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実際にやってみれば案外簡単だったことって多いですよね。
「……うん、今日はいい天気だ」
窓のカーテンを開け、心地よい朝日と爽やかな朝の空気を吸い込んでスコットは笑う。
「ヂュアン、ヂュアン、ヂュアン」
「ははは、今日も良い声で鳴いてるなあのデブ鳥。丸々太って風船みたいだな、でもそんなに悠長に飛んでると危ないぞー? ほら、後ろから」
「ギョァアアアー!」
「ヂュアッ!?」
「ほらー、オーガラスに食われちまった。駄目だぞー、ボケーッとしてたら」
丸鳥が体長2mのオーガラスに捕食されるのを微笑ましく見つめ、はははと笑う。
「……はぁ」
暫く朝の陽気に当たりながら笑った後、スコットは振り返って自分の部屋を眺める。
「家賃は一月230L$、水道代はタダ。バス・トイレ別の1LDK。我ながら頑張って良い部屋見つけたよなぁ……」
他の街区であれば、それなりの家賃は取られそうな部屋。
だがトラブルの多い13番街区に建ち、風俗街の14番街区に隣接し、しかも曰く付き物件を無理矢理リノベーションしたという数え厄満のような立地条件のお陰で破格の家賃で借りることが出来た。
「ああ、最初の一晩は本当にぐっすり寝れたなぁ……はははっ」
スコットは切なげな顔で暫く笑った後、ガックシと頭を下げた。
「……んきゅうっ」
「ううっ……やめろ、やめてくれティア! 私達は仲間、うおおっ……」
「畜生、畜生……! ここは俺の部屋だぞ……、俺の部屋なんだぞ……!!」
「あら、おはようスコット君。もう少しで朝食が出来上がるから待っててね」
「何で自然と入り込んでんだよ、アンタら!!」
エプロン姿のルナがキッチンから顔を出したところで我慢の限界が来たスコットが叫ぶ。
「若い子の一人暮らしは大変だと思って」
「むしろ社長達と居る方が大変だから一人暮らししたかったんですよ! なのにどうして!? どうして彼女が俺のベッドで寝てるんですか!!?」
「ふふふ、どうしてかしら。私にはわからないわね」
「いや、ルナさんは絶対にわかるでしょ! 毎朝おいしい目玉焼きを焼いてくれるのは助かりますけど、そろそろ社長に何とか言ってやってくださいよ!!」
「ふふふふっ」
「ふふふふーじゃないですよぉ! ちょっと! ルナさーん!??」
ルナは笑いながらキッチンに戻る。
まるでこちらを誂っているかのような小悪魔的な笑みにスコットは顔を赤くし、やり場のない怒りを壁にぶつけた。
「くっそ、何とかしなければ……! ていうか社長だけじゃなくてルナさんも俺のベッドに寝てたのかよ! しかも裸で! 裸で!!」
ドロシー達がニックを連れてベッドに忍び込んで来た時を思い出してスコットは頭を抱える。
「駄目だろ、いや駄目だろ!? 裸で寝ちゃ駄目だろ! 社長だけでも心臓止まりそうになるのに!!」
「スコット君ー、そろそろドリーを起こしてあげて」
「ほあぶぁっ!?」
脳裏に焼き付いたルナの裸に悶々としている所にドロシーを起こすように言われて珍妙な叫びを上げた。
「? どうかしたの?」
「い、いえ! 何でもありません! ほら、社長! 起きてください! 朝食ですって!!」
「……んぎゅぅぅ」
「社長、起きて……ってちょっとくっつかないでください! ちょっ、待って! 待っ……ぎゃあああああああああっ!!」
「ふふふっ」
寝ぼけたドロシーに抱きつかれるスコットを温かく見守った後でルナは再びキッチンに戻る。
「社長、社長ーッ! 起きてください! 朝食ですよ、朝食ゥ!!」
「……むぁっ、おぁよー、すこっぷくん」
「スコットです!」
「……むふー……あったかい……」
