1
ここで皆が忘れてたモブの出番がやって来ます。
「くそっ、くそっ! あの女……ぶっ殺してやる!!」
13番街区の路地裏にある寂れた骨董品店で酒に酔った男が喚き散らしていた。
「アー、うるさい。そんなに殺したきゃ殺しにイケばいいじゃん」
骨董品店の店主、ピクサがそんな男を見かねて呟く。
「うるせぇ! それが出来たらとっくにやってんだよ!!」
「出来ないなら諦めなーヨ。世の中にゃ手に負えない相手の100人や200人はいるもんヨ」
「諦められるか! 仲間が皆殺しにされたんだぞ!?」
男の名前はフィード。先日に銀行を襲った強盗犯の生き残りだ。
運悪くトイレが長引いた彼は仲間が金髪の少女に無力化され、猛獣の餌になる瞬間を目撃してしまった。
八人目の強盗犯の存在を彼女や警察側が知らなかった事もあり、裏口からこっそり逃げ出せたようだ。
そんな悪運の強いフィードが自宅で目にしたのが『銀行強盗が全員死亡した』というニュースだった。
「相手が悪いヨ、相手が。むしろ自分が生き残ったことを喜びナ。ほら、もう帰って、帰って」
「クソが! もっと強い化け物を呼び出せる本はねーのかよ!? あの女を殺せるくらいの!」
「そんなのあるわけなイ。もしあったとしても、アンタには買えないヨー」
ピクサはそう言ってケケケと笑う。
「もういい! 二度と来るか、こんな店!!」
「そうしてくれた方が助かるヨー、ウチもアンタらには愛想尽きてたところだしネ。でもまぁ、最後に面白いニュースが見れたのは良かったネェ」
「……クソ野郎め、地獄に堕ちろ!!」
フィードがそう吐き捨てて店を出ようとした時、乱雑に積み上げられた古い本の山で異彩を放つ【黒い書物】が目についた。
「……おい、これは」
「んー? 何かあった?」
フィードは黒い書物を手に取ってピクサに見せる。
題名の無い表紙に、磨かれた黒曜石のような怪しい輝きを放つ怪しげな書物を見てピクサは小さく反応する。
「アー、それね。この前、空から降ってきた変な本ヨ」
「魔導書か?」
「知らないネ。本を開こうと思っても開かなかったから捨てるつもりだったのヨ。欲しかったらやるヨ?」
「……」
フィードが黒い書物の表紙を軽く撫でると何も書かれていなかった筈の表紙に金色の文字が浮かび上がる。
「……お、お?」
「おやー?」
浮かび上がったのは彼らの知らない文字。
やがて表紙全体が金色の文字に覆われ、書物が一人でに震えだした。
「お、おい! 何だこの本!?」
「さぁ、ウチにもわからんネ。何だかヤバそうな気配がするからー、それ持ってさっさと店を出てってくんなイ?」
「やっぱり返す! こんなの渡されても俺は……!?」
……憎い、か……
フィードの脳内に何者かの声が響く。
「だ、誰だ!?」
……憎いか……
「!?」
……憎いか……憎いか……
その声を聞く内に彼の中で憎しみの感情が湧き上がる。
仲間を殺したあの女への憎しみが。
「……に、憎い……」
「ちょっとー、大丈夫ー?」
「……憎いぞ……、あの女が……!」
「聞こえてるー? ちょっとヤバい顔になってるヨ?」
……ならば、開け……門を……開け……
「……あの女を、殺してやる……!」
「もしもーし、アタマおかしくなるなら店の外でー」
「……殺してやる!!!」
……我に、委ねよ……その、憎しみを……
……憎しみを、飢える我に、憎しみを……
……憎しみの、門を、開けよ……
その声に導かれるように、呆気に取られるピクサの前でフィードは黒い書物を開いた。
「え、えーと……」
差し伸ばされる手を掴めないまま、スコットは硬直していた。
「さぁ、僕の手を取って。それで契約は終了だから!」
「えーとですね」
「どうしたの、スコッチ君?」
「やっぱり俺、帰ります!」
そして意を決したスコットはソファーを乗り越えて脱兎のごとく逃げ出した。
「マリア」
「はい、お嬢様」
ドロシーの呼びかけに応じたマリアの足元から【影】が伸びる。
それは音を立てずにスコットの足元まで忍び寄ると黒蛇のようにぐるりと巻き付いた。
「え、あっ! うおおっ!?」
マリアの影に足を取られたスコットは勢いよく転倒する。
影は瞬く間にスコットをぐるぐる巻きにし、決して軽くない青年の身体を軽々と持ち上げてドロシーの前まで運んだ。
「な、な、なぁーっ!?」
「駄目よ、もう君はファミリー。僕たちと一緒に楽しくお仕事しようねー」
「いやいやいや、もう俺は帰りたいんですって! ていうか此処で働きたいだなんて」
「言ったよね?」
ドロシーはスコットの顔をガシッと掴み、息のかかる距離まで顔を近づけて言う。
「聞いたよ? この耳で、君の熱意をしっかりと」
「い、いや……あれは」
「ああ、それとレクシー運送サービスはリンボ・シティでは求人を取ってないよ? リンボ・シティに支店なんて無いからね」
「は!?」
彼女の言葉にスコットは驚愕する。
「え、だ、だって……! 俺は求人サイトで見つけて……」
「それ、偽の求人情報だよ。外から真っ当な職に付けない人や刺激に飢えたやんちゃな子を呼び寄せて、碌でもない仕事に就かせるのが目的だろうね」
「はぁ!?」
「下手をすれば死ぬまで強制労働、もしくは奴隷、運が悪いと生きたまま加工食品コースだよ。危なかったねー」
ドロシーはとても明るい笑顔でそんな物騒な台詞を吐いた。
「じゃあ俺は何のためにこの街に……」
無慈悲な現実を前にスコットは希望を見失う。
彼のように外の世界の人間を高い報酬や他企業では見られない好条件を餌にしてこの街まで呼び寄せる悪徳業者は少なくない。
まんまと餌に釣られてやってきた者達の未来は当然ながら暗いものだ。
「そう落ち込まないで。むしろこう考えてみようよ、君は最初から此処で働くためにこの街に来た」
「……」
「後悔はさせないよ?」
マリアはスコットを床に降ろして影から開放する。ドロシーは力なくへたり込む彼に再び手を差し出して言った。
「僕は君を歓迎するよ、スコット君。ようこそ、ウォルターズ」
>ジリリリリリリリ<
突然、電話が鳴り響く。
「アーサー」
「はい、お嬢様」
お嬢様の命令どおりにアーサーは受話器を取って応対した。
「はい、もしもし……」
『……俺だ、アレックスだ』
「おや警部さんですか。どうなさいました?」
『……社長にお願いしたいことがあるんだが……少しいいかな?』
受話器から聞こえてきたのは、アレックス警部の疲れ果てた声だった。
chapter.2 「ここに集うは畜生ども」 begins…
ちなみに紅茶とブランデーはよく合います。オススメです。