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ヒロインと瓜二つのヒロインが現れるのは定番。避けては通れません。
「それじゃ、今日も頑張りましょうか」
ドアの前でドロシーはスコットの背中をポンと叩く。
「……はぁ」
言い訳など無駄。何を言っても面倒くさくなるだけだと既に学んだスコットは無言でドアを見つめる。
「彼女の魔法は本当に不思議だな。呪文詠唱も無しに扉を開けるだけで別の場所に繋がるとは」
「これは魔法じゃないよ、空間転移システムの」
ガチャッ。
「ちょっとした応用よ」
感心するニックの前で自慢気にドアを開ける。
ドアを開けた先のウォルターズ・ストレンジハウスの玄関ではマリアがそわそわしながら待っていた。
「ああっ、お帰りなさいませ。お嬢様!」
いつとも違って妙に落ち着きのないマリアをドロシーは不思議に思う。
「あれ、どうしたの? 何かあった?」
「ええと、お着替えする間にお伝えしますわ」
「マリア?」
「お、おい。私は置いていってくれ」
「さぁさぁ、こちらへ。マリアがお手伝いしますー」
「おい! 待て、私は」
「ご安心を、貴方にはちゃんとタオルをかけて目隠ししますので」
マリアに背中を押されながらドロシーは奥の部屋に向かう。
ニックは慌てて自分を置いていくように言うが、マリアはそのまま部屋に入った。
「……?」
「どうしたのかしら」
「おや、おかえりなさいませ奥様」
「奥様はやめなさい」
「ルナ様」
続いて現れたのは老執事。彼にも少し落ち着きがなく、スコットは嫌な予感を感じていた……
「これが本日にお話を聞いて欲しいと連絡してきた方のリストですわ」
着替えを済ませたドロシーに名前がズラリと書かれた紙が手渡される。
「マリア、セカンドエイプリルフールはまだ先よ?」
紙に記された人名は優に100名を越えていた。ドロシーも質の悪い冗談だと思ったが
「うふふ、お嬢様には絶対に嘘はつきませんわ」
マリアは笑顔でそう返した。
「……な、なんですかこれ」
「あらあら」
「見えない」
「あれれー、どうしたんだろ? いくら僕が頼りになるといっても、流石にこの数はおかしいよ」
「最初に連絡を頂いた方がもうすぐいらっしゃいます。まずはその方にお話を」
>カラン、カラーン<
「もう来たみたいね」
「うふふ、アーサー君? お客様のお迎えを」
「お任せを。では、マリア先輩はおもてなしの用意をお願いします」
老執事は足早に玄関に向かう。マリアもささっとリビングを出てお客様に出す紅茶の用意に取り掛かる。
「あれ、この子たち皆13番街区に住んでる人じゃない」
「え、13番街区ですか?」
「うん、それも全員。あれ、13番街区で何かあったかなー」
「……」
ここでスコットとニックは朝食時に聞こえた怪音と悲鳴を思い出す。
「あの、社長。もしかして……」
「はっはっは、お客様をお連れ致しました」
妙にご機嫌な様子で老執事が戻ってくる。
老執事らしからぬテンション高めの声に疑問を感じたスコット達が後ろを向くと……
「あ、あのっ、どうも……はじめまして」
目尻に涙を浮かべながら顔を赤らめ、今にも泣き出しそうな弱々しい表情で此方を見つめる ドロシー・バーキンス の姿がそこにはあった。
「……」
「……」
「……」
「あらあら」
老執事が連れてきた第二のドロシーを見てルナ以外の全員が沈黙した。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ────ん!?」
スコットはあまりの衝撃に絶叫。
「マリアー! 杖を持ってきてー! 大至急ー!!」
ドロシーは瞬時に排除すべき相手と認識、マリアに杖を要求する。
「お、落ち着け二人共!」
そして何故かニックは冷静だった。
「あ、あのっ! 違うんです! 聞いてください!!」
「うわぁぁぁぁぁぁっ!!」
「スコット君、落ち着いて」
「マリアーッ! マリアーッ!!」
「落ち着くんだ、ドロシー! アレは違う! アレは……」
「はっはっは」
「ええと、ええとっ!!」
「はいはい、お嬢様。まずは落ち着いてくださいませ、お客様が」
そこに紅茶を用意したマリアがリビングにやって来る。
彼女は老執事が連れてきた第二のドロシーの姿を見た途端にティーカップを床に落とす。
「……」
「……マリア?」
「……」
「ウワァァァァァァァ!!」
「もう、いい加減に落ち着きなさいスコット君」
「マリアーッ!」
マリアはあまりの衝撃に立ったまま気絶、実に幸せそうな笑顔で夢の世界に旅立った。
「あぁぁあ、あのっ! お願いです、俺の話を聞いてください!!」
「俺!?」
「あら、よく聞いたらドリーとは少し声が違うわね。顔はそっくりだけど」
「ささ、お嬢様……ではなくお客様。あちらの席へどうぞ」
「みんな、落ち着いてくれ! 彼はドロシーではない! それどころか普通の人間でもない!!」
ここで目を緑色に発光させながらニックが言う。
実は彼の大きな瞳には変態紳士謹製の超高性能情報収集機能が搭載されており、気になる対象を見つめるだけで相手の体調、身体構造、精神状態、果てはスリーサイズまで一瞬で調べる事が出来るのだ。
「彼は全身の細胞がこの世のものではない別のものに書き換えられている!!」
ニックが発した言葉でドロシー達は再び沈黙する。
「……えっ?」
「お、俺はバケット! 13番街区に住んでる人間です! 今朝、街に出たら眼鏡をかけた怪しい奴に襲われて……気がついたらこんな姿になってたんです!!」
「……」
「本当なんです、信じてください! 俺は好きでこんな姿になったわけじゃないんですよ!!」
バケットと名乗った第二のドロシーは泣きながら言う。
その話を聞いて先程まで取り乱していたドロシーはすっくと立ち上がり、さささと足早に近づく。
「……」
「あわっ、す、すいません! 本当に、本当にそうなんです! 信じて! お願い、殺さないで……!!」
「……スコット君!」
「えっ、あっ、はい!」
ドロシーは涙ながらに命乞いするバケットの隣に立って言う。
「どっちが可愛い!?」
「へっ?」
「どっちの僕が可愛い!? 正直に答えなさい!」
ご乱心したドロシー社長のおかしな質問にスコットの思考は停止した。