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幻騒のカルネヴァーレ ~Carnevale of Phantasm~  作者: 武石まいたけ
chapter.8 「言うのは簡単? やるのはもっと簡単だよ」
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17

「ハーイ! たっくん、元気ー?」


 一方、ドロシーはいつもの笑顔でビッグバードを訪れる。


「ああっ、ドロシーさん!」


 看板娘で店長タクロウの妻アトリがいきなり彼女に飛びついた。


「ドロシーさん! ドロシーさん!!」

「あははー、どうしたの? アトリちゃん」

「あの人が! あの人が大変なんです!!」


 ドロシーを抱きしめながらアトリは泣きそうな顔で言う。

 いつも常連で賑わう店内には誰も居らず、ドロシーが本日初めての来店者だった。


「……人居ませんね」

「あんまり人が来ないお店なんでしょうか」

「そんなことないよー、いつもは賑やかなんだけど」

「……そうなんです。今日は誰も来てくれなくて……あら?」


 ここでアトリがバケットとアリシャの姿に気付く。


「ドロシーさんの妹さんですか?」

「うん、そうだよ」

「違うよ!」

「ち、違います!」


 ドロシーは笑顔で即答するが、二人は即効で否定した。


「もー、酷いなぁ。そんな顔で嫌がらなくてもいいじゃない」

「じゃ、じゃあ()()()()()……」

「そうね、あのデモスってやつに姿を変えられちゃったの。ところでタクロー君が大変だって言ってたけど」


 アトリはドロシーの肩をガシッと掴み、真剣な表情でドロシーの目を見つめた。


「……あの人の姿を見ても絶対に笑わないであげてくださいね?」

「あっ、うん」


 彼女の表情でタクロウに何が起こったのか大体察しがついた。



「タクロウさん、大丈夫ですか?」

『……』

「そ、そろそろお昼ごはんにしませんか? お腹が空いたでしょ?」

『……』

「……タクロウさん、いい加減に部屋から出てきてください!」


 タクロウは店の二階にある自室に引きこもっていた。

 愛する妻の呼びかけにも応じず、返事すらしない有様。余程の事があったのだろう。


「た、タクロウさん……」

『……』

「ちょっとたっくーん、アトリちゃんが呼んでるでしょ? さっさと出てきなさい」


 見かねたドロシーがドアを叩いて声をかける。



『こらー、出てきなさい。アトリちゃんが泣いてるわよー』

「……」

『たっくーん!』


 タクロウは布団に包まって耳を塞いでいた。


 どんな時でも妻の声を聞けばすぐに飛び出し、ドロシーの声が耳に入れば即襲いかかるあのゴリラが絶望に打ちひしがれて寝込んでいる。


『こらー、たっくーん! いい加減に出てきなさい! 他にもお客様が来てるのよ! あんなに怖い顔してても僕以外には優しいのがたっくんじゃないの!?』

『ど、ドロシーさん!』

「う、うるさい……」

『お客様への優しさとアトリちゃんへの愛情まで捨てたタクロー君なんて唯のゴリラよ! そんなゴリラのお嫁さんになっちゃったアトリちゃんが可哀想だと思わないの!?』

「何だとコラァァァーッ!!」


 的確に心を抉る魔女の言葉にカチンと来たゴリラは起き上がるが、鏡に映った自分の姿を見てすぐに消沈した。


「……くそぅ」

『こらー、出てきなさいゴリラ! お客様がお腹を空かしているのよ!』

『ご、ごめんなさい。やっぱりそっとしておいてあげて……お食事は私が』


 ぐきゅるるるるる。


「……」

『ほら、今の聞いた!? お腹が空いてる子がいるのよ!』

『す、すみません。もう勘弁してください……』

『わ、私がご用意しますから!』

「ああ、くそったれぇぇー!!」


 ドロシーのしつこい声に加えて誰かの腹の音まで聞こえ、ついに塞ぎ込んでもいられなくなったタクロウが立ち上がる。



「……」

「うーん、ここまで言っても駄目なんて。見た目の割にメンタルがお豆腐よね、あの子。すぐ怒るくせにすぐ凹むなんて面倒くさーい、アトリちゃんが泣いてるよー」

「も、もうそのくらいにして! あの人はそんなに弱い人じゃないですから!」


 ドアの前ではドロシーとアトリがタクロウに聞こえるように大袈裟に声を上げて会話している。


 アトリも夫を気遣うような事を言っているがその表情は何処か楽しそうで、ドロシーに至ってはいつものニヤケ顔である。


「……」

「……」


 そんな二人の姿をバケット達は乾いた表情で眺めていた。


「もう良いよ、ゴリラなんてほっておこう」


 頃合いと察したドロシーはくすくすと笑いながらドアから離れる。


「きっとゴリラはアトリちゃんを抱き締めるより布団を抱き締める方が好きなんだよ。そのまま布団とキャッキャウフフしてなさい」

「い、いい加減にしてください! あの人はそんなことしません! 布団よりも私のほうが」

「うるせーぞ、この性悪魔女がオァァァァー! 黙って聞いてたら言いたい放題言いやがってコラァァァァ!!」


 そして自室のドアを蹴破って愛妻ゴリラ……ではなく口調の悪い金髪美少女が出現した。


「あぁぁん! おま、おまえ調子乗ってんじゃねえぞ、オアアー! ぶっ殺すぞぉ!?」

「ひゃああ! ち、違います! 俺じゃない! 俺じゃなくて!!」

「はわわわわわっ!」

「ぁぁぁん!?」

「ああっ、タクロウさぁん!!」


 ようやく部屋から出てきた夫にアトリは嬉しそうに抱きつく。


「ぬわっ!?」

「もう、もう! 放しませんからね! むぎゅーっ!」

「あ、アトリさん! やめて! 放してぇ!!」

「嫌ですー!」

「おはよー、たっくん。随分と可愛い顔になったわね」

「くそがぁぁぁー! お前にだけは見られたくなかったのにぃいー!!」


 アトリに抱きしめられながらタクロウは半泣きでじたばたする。


 殺したい程に大嫌いなドロシーそっくりの姿にされた彼の絶望たるや如何なものだろうか……察するに余りある。


「はふぅ、可愛いー。ずっと抱きしめていられますー」

「やめてぇぇ! ドロシー達が見てるぅ! 金髪の悪魔共が見てる前でやめてぇ! 耐えられないぃいい!!」

「……うわぁ」

「……」

「あーあー、なるほどね。それは確かに心が折れちゃうね」


 そして愛する妻に大嫌いな姿を可愛い可愛いと言われて抱きしめられる。心が折れて当然だった。


「びゃぁぁぁぁぁ!」

「ところでそろそろ注文してもいいかしら? たまごサンド四人分」


 自分とそっくりの姿になったタクロウがアトリに抱きしめられる光景を彼女らしからぬ 無表情 で眺めながら、ドロシーはいつもの料理をオーダーした。


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