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「どっちが可愛い!?」
ドロシーは真剣な顔でスコットに問う。
「……」
だがその意味不明な真剣さが彼を更なる混乱の渦に叩き込んだ。
(え、何言ってるんだ。社長? 可愛い? え、本気で言ってる?)
(俺が社長を可愛いと思っているとでも??)
「スコット君! 答えなさい!!」
ドロシーのダメ押しが彼の混乱を更に加速させる……
『正直に言っちゃえよ、どっちも可愛くないってさ!』
混乱した脳内の謎空間でスコットAが言う。
『いやいや、駄目だろ! 正直に言ったら可哀想だろ!?』
Aの問いをスコットBが否定しつつも可愛くない事には同意。
『いやいや、社長可愛いじゃん! 見た目だけは本当に可愛いよ! 可愛くないなんてとても言えねえよ!!』
AとBにスコットCが真っ向から反抗する。
『……』
そして何故か居座っている青い悪魔。
『いや、可愛いって言えるわけ無いじゃん!? 言ったら調子乗るよ、あの人!』
『可愛いって認めるわけじゃないけど、可愛くないとストレートに言うのも駄目だよ!』
『いーや、可愛いよ! 見た目は! 見た目だけはすっごい可愛いだろ!?』
三人のスコットは互いに譲らず不毛な言い争いを続けている。
青い悪魔は暫く彼らの論争を静観していたが、『これは決着がつかないな』と察してすっくと立ち上がり……
『おい、悪魔はどう思……アバっ!』
『な、何をっ、ブヘァッ!!』
ドロシー可愛いを否定するAとBを撲殺。
素直にドロシーが可愛いと認めていたスコットCをサムズアップで鼓舞する。
『お、お前……!』
『……』
『わ、わかった! 言ってやるよ……正直に言ってやるよぉ!!』
青い悪魔に鼓舞されたスコットCは意を決し、謎空間に一つだけ用意された【Honest】と書かれたドアを開いた。
「……眼鏡をかけてる社長が可愛いと思います」
そしてスコットは眼鏡をかけている本物のドロシーに向かって可愛いと一言。
「……ふふんっ」
その一言に満足したドロシーはご機嫌の様子で笑う。
バケットの肩をポンポンと叩き、スタスタとソファーに戻って誇らしげに腰掛けた。
(……って待て。待て待て待て待て! 俺は今、なんて言った! 可愛いって? 社長を!?)
ここで正気に戻ったスコットは思わず口を抑える。
自分の発言が信じられず、滝のような汗をかきながら震え上がった。
(やった! やった! やっとスコット君が可愛いって言ってくれた! うふふふふっ!!)
対するドロシーは彼の言葉を正直に受け取って嬉しそうに足を揺らす。
頭のアンテナも弾む彼女の心の連動するようにみょんみょんと揺れ動く。
「え、ええと……」
「あなたも座りなさい。マリア、替えの紅茶をお願い」
「……」
「マリア、動かなくなるのはまだ早いわ。彼を一人で残して行っていいの?」
「あっ、うふふ。私としたことが……失礼致しました」
ルナの言葉でようやくマリアも正気を取り戻す。
「おや、どうなさいました? マリア先輩」
「いいえ、なんでもありませんわ」
一瞬だけ老執事と目を合わせた後、ティーカップを拾ってリビングを出ていった。
「じゃあ、改めて聞くわね。君の名前はバケットでいいのね?」
「は、はい。俺の名前はバケットです……」
バケットは縮こまりながら震える声で言う。
「……」
彼の姿はドロシーに良く似ているが、じっくりと観察すると相違点もいくつか見られた。
まず頭頂部のアンテナが本物のドロシーよりも長く複雑に動き、まるで昆虫の触覚のようだ。
続いて瞳の色は本物よりも色が若干暗く、瞳孔も獣のように変化している。
肌の色も薄めでやや不健康的。正面からは解りにくいが、髪の長さもセミロング程度。
そしてドロシーとバケットを明確に見分けられる一番大きな相違点がその胸。
低身長ながら生意気にぽよんと実っている本物と比較してとても慎ましい。
もはや絶壁としか形容できないぺったんこぶりにドロシーはぷくくっと嘲笑する。
「こほん。それじゃ聞かせて貰っていいかしら? 君は何に襲われたの??」
「め、眼鏡をかけた変な奴です。フードで隠してたからどんな顔だったのかは……身長は今の俺くらいでした」
「ふむふむ。それでどんな風に襲われてそうなったのかしら?」
「頭からビビビッと変な光線を出して……それを浴びた瞬間に俺の体がこうなったんです!」
真面目な顔でふざけた事を言うバケットにスコットは目を細める。
「それは怖いね。口調からして多分君は男だったと思うんだけど、痛みは感じなかったの?」
「全然……」
「全く痛みを感じさせずにここまで姿を変化させられる特異能力なんて聞いたことないわね」
「じ、実は俺だけじゃなくて……そいつは街を歩く人達に片っ端から光線を浴びせて俺と全く同じ姿に変えていたんです!!」
「えっ?」
バケットの聞き捨てならない言葉を耳にしてドロシー達は目を丸くする。
「アーサー」
「はい、ただいま」
老執事は素早く部屋のテレビを起動する。
『こ、こちらリンボ・シティ13番街区ですっ! し、信じられません! まるで悪夢です! 街中に、街中に大量のドロシー・バーキンスが!!』
『いやぁぁぁぁぁ!』
『もとに戻してぇぇぇー! こんな姿じゃ仕事できないいーっ!!』
『ノォオオオオオーッ!!』
『ママァァァァーン!!』
テレビ画面に映し出されたのは大勢のドロシー達が悲鳴をあげて逃げ惑う阿鼻叫喚の地獄絵図であった。
「……ふわっ」
あまりの光景に流石のドロシーも言葉を失う。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁー!!」
スコットは再びパニック状態。この世の終わりを見たかのような顔で絶叫する。
「あらあらうふふ、ドリーがいっぱいね」
「な、何なのだ、あれは! どういうことなのだ?!」
「あわわわっ! 滅茶苦茶増えてるううう!!」
「あらあらあらあらまぁまぁまぁまぁ!」
「はっはっは、これはこれは」
リビングでテレビを見ていた他の者達もそれらしい反応でテレビ画面に釘付けになる。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ! うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーっ!!」
「うゔぁぁぁ……うっせーなぁ。あんまりうるせーと黙らせんぞ、おらー……」
「あら、おはよう。今日はよく寝たのね、アルマ」
そこに眠気眼を擦りながら半裸のアルマが現れる。
彼女はふわぁと大きな欠伸をかきながらゆっくりとバケットの方に近づく。
「うー……」
「な、何……? ちょっ、この人は」
「……おぁよー、ドリーちゃん。今日も可愛いなー」
本物のドロシーの前で、寝ぼけたアルマはバケットにおはようのキスをした。