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紅茶を飲みながら楽しいお話を考えるのが一番の幸せです。
「はわぁぁぁぁぁっ!?」
見知らぬ少女にキスをされたバケットは慌てふためき悲鳴を上げる。
「んー? 何だよ、そんなに驚かなくてもいーじゃん。アルおねーちゃん悲しいぞ?」
「アルマ、その子は別人よ」
「んあ?」
「うふふ、アル様。その方はお客様です」
マリアはドロシーの背後に立ち、その両肩に優しく触れて言う。
「こちらが本物のドロシーお嬢様ですわ」
寝起きのアルマはマリアの言葉の意味が理解できず、暫くバケットとドロシーの顔を交互に見続ける。
「……」
「え、ええと! 俺はバケットっていいます! あの、こう見えて男です!!」
「アルマ」
「んぁい」
「胸を見比べて、胸を」
ドロシーはそう言ってムスッと胸を張る。
ドロシーの言う通りに二人の胸を見比べ……
「誰だお前ぇぇぇーっ!!」
「ひぃいいっ!?」
ようやくバケットが別人だと気付いたアルマは大声で叫ぶ。
「ドリーちゃんに化けるなんていい度胸してるじゃねえか、オラァン! ベッドの上でヒィヒィ言わされたいのか、コラァー!?」
「あわわわっ! ごめんなさい、ごめんなさいぃい!!」
「あぁ、でもその前にぃ!」
バケットからささっと離れ、アルマは凄まじいスピードでドロシーに駆け寄る。
「あーん、ごめんよドリーちゃーん! お詫びにチューしてやるー!」
「あははー、やめてー。もういいからー、今はキスされたい気分じゃないのー」
「やだー、お詫びにいつもより多めにチューしてやるー。チュー」
「やめなさいー」
アルマはドロシーのほっぺに執拗にキスをする。
バケットは恐怖のあまりガクガクと震え上がり、そんな彼の肩をルナは優しく擦る。
「大丈夫、大丈夫。貴方は悪くないから」
「うっ、ううっ……!」
「あばばっ、あばばばばばっ!」
「……君もいい加減に戻ってこい。そこまで怖がらなくてもいいじゃないか」
「このニュースを見たら僕に会いたい人がどうしてこんなに居るのかも見当がつくねー」
ドロシーはマリアに渡されたリストを見て溜息をつく。
「どうなさいますか?」
「どうせ依頼内容はみんな似たりよったりだよね。バケット君以外はキャンセルしておくわ」
バケットから下の依頼人の名前に指で大きく☓マークを描く。
するとリストに赤い☓が浮かび上がり、バケット以外の名前の隣に【refuse】と浮かび上がっていく。
「一応、聞いておくけどバケット君が僕たちに依頼したいのは?」
「も、元の身体に戻りたいんです! それと俺の身体をこんなにした変なやつを倒してください!!」
「だよねー」
予想は出来ていたが、『元の姿に戻りたい』『こんな身体』とバッサリ言われてドロシーは複雑な気持ちになる。
「わかったわ。それじゃあ」
「うおっ、何だこれ! ドリーちゃんがいっぱいだぁ! わはーい!!」
「うふふ、アル様。落ち着いてくださいませ」
「これマジ!? なぁ、これマジで!? フェイクじゃねーの!!?」
「アルマ、さっきキスした子を覚えてる? あの子が証拠よ」
ドロシーはバケットを指差して言うと、先程まで眠たげだったアルマの目はくわっと見開いた。
「こうしちゃいられねぇー! ちょっと出かけてくるぅ!!」
「マリア、止めて」
「うふふ、お任せを」
「ぐあああーっ!」
野獣のような目つきでリビングを飛び出そうとしたアルマをマリアの影が拘束する。
「もももーっ!」
「それじゃ、今回の報酬は6000L$。後払いね」
「むもももーっ!!」
あっという間にぐるぐる巻にされ、もごもご蠢く冒涜的ミノムシと化した彼女を横目にドロシーは今回の報酬額を提示する。
「ろ、ろろ、6000ですか!?」
「高いの? じゃあ残念だけど」
「わ、わかりました! 払います! 払いますから!!」
バケットは要求された値段に動揺するが、ドロシーの威圧するような眼差しに圧されて泣きながら受け入れた。
「契約成立ね。貴方のトラブルは僕達が責任を持って解決します」
ドロシーはパンと手を叩き、バケットの依頼を承諾する。
「……ううっ、そんなお金……」
「じゃあ早速行きましょうか、スコッツ君」
「はっ、あっ! えっ!?」
「早速13番街区に行くわよ、ルナはニック君と家で待機してて」
「ふふ、わかったわ」
「……私は留守番か」
「あ、待って。やっぱりニック君も来て」
ルナの膝からニックをひょいと拾い上げて先程の言葉を訂正する。
「うおっ!?」
「ああっ」
「アーサー、車の用意をして」
「かしこまりました、社長」
「マリア、杖を用意して」
「銘柄は?」
「エンフィールドⅢを二本、それとISAKA社製 オートバーグラーS水平連装杖を一本」
「うふふ、かしこまりましたわ」
「じゃあ、二人共準備して」
ドロシーはニックの頭をコンコンと叩く。その音を合図に使用人達がいそいそと準備に取り掛かる。
「もももー! むもももーっ!!」
「その子も連れて行くの?」
「うん、温かいし役に立ちそうだから」
「……」
「お、俺も行かなきゃ駄目ですか」
「じゃあスコッツ君はルナと一緒にお留守番する?」
ルナはそっとスコットの手を取ってジッと見つめる。
『あの子と一緒に居てあげて』と言いたげな麗しい瞳に見つめられ、スコットはぐぬぬと数秒間苦悩した後……
「……や、やっぱり俺も行きます」
「ふふふ、じゃあ行くわよ。バケット君の護衛をお願いね」
「むもむむーっ!!」
「あ、あの、あの黒いうさ耳の人は」
「心配しなくてもすぐに解放されるよ。今はちょっと大人しくしてもらうけど」
「もももーっ!」
ルナとアルマをリビングに残してドロシーはスコット達と玄関に向かう。
「社長、車の準備は出来ております」
「社長、杖とコートをご用意致しましたわ」
玄関では準備を終えた使用人達が彼女を待っていた。
「それじゃあ出発ね。目的地は13番街区」
カラン、カラーン!
「あわわっ、本当に繋がっ……はわうっ!?」
ドロシーがスコット達と共に混沌の13番街区に向かおうとした時、ウォルターズ・ストレンジハウスに新たなドロシー・バーキンスがやって来た。




