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「ふやぁっ! な、何するの!?」
腕の痛みは気にしていないのに頭を叩かれた痛みは気にするドロシー。
「執事さん! 彼女の手当を!!」
「おや、もう少しで撃ち落とせそうなのに。宜しいのですか? 反撃が」
「いいから、手当を! 包帯でもハンカチでもいいから彼女の腕に巻いてあげてください!!」
「ちょっ、ちょっと! 返してよー! その杖は」
「うるさい!!」
「はびゃあっ!?」
スコットは再度、ドロシーの頭を叩いて彼女を叱りつける。
「いい加減に気づけよ! アンタは何しに此処まで来たんですか! あのまま撃ち落としたら13番街区はどうなります!? 少しは考えてくださいよ! 子供か!!?」
「こ、子供じゃないよ! 馬鹿にしないで、僕は」
「うるせー! 馬鹿だよ、アンタは! こんなに手をボロボロにしてあんなの撃ち落としても誰も喜ばねえよ! もっと嫌われて終わりだ! 何でわからないんだよ!?」
「で、でもっ」
「やかましい! あの二人を見ろ!!」
車の中でドン引きしているバケットとアリシャを指差してスコットは言う。
「あの二人が今日の依頼人です、思い出しましたか!?」
「は、はい」
「その二人の依頼は何だったか覚えてますか!?」
「え、えーと」
「覚えてないんですか!?」
「は、はわっ……ごめんなさい!」
「俺に謝ってどうすんだよ! 本当にどうしたんですか、社長!?」
「あう、あう……」
ガシッと肩を掴まれながら叱りつけられ、ドロシーは半泣きで震え上がる。
「二人の依頼は! あの姿を元に戻してくださいですよ! アレを撃ち落として二人は元に戻りますか!?」
「も、戻ると思うよ……」
「戻るか、ボケェ!!」
「ふやぁっ!」
「いつもの社長ならあの船に殴り込んで聞き出すとか、デモスってやつを取っ捕まえて吐かせるとかが先でしょうが! 開幕チュドーン撃ち込んでどうするの!? そして13番街区の皆さんをどうする気だったの!!?」
「あう、あうう……!」
「執事さん、手当てはぁ!?」
「もうこの通り済んでおります」
いつの間にかドロシーの傷ついた右腕に包帯を巻いていた老執事に無言のサムズ・アップを送り、ようやくスコットは彼女を開放する。
「……」
「お、落ち着いてスコット君……もう怒らないで……」
「……本当に、アンタって人は」
ぷるぷると震えながら弱々しい声を出すドロシーに頭を抱えながら彼は言った。
「ここからは俺がやりますから、社長は依頼人をお願いします」
ドロシーを老執事に任せ、スコットは宇宙船を睨みながらペキペキと指を鳴らす。
「ちょ、ちょっと! スコット君の仕事は」
「うっせー! 怪我人は黙ってろぉ! 執事さん、杖をお願いします! 絶対に渡さないように!!」
「かしこまりました」
「ま、待って、アーサー! 貴方は僕の執事でしょう! スコット君の命令を聞いちゃうの!?」
「まぁまぁ、ここは彼に任せてみましょう。あのスコット様が任せろと言うのですから」
老執事はドロシーの肩に触れて諭すように言い聞かせる。
「あー、そうそう。ニックさん借りていいですか! いいですね!?」
「え、うん……ちょっとニック君持ってきて」
「……?」
「ーっ??」
「そう、それそれ」
ドロシーはバケットからニックを受け取ってスコットに手渡す。
「おっ、私の出番か」
「どーも」
「……」
「くれぐれも、大人しくしててくださいね! 次にあの魔法使ったら……会社辞めますからね!!」
「わ、わかってるよ! もうあの魔法は使わないから……だから辞めないで!!」
「その言葉忘れんなよ! 魔法撃ったら絶対に辞めてやりますからね!!」
スコットはむぐぐ……と半泣きで顔を膨らませるドロシーに背を向け、ニックと共に超巨大UFOとドロシー軍団が待ち受ける13番街区へと足を踏み出した。
「それで、君の作戦を聞こうか。私を必要とした理由も」
「ニックさん」
「何だね」
「……どうしましょうか」
「は?」
ドロシー達に聞こえない距離まで進んだ所でスコットは滝のような汗をかきながら言った。
「何を言ってるんだ、君は……」
「いえ、勢いで言ってみたものの……実は何も考えてないんですよ」
「馬鹿かね、君は!? 早く戻れ! 彼女の力が」
「それは駄目です! 今日の社長はおかしいんです! あのままいけば本当に腕一本と13番街区を犠牲にします!!」
「いや、うむ……確かにそうだが」
「それにですね!」
ここでスコットは一瞬だけ後ろを振り返る。
「彼女、笑ってたんですよ。あんなに腕がボロボロになってるのに……」
「……」
「それを見てると……何でしょうね、こう! 何か! 何かムカついたんですよ! 女の子ですよ!? 女の子が自分の体を大事にしないで何を大事にするんだって話ですよ! しかもそんなにボロボロになってまで宇宙船を撃ち落とそうとする理由が『何かムカついたから』ですよ! ふざけんなって!!」
「……」
「そういう理由でボロボロになるのは男の役目だってーの! そう思いません!? 思いませんか!!?」
「はっはっは」
スコットの話を黙って聞いていたニックが突然笑い出す。
「はっはっはっはっ!」
「……何ですか」
「その通りだ、気が合うじゃないか。私も同じことを考えていたよ。そんな理由で傷つきながら戦うのは男の役目だ、少なくとも私は今までそうしてきた」
「ですよね!?」
「まぁ、つまり君は彼女をこれ以上傷つけたくないあまりに勢いで言ってしまった訳だね?」
「……」
「本当に君が心配しているのはあの街じゃなくて彼女の方だろう?」
ズバリと言い当てられてスコットはピタッと立ち止まる。
ヴ、ヴヴゥゥゥゥゥン……!
超巨大UFOはゆっくりと此方を向き、まるで威圧しているかのように空を震わす不穏な音を立てた。
「笑いますか?」
「いいや、笑わないよ」
「ははは……馬鹿ですよね。本当に、彼女が嫌いなはずなのに」
スコットの背中から再び悪魔の腕が現れる。
「ああ、馬鹿だな。清々しいまでに馬鹿だと思う」
「……すみません」
「でも不思議だな、やはり嫌いにはなれないよ。私も君と同類の馬鹿だからな。もし私が君の立場だったなら同じことをしたと思う」
「……!」
「良いじゃないか、馬鹿でも。そんな馬鹿でも勇者様と呼んでくれる世界があるんだからな!」
「はっはっ、どうも! 俺は多分、勇者にはなれませんけどね!!」
青い悪魔の腕はバンバンバンと両手を叩く。
『流石だぜ、ブラザー』と応援しているのか、それとも『本物の馬鹿だぜ、ブラザー』と笑っているのかはわからない。だがそんな悪魔の腕には自然と力が漲る……
まるで『いつでもいいぜ』とスコットに伝えているかのように。
「それじゃあ、行くか……!」
「作戦は?」
「とりあえずあの中に乗り込んでリーダーを脅す! 以上で!!」
スコットは勢いよく地面を蹴り、上空に鎮座する巨大UFOを目指して凄まじいスピードで駆け出した。
この作品の主人公は馬鹿じゃないと務まりません。