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「な、何だ! アイツ何をしたんだ!?」
デモスの言葉と共に本物のドロシー以外のドロシー達は沈黙する。
口は開くが声だけが出せない状態にされたバケットとアリシャは戸惑い慌てまわる。
「ーっ!」
「~っ!!」
「はいはい。大丈夫、大丈夫だから落ち着いて。お姉ちゃんが付いてるからね」
そんな二人の頭を優しく撫でて宥めるドロシー。
(お姉ちゃん!?)
(お姉ちゃん!?)
いつの間にか二人を妹か何かと認識している彼女にスコットとニックはツッコミを隠しきれない。
(はっはっは、まるで本当に二人のお姉様のようではありませんか。何と感動的な光景なのでしょうか……このままお二人には姉妹になって戴いても良いのですがね)
一方、老執事はご満悦のようだった。
『では、再び自己紹介から始めようか。私の名前はヤリヤモ・ナ・デモス。遠い星の海を渡ってきた別の星の民で君達とは初対面だ』
「……!」
「……!!」
『なのでここまで恨まれる謂われも無ければ非難を浴びせられる筋合いもないのだが……まぁ、それはいいとしよう。この顔にそっくりな 大罪人 が偶然この場所に居たのだろうな』
「……」
『きっと散々君達を苦しめたり、命を奪ったり、富や資産を横取りしたり、君達に害しか及ぼさなかったのだろう。もしかすれば独裁者の類なのかも知れないな。ここまで言われるのだ、相当な悪人に違いない。まぁ、この話はもうやめておこう。聞かされる君達が不憫だからな』
先程の罵詈雑言に集中砲火がそこそこ効いているのか、デモスは沈黙するドロシー達にネチネチと小言を言う。
実際、この星基準で見れば相当な美少女であるはずのデモスにあの仕打ちである。
彼女が自分と同じ顔の誰かを大罪人か何かと誤解しても仕方がない。
「酷い言われようね。ちょっとカチンと来たわ」
遠くで声を聞いていたドロシーは少々苛立つ。
「……同感ですね」
ここでスコットも彼女の意見に同意する。
「社長、如何がなさいますか?」
当然、老執事は腹に据えかねて手をポキポキと鳴らしている。
ドロシーそっくりのあの顔が一気に不快なものに感じられ、愛するドロシーお嬢様をボロクソに貶したデモスに本気の殺意を燃やす。
「でもまずは相手の話を聞きましょうか。アレを撃ち落とすのはそこまで難しくないけど、それで解決するような単純な話じゃないはずよ」
「左様でございますか」
「あとちょっと車を退けてあげて。後ろの車が困ってるわ」
「ああ、これは失礼しました」
ドロシーの言葉と共に丁度信号が青になる。
老執事は車を動かして信号を少し進んだ先の道路脇に停車させた。
『私達が星の海を渡っていたのは新天地を求めていたからだ。この星から40000ゲロマス先の地点で偶然星体情報をキャッチし、その環境と大気成分が私達の故郷に非常によく似ていたので私達は此処を新天地に選んだ』
『ああ、言い忘れていたが私はこの星の偉大な先住民たる君達に危害を加えるつもりは一切ない。君達をその姿に変えたのは紛れもない親愛の証だ』
デモスは無機質な笑みを浮かべて言った。
『私の故郷は酷い場所だった。増加した人口を維持するため、僅かな資源を求めて様々な種族間での争いが絶えなかった。一つの種族が独自の技術を発明して栄えても、それを妬んだ他の種族がその種族を滅ぼした。栄えていなくても、別の種族だというだけの理由である種族がそれを滅ぼした。そんな事の繰り返しだった』
『そうして互いを滅ぼし合っている内に、やがて星そのものが滅びた。僅かに生き残った同族達と共に船で星の海に旅立ち、赤く染まった故郷を見つめながら……まだ未発達の幼体だった頃の私は思った』
『人は何故争うのか? と』
デモスは憂鬱な表情を浮かべながら淡々と語り続ける。
『船の中で同族達はずっと話し続けていた。何故争う? 何故滅びた? 何故? 何故?と。故郷を失い、星の海を渡りながら何年も何年も考えていた。そこで一つの結論が生まれた』
『皆が同じではないから争うのだと』
そう語るデモスの背後からデモスと全く同じ顔の人物が現れる。
『顔が違うから争うのだ』
『考えが違うから争うのだ』
『性別が違うから争うのだ』
『望みが違うから争うのだ』
『種族が違うから争うのだ』
一人に続いてまた一人、また一人。デモスと同じ顔、同じ声、同じ姿の人物が次々と現れる。
『ならば違いを無くせば良い。姿も、声も、考えも、全て同じにすれば争わない。技術も思考も文明も全て分かち合えば争わない。富も資源も夢も共有すれば争いは生まれない……とね』
今まで人形のように無機質だったデモスの顔にようやく明るい笑みが浮かぶ。
『……という訳でこれから一緒に住む君達の姿を私と同じにさせてもらったよ』
デモスは言った、反論できないドロシー達に押し付けるように。
最初から彼らの意思など関係ないとでも言いたげに。
『いきなりの事で驚いたとは思うが心配しなくてもいい。安心してくれ、その身体はとても便利だ。まだ変化したばかりで慣れないかも知れないが必ず気に入ってくれるだろう』
「……!」
「……ッ!!」
『私達の身体は君達よりも進化しているし、君達よりも高性能だよ。今は君達だけだが心配は要らない……すぐにもっと沢山の仲間が増える』
段々とデモスの無自覚な傲慢さが浮き彫りになってくる。
遠回しとは言え13番街区に住む人々の身体を馬鹿にしている上に『これからこの街を侵略しますね』と宣う彼女のムカつく笑顔……
『感謝の言葉は要らないよ。私達はもう同族だからね』
そして相手の都合など全く考えておらず、あたかもその所業が感謝されて然るべきとでも言いたげな強烈な独善性。
「……うん、ここまで聞けば十分ね」
「ですね」
「……ああ、そうだな」
「実に素晴らしい演説でした。感動的です。このアーサーの枯れた心にとても響きました」
ドロシーに似ているようでまるで真逆。
尊大な本性を顕にしたデモスを排除すべき相手と認識したドロシーと愉快な仲間達は野獣のように怪しく目を光らせる。
「選んだ星が悪かったわね、ギョロ目星人」
ドロシーは徐ろに魔法杖を取り出し、二連式ショットガンを模した杖に【The Forbidden】と刻まれた見慣れない赤い装飾の術包杖を装填する。
「生憎、この星の皆はアンタを受け入れられるほど優しい子たちじゃないのよ」
そう言って彼女は身勝手な御高説を垂れるデモスの円盤に狙いを定めた。