、何だよ。元に戻ると困るのか? もしかして元の体は病気で動けないとか……」
「そ、そういう訳じゃないんです。でも……元に戻ったら私、また皆に嫌われちゃうのかなって」
「? 何で? 元の姿はそんなに怖いの?」
「それは……」
アリシャが何かを言おうとした瞬間、アリシャ含めた三人のヤリヤモの身体がビクンと痙攣する。
「!?」
「おや、どうしたのでしょう。皆様でお花摘みですかな?」
「た、タクロウさん? どうかしたの……?」
タクロウは無言で心配するアトリの顔を見つめ、静かに触覚をピンと立てる。
「あ、あなた?」
「アトリちゃん、ふせて!」
触覚の先端から光線が放たれようとした瞬間、それよりも速くドロシーは杖を抜いて魔法を放つ。
パァンッ
放たれた弾丸はタクロウの触覚を的確に撃ち抜いた。
「ひゃあっ!?」
「ギリギリセーフ!」
だが、今度はアリシャ達がドロシーに触覚を向ける。
「失礼致します、お嬢様方」
だが光線が放たれる直前に老執事が二人の触覚を素早く引き抜く。
あまりにも人間離れした動きにアリシャ達は反応することすら出来ず、引き抜かれた触覚から青い怪光線が放たれて天井に軽い焼け跡を残した。
「え、あっ? 何? 」
「タクロウさん……?」
「あれ、アトリさん? どうかしたのか?」
触覚を撃ち抜かれたタクロウはキョトンとした顔で妻を見る。
「んあっ? な、何だ?」
「はわっ?」
「あ、二人共、目が覚めた?」
「え?」
「な、何かあったんですか?」
続いてバケット達が正気に戻り、目を丸くしながらポリポリと頭を掻く。
三人は何が起きたのかわからないといった様子で、妙にジンジンとする頭頂部を気にしながら互いの顔を見合わせていた。
「……なるほど、様子がおかしくなった子は頭のアンテナを引き抜けばいいのね」
状況を打破する一手を掴んだドロシーは自慢のアンテナをピンと立てて不敵に笑った。