「だから、抱き着くなっていってんですよはふぅうううっ!!」
「やだー、もう少しだきつかせてー」
「いい加減にしてくださぃいー!!」
ドロシーを力づくで引き剥がそうにも、彼女の人を駄目にする柔らかさと悪魔的な愛らしさに手が出せずにただただ情けない叫びを上げるしかなかった……
「……で、前から思ってたんですけどね」
何とかドロシーの拘束から脱し、朝食のベーコンにフォークを刺しながらスコットは言う。
「ん、なーに?」
「はい、どうぞ。口を開けて」
「いや、いい。今朝は食欲が……」
「駄目よ、朝はちゃんと食べなさい。はい、あーん」
「異常管理局の人ってちゃんと街を守れてるんですか?」
スコットの発言にドロシーはぷぷぷと笑う。
「ふふふ、やっぱり気になるー?」
「だって毎日のように事件事故起きてますよね。毎日が異常事態じゃないですか、管理出来てなくね?」
「実際のところ、管理局は物凄く頑張ってるよ。彼らがいなかったらこの街も外の世界もとっくに終了してるわ」
「……」
「僕たちがこうして目玉焼きを食べられるのも、管理局の人が頑張ってくれてるからなのよ」
そう言って目玉焼きをはむっと頬張るドロシーを見てもスコットは腑に落ちなかった。
「でも、昨日の事件とか管理局の人来てくれませんでしたよね。俺達が酷い目に遭ってたのに」
「……申し訳ない」
「実はもう来てたのよね。負けちゃったけど」
「負けちゃっていいんですか……」
「それに彼らの管理が行き届いてるのは一桁区だからね。10番街区から下の二桁区は管理局の目が届かない場所がまだまだあるのよー」
「駄目じゃん!?」
「特に13番街区は露骨に毛嫌いされてるね」
ドロシーの発した言葉にスコットは何とも言えない気分になる。
あの面倒見が良いジェイムスすら13番街区を嫌っている。その場所に住んでいる人を含めてだ。
「13番街区で事件が起きても基本的に後回しよ。他の二桁区にはちゃんと駆けつけるんだけどねー。あ、14番街区も此処ほどじゃないけど後回しにされがちだね」
「……なんか、気分が悪いですね」
「そういう時の為に、僕たちの力が必要になってくるのよー」
ふふんと誇らしげに生意気な胸を張ってドロシーは言う。
「僕たちは仕事が入ればどんな所でも駆け付けてビシッと問題解決しちゃうからね!」
「……で、仕事の依頼は週に何回入るんでしたっけ」
「多くて二回ね」
「駄目じゃん!」
「むっ、そんなことないよー! 警部からの電話もあるし! 僕たちのお陰で13番街区の治安はいい感じに維持されてるのよー!!」
────キャバアアアアアーン!
ドロシーが声高らかに宣った直後に鳴り響く謎の怪音。静まり返る食卓……
『グワァァァァーッ!』
『ボォオォォオブッ! しっかりしろ、ボォオォォオブッ!!』
『何だアイツは!? ちょっ、こっちに来る……ンボァッ!!』
『ノォオオオオオーッ!!』
そして聞こえてくる悲鳴。どうやら外では酷いことが起きているようだ。
「……社長、何か外で」
「うん、ベーコンもカリカリで美味しいー」
「……社長?」
「どう、美味しい? ニック君」
「……うん、美味しい」
今日も朝から賑やかな喧騒の産声が聞こえてくる。
だがドロシーは知らんぷりしてベーコンを頬張り、ルナはニックに朝食を食べさせてあげている。
「……はぁ……」
スコットはそんな二人に目を細めながらベーコンを口に運ぶ。そしてモグモグと咀嚼している内に徐々に表情は明るくなり……
「あ、美味い」
「でしょう? ルナの焼くベーコンは絶品だよ」
そのベーコンのあまりの美味さに感動し、すぐに外の喧騒の事など忘れてしまった。
chapter.8 「言うのは簡単? やるのはもっと簡単だよ」 begins....