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「くそっ! 俺たちじゃもう無理だ、抑えられない!!」
「撤退だ! 撤退しろー!!」
リンボ・シティ13番街区に突如出現した黒尽くめの魔人が、両手から怪光線を放ちながら街を破壊していた。
〈滅ぶべし、滅ぶべし、滅ぶべし! 我が依代の憎しみのままに! 尽く滅ぶべし!!〉
全身に漆黒の鎧を纏う魔人はそう叫びながら光線を連射する。
放たれる光線の一発一発が頑丈に造られている筈の建造物を容易く破壊し、次々と瓦礫の山を作り上げていった。
「ええ、こちらリンボ・シティ13番街区です! 見てください、街のど真ん中に何かヤバイ奴が突然現れて大暴れしています!!」
「こら、君! ここは危ないから離れなさい!!」
「ちょっと今、オンエア中だから邪魔しないで! こんなにいい絵を間近で撮れるなんて滅多にないんだから!!」
「命のほうが大事だろ、バカヤローが!」
そんな中、騒ぎを聞きつけた異人のニュースリポーターが自分の身を気遣う警官の声を無視してニュース中継を続けている。
「……何なんですか、アイツは。何か手からビーム撃ってくるんですけど」
「さぁな、とりあえず良いやつでは無さそうだな。手からビーム撃ってくるし」
「いえいえいえいえ、あんなのがいきなり出てくるとかおかしいでしょ!?」
「……何もおかしくないさ。この街はそういうところだからな」
リュークが本気で混乱する一方、アレックス警部はさも見慣れた光景であるかのように落ち着いた表情で言った。
「何で冷静なんですか、警部!? あんなの相手に一体どうしたら」
「とりあえず……俺たちは逃げるぞ」
「えっ!?」
「ボサッとするな! ほら、走れ! 死ぬぞ!!」
警部は走って逃げ出し、リュークも彼を追うようにしてその場を離れる。
他の警官達も『こいつは手に負えないな』と判断するや即撤退し、ギリギリまで粘っていた女性リポーターを含めたテレビ報道陣もようやく命の危険を察して大慌てで逃げ出した。
〈滅ぶべし、滅ぶべし、滅ぶべし!〉
あの漆黒の魔人が、フィードという男の成れの果てだと知る者はもう誰一人としていなかった。
黒い書物を開いたフィードは書物から漏れ出たドス黒い闇に包まれて苦しみ悶えながら姿を変えた。
あの書物に封じられていた【名も無き魔人】に身体を乗っ取られた彼に残されたものは果てしない憎悪と破壊衝動のみ。
〈滅ぶべし! 憎しみのままに!〉
誰が何の為に生み出したのかも知れない魔人は仲間を殺されたフィードの憎悪に惹かれて蘇り、呆然としていたピクサを消し炭にした。
それから魔人は目に付くもの全てに憎悪を向け、只々破壊し続けている……
「ああ、畜生め! これだからこの街は!!」
警部は暴れまわる魔人に向かって毒づく。
人生何度目かの命の危険を感じながら携帯電話を取り出し、この魔人を倒しうる助っ人に連絡を取った……。
◇◇◇◇
「では今から社長にお代わりします。少しお待ちを」
『そこに居るんだな!? なら今すぐ13番街区に来いと伝えてくれ!』
アレックス警部は老執事にそう言い残し、切羽詰まった様子で通話を切った。
「お嬢様、警部さんからです。今すぐ13番街区に来て欲しいと……」
「まーた13番街区かー。相変わらず楽しいニュースに事欠かない場所ね」
アーサーからアレックス警部のSOSを聞いたドロシーはため息交じりにテレビを点ける。
『ご、ご覧ください! 13番街区に突如出現した怪人が街で暴れまわっていますっ!!』
60インチを越える大きなテレビ画面に黒い魔人が街中で大暴れする様子が映し出される。
「わー、凄い。あの攻撃は何だろう、魔法かな?」
「魔法じゃないかしら? ドリーの扱うものとはだいぶ違うけれど」
「……何ですか、アレ」
「さぁね。とりあえず僕の知り合いじゃないことは確かよ」
「ちょっ、ちょっと! アイツが狙ってるの……ケツァルコアトルズ・ビルじゃないですか!?」
画面に映る魔人は手を眩く発光させながらガラス張りの高層ビルに狙いを定める。
それはスコットが面接の為に訪れたケツァルコアトルズ・ビルであった。
「あーっ! ヤバイヤバイ! みんな早く逃げろーっ!!」
「そんな名前のビルあったかな? 覚えてないよ」
「何言ってるんですか! この部屋があるビルですよ! そのビルの13階に……!!」
「あー、そこからこの部屋に来たのね。大丈夫、安心して。今僕たちが居るのはビルの13階でも無ければ、リンボ・シティの13番街区でもないから」
「えっ!?」
ドロシーの言葉と同時にビルが破壊される。
「うわーっ!」
スコットは思わず身を屈めて絶叫する……が何も起きなかった。
「……あれ?」
「ね? 何とも無いでしょ」
「あ、あれ……? どうなって……」
確かにスコットは13番街区の高層ビルに足を踏み入れた。
だがどういう訳かそのビルが破壊されたと言うのにこの部屋は何とも無い。
天井や壁が崩れるどころか、破壊音すら聞こえない。
テレビを点けるまで13番街区で騒ぎが起きている事に誰一人として気づいていなかった。
まるでこの部屋だけが街の喧騒から乖離しているかのように。
「……」
そして極めつけが彼の身に危険が及ぶと必ず現れる筈の悪魔が今も眠ったままだという事だ。
「ま、この部屋についての説明は後でゆっくりしてあげる。お友達に呼ばれちゃったからね」
「如何なさいますか? お嬢様」
「車を用意して。それと、お嬢様じゃなくて 社長 と呼びなさい?」
「かしこまりました、社長」
ドロシーの言葉に老執事は爽やかな笑顔で応じ、メイドのマリアもそわそわしながら彼女の指示を待っている。
「マリア、杖を用意して」
「銘柄は?」
「ロイヤルスモールガジェット社製のエンフィールドⅢ拳銃短杖二本に、予備の術包杖12発……ちゃんとローダーに装填しておいて。それと、お父様のコート」
「うふふ、かしこまりましたわ」
「それじゃお願いね、二人共。すぐに準備して」
ドロシーはそう言ってパンパンと手を叩く。
「「仰せのままに」」
彼女が手を叩く音を合図に、二人の使用人は嬉々として準備に取り掛かった。
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